第106話 アンカレーヴの戦い 3

 チッと舌打ちしながらでもドライゼール王太子は戦場から目が離せなかった。王国軍が市壁への距離の半分を駆けたとき、魔法士の手から違う魔器が投擲された。その4個の魔器は上昇せず、地を這うように市門に向かって飛んだ。4個の魔器は市門の前に到達し、綺麗に横1列に並んで一斉に爆発した。その爆発は門だけではなくその周りの市壁も大きく破壊した。門の両側に建っている望楼が倒壊し、市壁ごと帝国兵が吹き飛ばされるのが王国軍の陣地からも見えた。爆発の後には10ファルを越える大穴がアンカレーヴの市壁に開いた。ほぼ同時に東の市門でも大きな音とともに爆発が起こり市壁が破壊された。開いた大穴めがけて王国兵が殺到していった。


「何だ、あれは一体?」


 絞り出すようにドライゼール王太子が言った。


「先に投じられた帝国兵の頭上で爆発した物を"爆裂の魔器”、門を破壊した物を”爆破の魔器”とアリサベル殿下は申されておりました。ちなみに昨日アンカレーブ市内の建物を燃やしたのは”発火の魔器”と言うそうです」


 ガストラニーブ上将の応えに、


「あんな物を使うというのか?アリサベルは。邪道ではないか!」

「戦は勝つことが全てでございますれば」

「私は、……認めんぞ!このような戦法など」


 歯ぎしりしながら戦場を見つめるドライゼール王太子から視線を外して、ガストラニーブ上将もアンカレーヴで行われている戦闘を見つめ始めた。




「西も上手く行ったようね」


 アリサベル王女がレフの横に立って市内の様子を探査していた。


「そうですね、ほぼ同じタイミングで門の破壊に成功しましたから」


 破壊された東の市門めがけてディセンティア領軍と海兵が突っ込んでいる。前にディセンティア、やや後ろに海兵が付いている。


「彼らも必死だわ」

「ディセンティアですか?」

「ええ」


 昨日の作戦会議の時だ。市門の破壊までの手順を説明し終えたときに、カデルフ・ディセンティアがアリサベル王女に対して懇願してきたのだ。東門からの突入の先陣をディセンティアに任せて欲しいと。殆ど土下座せんばかりだった。グリツモア海軍上将の方を見ると頷いていた。レフは軽く肩をすくめた。2人とも承諾の合図をしていた。


「シエンヌ、ガストラニーブ上将はどう言っています?」


 通心によって東方軍司令官のガストラニーブ上将も参加していた。重要な会議と言うことで上級魔法士長並みの通心能力を持つシエンヌが通心を担当していた。


「良いそうです、ディセンティア領軍に先鋒を任せても」


 それを確かめてアリサベル王女はカデルフ・ディセンティアに向かい合った。


「良いでしょう、明日の東市門からの先陣、ディセンティア領軍にお願いします」

「有り難うございます、殿下。必ず先陣の勤めを果たしてご覧に入れます」


 ディセンティア領軍にはどうあっても負けられない戦いになる。例え全滅しても一番槍を務めなければならなかった。ディセンティアに先陣を任せることは一度裏切った者に対する温情と言っても良かった。処分をできるだけ軽くしてもらうためには実績が必要だ。その実績を作る許しを与えたわけだ。


「西門の破壊のためにシエンヌとジェシカを本軍へ出す。東門は私とアルティーノが担当する」


 その配置を通心でガストラニーブ上将に伝えて、作戦会議は終わった。




 市門の中に待機している帝国兵の頭上で次ぎ次ぎに爆裂の魔器が破裂して、派手に破片を帝国兵の上にまき散らせた。慌てて物陰に駆け込む帝国兵は攻め寄せてくる王国兵に対処するすべを失っていた。僅かに市壁の上で頑張る弓兵の放つや矢など殆ど効果が無かった。

 

