第106話 アンカレーヴの戦い 2
レフ達が潜んでいるのはクインターナ街道沿いにアンカレーヴから200ファルほど離れた窪地だった。レフとシエンヌ、アニエス、ジェシカ、アンドレとカジェッロ領軍の魔法士、アルティーノ、それにアリサベル王女だった。王女が付いてくることにレフは最初反対したのだ。
「何故危ないのですか?私はシエンヌに引けを取らぬ転移ができます。危なくなれば直ぐに転移で逃げれば良いのでしょう?」
とアリサベル王女が主張し、レフが折れた。転移の魔法が上達しているのはその通りだった。レフから自分の魔力パターンにきっちり合わせた魔器をもらって、嬉しくて暇があれば魔器を使う練習をしていたからだ。アリサベル師団の標章である身として、自分の意思だけで行動を決めることはできなかったが、それでもできるだけレフと一緒に行動したかった。この作戦は絶好の機会だった。
「逃げるように言った時は素直に従ってください、必ず、ですよ」
とくどいほど念を押したが、実際には転移で逃げるようなことにはならないとレフは考えていた。以前の帝国軍であればともかく、魔器を失った帝国軍魔法士に見つかるとは思えなかったからだ。例え発見されてもシエンヌとアリサベル王女は自分で転移できる。他の4人はレフが連れて転移すれば良い。身軽さを優先していつも王女の護衛に付いているルビオとロクサーヌは連れてきていない。
背負ってきた背嚢からレフが取り出したのは多数の円盤形の魔器だった。それを見て、
「つくづくレフが味方で良かったと思いますわ。こんな物で一方的に攻撃される帝国軍の将兵が可哀想ですね」
アリサベル王女の素直な感想だった。
背嚢から出した魔器をシエンヌ、ジェシカ、それにアルティーノが手に取った。
「シエンヌからだな」
言われてシエンヌが魔器を円盤が地面に平行になるように投げた。市壁に向かってではなく北に向けて。魔器は15ファルほど低く飛んで急に上昇した。20ファルの高さに達すると向きを市壁の方に変えて飛んでいった。そこからどこへ飛ぶかはシエンヌの念動で操作する。次はジェシカだった。ジェシカは魔器を南に向けて投げる。今度は10ファル低く飛んで急上昇し、向きを市壁の方へ向けて飛んでいった。アルティーノは未だ少し円盤形魔器の操作になれてなかった。何度か練習していたがシエンヌやジェシカほど上手く操作するには未だ経験が足りなかった。それでもスピードは遅いながら何とか市壁を越えて魔器を街中に落とすことができた。
まっすぐに市内に向けて飛ばさないのは潜伏している地点を覚らせないためだった。だから地面に平行に低く跳ぶ距離も魔器によってまちまちに設定してあった。
3人の手から次々に魔器がアンカレーヴの街中に飛んでいった。
あらかじめ詳細なアンカレーヴの地図を手に入れてあった。魔器をどこに落とせば効果的か、地図の上に順番まで決めて記入した。シエンヌとジェシカは決められた通りに易々と、アルティーノ魔法士は汗を掻きながらそれでも決められた地点の近くに魔器を落としていった。7人が潜んでいる場所からでも魔器が吹き上げる炎、燃える建物の炎が見えた。特に東門の近くにある大きな倉庫は、その屋根が市壁よりも高く見えていたこともあり、炎に包まれて燃え落ちるまで見る事が出来た。3棟の倉庫に2つずつ魔器を投げたのだ。
「あれ、一つ落とされたな」
アルティーノが操作した魔器だった。シエンヌやジェシカの 操作する魔器よりスピードが遅かったこともあり、弓士に射落とされてしまった。アルティーノは やってしまったという顔をしたが、
「まあ、何個か落とされるのは予定のうちだ」
アルティーノを鍛えて欲しいというアンドレの頼みで連れて来たのだ。それを承知したときから少し効率が悪くなることは覚悟していた。落とされたのが1個で済めば良い方だろう。アルティーノが操作した他の魔器も、狙いやすいところを割り当てた所為もあったがまあまあ満足すべき所に落ちていた。発火の魔器の、その日の予定分を投げ終わって7人は一旦陣に引き上げた。夜にも追加の仕事がある。暗くなるまでできるだけ休んで、食事をしておかなければならない。
「ようやく総攻撃か」
アンカレーヴの市壁から半里の距離を取って築かれた防柵の見張り台からドライゼール王太子が戦の準備に余念の無い王国軍兵士を見下ろしながら呟いた。帝国軍が一晩中爆発の魔器に翻弄された次の日だった。
「はい」
王太子の口調の中に『遅い!!』という叱責を感じながら、表情も変えずガストラニーブ上将が答えた。遠く市壁の上にはこれも戦支度をして王国軍を待ち受ける帝国軍の兵士達が並んでいるのが見えた。
総攻撃を仕掛けることを報せたら、昨夕にドライゼール王太子がスタサップから来たのだ。ガストラニーブ上将としてはできればそのままスタサップにいて欲しかったが、来てしまえば仕方が無い。総攻撃を報せないということは、この軍の名目上の総司令官がドライゼール王太子であるためできなかった。ガストラニーブ上将が王太子の側について、戦いの指揮を執ることになった。
喇叭が王国軍の陣に鳴り響いた。王国兵が整列する。槍士の槍が陽を反射してキラキラ光る。
整列した王国軍の一番前に2人の魔法士が立っているのをドライゼール王太子が目聡く見付けた。フードを被っていて顔は見えない。周りの兵士達に比べると小柄で頼りなく見える。
「何だ、あの魔法士は?あんな所で何をしている」
魔法士が真っ先に戦場に出て行くなどと言うことは普通はない。近接戦闘には弱かったからだ。
「あれが、今回の総攻撃の要です」
ガストラニーブ上将の返事にドライゼール王太子は眉をひそめた。
――また、自分の知らない所で色々小細工をしている。俺がこの軍の総司令官なんだぞ――
「どういうことだ?」
「まあ見ていてください」
王太子の見ているまえで、2人の魔法士の手から次々に円盤が飛んだ。軽く投げられたように見えた円盤は20ファルも上昇するとアンカレーヴの市壁目指して飛んでいった。近づくと円盤めがけて矢が盛んに飛んだが当たることもなく市壁の真上に達して、市壁の上空で一瞬眩しく光った。ドドンと言う遠い音が王国兵にも聞こえた。市壁の上に並んで王国軍の攻撃に備えていた帝国兵達がなぎ倒された。魔法士から次々に円盤が飛ぶ。それが次々に帝国軍の頭上で爆発し兵士達を倒していく。たちまち大混乱に陥った帝国軍を見て、
「進め~!総攻撃~!」
ガストラニーブ上将が命令した。王国軍兵が駆け足で進み始めた。
「何だ、あれは?一体どういうことだ、ガストラニーブ」
「アリサベル師団の魔法士です。総攻撃の切り札として使っております」
アリサベル師団と聞いて、ドライゼール王太子が渋面を作った。まさかと思ったがどこまでも出しゃばってくる。この戦いでも一番手柄を取るつもりか!
「また、アリサベルか」
吐き捨てるような口調で言うのに、
「あれがなければとてもこんな無茶な作戦はできません」
早く総攻撃しろと急かしていたが、アリサベル師団の名をあげるためではない。何をやっても一歩先を行っている。
「ちっ!」
ドライゼール王太子があからさまに舌打ちをした。
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