第105話 帝国軍本営
――その翌朝――
アンカレーヴの帝国軍司令部の奥まった1室、ガイウス7世執務室に付属した会議室の定席――一番奥まった、執務室に続く扉に近い席――にガイウス7世が坐って無表情に報告を聞いていた。報告しているのはルサルミエ上級魔法士長で、周りで親征軍幹部達が同じように無表情で報告を聞いていた。
「………レドランド、デルーシャ両軍の壊滅の顛末は以上であります」
ルサルミエ上級魔法士長が淡々とした口調で報告を終えた。夜の間に帝国軍の横に展開していたレドランド軍とデルーシャ軍が
報告を聞き終わってガイウス7世は軽く舌打ちをした。以前にはなかった態度だった。アンカレーヴに到着以来、
「そうか、もともと期待などしてなかったが、あの2国では損害担当にもならなかったか」
「王国軍の損害は軽微であろうかと思われます。レドランドもデルーシャも殆ど抵抗らしい抵抗もせずに陣を放棄しております」
「ソコーテフからの連絡が途絶えたことは伝えてあったのだろう?ディセンティアに対して構えていなかったのか?」
「軍監として派遣しておりましたプレカスタ中将の話では、まさかその日のうちにディセンティアが襲ってくるとは思ってなかったようです。それに、確定した情報ではありませんが、ディセンティアの領軍だけでなく王国海軍の海兵がいたようです」
プレカスタ中将は禄に抵抗もせず脆くも崩れていくレドランド、デルーシャの軍にあきれながら、這々の体で引き上げてきた。情報を持ち帰ることを優先しろという命令がなければ、グズグズと逃げ遅れたかも知れない。
「そうか、第2師団のテンストークに連絡しておけ、ルルギアの近くを通るレドランド、デルーシャの将兵がいれば拘束しておけと。敵前逃亡だ」
処刑するか、あるいは最前線に送って使い潰すか。
ディセンティア領軍と海兵が横から打ち掛かってきたのだ。ディセンティアの裏切りを聞いて慌ててエスカーディアに向けた防壁を築こうとしていたが、時間も資材も足りなかった。レドランドは補給物資を焼かれていたし、デルーシャは援軍と補給物資を奪われていた。泣きを入れてきても帝国軍にも余裕があるわけではない。帝国軍の戦力を損なわずに融通してやれるのは僅かな食料だけだった。当然デルーシャ、レドランドの戦意は高くない。ディセンティアの領軍に王国海兵を加えればその2国の軍を合わせたより多い。しかし、だから脆かったのも無理はないと考える人間はその場にはいない。
「ディセンティアの不実者め、戦が終わったら根絶やしにしてやるぞ」
歯がみしながら言ったのは近衛連隊のアウレンティス下将だった。ディセンティアが再び王国に付けば、海兵を陸に揚げることができる。
ディセンティアと王国海兵の合同軍はレドランド、デルーシャを撃破した後アンカレーヴの南東へ回った。アンカレーヴから北東に延びるクインターナ街道をアリサベル師団が押さえている。つまり帝国軍は
「帝都師団を呼べ、ルルギアにいる第2師団と合わせて、東へ回ったディセンティアとクインターナ街道にいるアリサベル師団を叩かせる。アンカレーヴの主力とで挟んで叩きつぶしてやる」
司令部の誰もが思い描いていた作戦だった。アンカレーヴを金床、帝都師団と第2師団を金槌にして
「「「はい!!」」」
ガイウス7世の言葉に司令部の要員達は姿勢を正して応えた。今はアンカレーヴの帝国軍が包囲されている形だが、帝都師団と第2師団が東から来れば、逆にアンカレーヴの東に展開する王国軍を包囲する形になる。主力をアンカレーヴにまとめている帝国軍に対して、王国軍は3つに分割されている。上手くやれば各個撃破ができる。
特にアリサベル師団が単独でクインターナ街道を押さえているらしいと言うのは朗報だ。なんとか捕捉して数の暴力で磨り潰す。そのため2~3個師団を磨り潰してもいい。奴らさえいなければ、帝国の勝利は確約されたようなものだ。だらだらと3年目に入ったこの戦争の決着を付ける戦いになるだろう。
会議室の中はピンとした緊張に包まれた。そんな中でルサルミエ上級魔法士長が急に顔を少しうつむけた。それが通心をしている時の魔法士長の姿勢だと言うことは全員が知っていた。
「どうした、何があった?」
顔を上げた魔法士長にガイウス7世が訊いた。
「
「ほう、どれくらいの勢力だ?」
「見張り塔の魔法士からの通心でありますが、続々と市門から出てきており、どうも全力出撃ではないかと」
「全力出撃?」
「有り得ます、陛下。今一時的に
「あの慎重なガストラニーブが、そんな一か八かの賭に出ると思うのか?ダスティオス」
「このまま行けば
「あり得るか?全員を戦闘配置につかせろ。守備主体だ。しっかりとアンカレーヴを保持しろ。うかつに外に誘い出されないように徹底しておけ」
10日もすれば帝都師団と第2師団が来て、王国軍の数の優位はなくなる。砦化されたアンカレーヴをその間保持するのは難しいことではない。城砦を攻める側は守る側よりはるかに多くの戦力を必要とする。今の帝国軍と王国軍にそれだけの差はない。 そう帝国軍の高級将校達は考えていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます