第113話 暗闘 2

 “奥”の入り口、外回りは親衛隊が警戒している。しかし、内部に入れるのは女兵だけで親衛隊の最精鋭と言うわけではない。”奥“に入ることを許されている男性は王と、成人前、つまり13歳未満の王子だけと決められていた。成人前の王子達も"奥”の浅いところに部屋を与えられていて、最奥にある王妃の部屋になど近づくことも無かった。

 侵入した3人の賊ほどの腕前があれば、親衛隊の女兵など一蹴できるが、騒ぎを起こすのを恐れるように、巧みに巡回する女兵を避けて王女の部屋に近づきつつあった。


「確実にこの部屋を目指しているな。打ち合わせ通りだ」

「「はい」」


 しばらく族の動きを探査していたレフの言葉に、アニエスとジェシカが応えた。


「私は?」

「ロクサーヌには馴染みのない戦いになる。手を出さずにアリサベルの側にいてくれ。あと、絶対に声を出すな」


 正規兵には対処できない戦いになる。下手に手を出せば邪魔にしかならない。レフの口調からそれを覚ってロクサーヌは頷いた。


 アリサベル王女の私室は廊下から扉を開けると広めのホールになっている。ホールには何も無くがらんとした印象があった。尤も訪ねてくる人もあまりおらず、王女を含めそんな印象を気にする者もいなかった。ホールを抜けて居間に入る。居間の壁面には他の部屋に通じる扉が3つ、それぞれ寝室、書庫、洗面所に通じている。アリサベル王女の私室の位置は”奥”の外れだったが、その広さや内装、家具は一応王族としての普通の扱いだった。王妃に嫌われてはいても王族の面目を潰すような扱いにはできなかったのだ。

 王女とロクサーヌは寝室に待機し、レフとアニエス、ジェシカがホールで賊を迎え撃つことにしていた。



 静かに鍵が差し込まれ、小さな音がして、ゆっくりと扉が開いた。レフ達は開く扉の影になる方の壁に身を寄せて隠れていた。前に壁紙と同じ模様の衝立を立てているからほんの少しの間なら見つからずに済むだろう。


――やはり合い鍵を持っているか――


 合い鍵がなくても暗部の構成員だ、簡単に扉を開けるだろうが、多少の余分な時間が掛かるかも知れないし、錠に不要な傷を付けるかも知れない。それは侵入者がいたことを疑わせる可能性が有る。賊が侵入したということさえ露わにしてはならなかった。合い鍵を用意していたと言う事実は、逆に言うと"奥”の王族の女の私室の鍵を用意できる立場にある賊だ、と言うことを示していた。


 開いた扉から賊の一人が入ってきた。部屋を見回す。壁紙と同じ模様の衝立の後ろで気配を消しているレフ達に咄嗟には気づかない。続けて二人が入ってきてそっと扉を閉めたとき、ホール全体が突然眩しい光に満たされた。アニエスの灯火の魔法――最大魔力による閃光魔法――だった。不意打ちの閃光魔法に3人が思わず目を瞑り、手で顔を覆ったとき、光は消失し、ホールは真っ暗になった。ただの暗闇ではなく、レフの魔法による闇だった。目の前に自分の手を持ってきても見えない。増して直前に目を瞑っても眩しく感じるほどの光を浴びている。

 賊のリーダーは視力を奪われて直ぐに場所を動いた。さすがと言って良かった。他の2人は呆然とその場に立ちすくんでいる。リーダーは真っ暗な中でドサッ、ドサッという人が倒れる音を聞いた。急いで入ってきた扉の方へ逃げようとしたとき、後頸部に鋭い痛みを感じて、意識を手放した。




 王宮内の兵舎の一角にアリサベル師団に割り当てられた区画がある。その区画の一室、会議室として使われている部屋に、アンジエームへ出てきたアリサベル師団の幹部達が集まっていた。アリサベル王女、レフ、イクルシーブ下将、コスタ・ベニティアーノ、アンドレ・カジェッロとその護衛達だった。レフの側には当然のようにアニエスとジェシカがいた。彼らに囲まれて3人の男が拘束されて床に転がされていた。後ろ手に手枷を填められて目隠しをされ、両足を足首の所で縛られ、ご丁寧に首に拘束の魔器を付けられていた。”奥“に忍び込んだ暗部の男達だった。レフが転移で連れて来たのだ。三人とも気を失ってぴくりとも動かない。


 コスタ・ベニティアーノが転がされている男達の側によって、しゃがみ込んで一人一人目隠しを外して顔を確認した。立ち上がって首を振った。


「見覚えのある顔はありませんな。暗部の構成員というのは表にはでないものですから」


 暗部で堂々と顔をさらして名を明らかにしているのは極端に言えば長官のカルーバジタだけだった。暗部であることを隠して王宮の使用人や軍人、政務の職員などに入り込んでいる構成員もいると考えられているから、王宮内の事情に一番詳しいコスタ・ベニティアーノに確かめさせたのだ。残念ながら当たりはいなかったようだ。


「じゃあ本人に直接聞くよりないか」


 レフの言葉に全員が頷いた。


「起こすぞ」


 レフがパチンと指を鳴らした。とたんに3人がもぞっと動いた。一番気配の薄かった男はそれでも殆ど身じろぎをしなかったが、他の二人は拘束された体を何とか動かそうとしている。首を強く降っているのは目隠しをはずそうといているからだ。しばらく無駄な努力をして二人は諦めた。転がったまま体の力を抜いた


「まず、名を訊こうか」


 そう言われて三人とも一斉にレフの方に顔を向けた。目隠しされていても音の方角は正確に認識できる。暗闇の中でも音の誘導で走ることができるように訓練されている。


「名は、何という?」


 三人とも一言も口をきかなかった。一度レフに向けた顔も元に戻している。殊更に口を引き締めている。


「言わないなら、言うようにしなければならなくなるのだがな」


 全く反応はなかった。何か言葉を口に出せばその真偽が判定される。尋問者が上級魔法士並みの魔力を持っていたら、そこを突破口にした尋問を躱し続けることは暗部の構成員であっても難しい。隠すためには何も言わないのが一番だった。拷問されても沈黙を保つ訓練は受けている。


 暫時の沈黙があった。


「言わないか」


 レフが諦めたような口調でそう言った。


「あまりやりたくはないのだが、お前達は私の仲間を害しようとした。やるからには容赦はしない」


 とたんに男の一人が転がったまま背を反らせた。


「ひっ、……あう!」


 喉の奥で引っかかったような悲鳴を漏らす。


「あうっ、や、……止め!」


 額に大量の汗が浮いた。背中側で拘束された両手が激しく動いた。体を激しく動かして何かから逃げようとしているようだ。ごろごろと転がりながら股間に大きな染みを作った。


「止めっ……てくれ!いっ、嫌だ!!」


 口から泡を吹きながらやっと言葉を絞り出した。短い間に頬がこけてしまった。額の汗が流れ、口をあわあわ動かして、くてっとまた気を失った。股間から流れた物が床に水溜まりを作る。

 男の様子に、周りを取り囲んだベニティアーノ卿やイクルシーブ下将、アンドレ・カジェッロは唖然としていた。各の視線が気を失った男とレフの間を往復する。遠巻きにしている護衛兵が恐ろしそうにレフを見ている。レフが尋問するのを他人に見せるのは初めてだった。アリサベル王女とジェシカはレフが拘束の魔器を通じて何かをしたのを感じていた。アニエスは冷たい目で気を失った男を見ている。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る