 殆ど同時に破壊された東と西の市門から、王国軍がなだれ込んだ。頭上で爆発して破片をまき散らす爆裂の魔器に多くの兵を斃されて既に帝国軍は腰が引けていた。市内に突入した王国軍との乱戦になると、さすがに爆裂の魔器は使われなくなったが、両軍の勢いには大きな差があった。敵中に孤立し、防衛の要であった防壁をあっさり突破されては、士気が上がるはずもなかった。短い抵抗の後武器を捨てる帝国兵が続出した。


「陛下、最早保ちません!」


 爆発の魔器による攻撃で地下に移した帝国軍本営で、周囲の様子を探り、まだ活動している帝国軍魔法士と通心をしていたルサルミエ上級魔法士長が悲鳴のような声を上げた。


「陛下、どうかご避難を。このままでは王国軍がここに到達するまでいくらもありません」

「ダスティオス。余に将兵を捨てて逃げろと申すか!?」

「申し訳ございませんが、最早アンカレーヴで王国軍てきを防ぐ事は出来ません」


 ダスティオス上将は、司令部のあった元市庁舎の望楼から戦況を観て、地下司令部に戻ってきたところだった。望楼は屋根と床の半分が吹き飛ばされ、辛うじて数人が立っていられるスペースしかなかったが、そこからは破壊された市門からなだれ込んでくる王国軍がよく見えた。西も東も同様だった。特に東市門は無茶と思われるほどの勢いで王国軍がぶつかってきていた。昨日からの、訳の分からない魔器による攻撃で士気の落ちた帝国軍兵士が次々に降伏しているのも見えた。


「陛下の御身に何かあれば帝国は終わりでございます。どうかご避難を!」


 ギリッとガイウス7世が歯ぎしりをした。絞り出すように、


「分かった。……避難するとしよう。ダスティオス、ルルギアで3日待つ、良いな。アンカレーヴがこのざまではルルギアで防ぐのも無理だろう。3日経てば余は帝国くにへ引き上げる」

「畏まりました」


 ガイウス7世が両の拳を胸の前で合わせて目を閉じるとその姿がふっと消えた。


 アンカレーヴに突入せずにクインターナ街道を扼しているアリサベル師団の司令部で、じっとアンカレーヴ市内で行われている戦闘を探査の魔法で視ていたレフがふっと顔を上げて視線をアンカレーヴから東の方へ移した。ほぼ同時にビクッとしたようにアリサベル王女も東へ視線を向けた。


「あ、あれは、いったい?」


 言いかけるのに、


「誰か転移したようです。多分ガイウス7世ですね」

「でも、随分遠くに……」

「ルルギアの方向です、あいつの魔力ならルルギアまで跳べるでしょう?」

「レフ、それではガイウス7世を取り逃がしたことに……」

「はい、殿下。残念ながらこの戦闘で決着を付ける事は出来なかったようです」

「しかし、ガイウス7世がいなくなったのなら、帝国軍の抵抗もこれまでですね」


 横から口を挟んだのはザイデマール千人長だった。


「そうも行かないようだ。帝国軍やつら飛び出してくるぞ」


 再びアンカレーヴ市内の様子を窺い始めたレフが言った。


「ガイウス7世の後を追うつもりの将兵がいるようですね。皆に戦闘の用意をさせてください」


 アリサベル王女の言葉に一転表情を厳しくしたザイデマールが、


「戦闘用意、敵が飛び出してくるぞ!!やっとアリサベル師団おれたちの出番だぞ」


 アリサベル師団の将兵達にさっと緊張が走った。


「おーっ!」


 一斉に声を上げ、そしてあらかじめ指示されていた位置に付き始めた。アリサベル師団にはアルマニウスから1個師団規模の領兵が補充されていた。細かい作戦指導に従うのは無理だが、今回はアンカレーヴから逃げ出す帝国兵を横撃するだけだ。十分に働いてくれるだろう。レフにもアリサベル王女にも、他のアリサベル師団の幹部にも、アンカレーヴを逃げ出した帝国兵をみすみす取り逃がすつもりはなかった。






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