第101話 救援要請

 翌朝、師団幹部は習慣通り集まって朝食を摂っていた。誰もが不機嫌に黙り込み、美味しくもない携帯食を黙々と食べていた。従兵が淹れた温かい茶はせめてもの士官の特権だろう。朝食のときにその日の予定を分かっている範囲で周知する。

 そこへあたふたとファルコス上級魔法士長が遅れてやってきた。朝の定時連絡を親征軍司令部と交わしていたのだ。彼に似合わないことに殆ど小走りであった。何かあったらしくそのまま自分の席に着くのではなく、ディアステネス上将のところへ行って敬礼した。


「じょ、上将閣下」


 息が切れて一息に言えなかった。一度大きく深呼吸して、


「 親征軍司令部からの連絡であります」


 魔器が使えなくなって帝国軍の通心が大幅に弱体化した。魔器が使えたらアンカレーブからここまで中隊付きの並みの魔法士でも通心出来る。旧式の魔道具ではファルコス上級魔法士長ほどの優れた魔法士でなければ、間に中継する魔法士を置かなければ通心出来ない。行軍しているときにそんな事は出来ないから、必然的にファルコス上級魔法士長級の優れた魔法士を定時の通心に使わなければならない。その分、劣化した探査・索敵の魔法がさらに弱くなる。以前より多数の魔法士を配置することによってなんとかカバーしようとしているが、魔器による索敵より範囲も精度も落ちている。

 ディアステネス上将もテンストーク下将も頭を抱えていた。魔器の使用に慣れてしまっていたため魔道具による魔法の水準がもどかしくて仕方が無い。ドミティア皇女は密かに、これが我が子を奪われたイフリキアの帝国に対する復讐ではないかと思い始めていた。


――簡単に通心の魔器を破壊できるような細工を施していたのではないかしら?目先のことしか考えられないような、そんな人では決してなかったのだから――


 我が子が帝国と争う、そんな可能性も考慮に入れていたのではないか。そして、それに備えていたとしたら……。父の話では要求の少ない、おとなしい人だったという。息子レフに会いたいという以外は何かを求めてくることなど殆どなかったと聞いた。でもそれだからこそ、レフのためになるかも知れないことを準備していた可能性は有る。


「なんだ?」


 テンストーク下将が訊いた。


「デルーシャの増援部隊がリゼトス近郊で襲撃されているとのことであります」

「「リゼトス?」」


 ディアステネス上将とテンストーク下将がほぼ同時にその地名を繰り返した。2人とも兵用地誌を知悉している。リゼトスはここゾルダムとルルギアの間、丁度中間点にある小さな街だった。例によって住民は追い出され、帝国軍の中継地として使われていた。


「デルーシャ軍への増援?」


 ディアステネス上将は想い出していた。最初に着いたデルーシャ軍は1個師団に少し足りなかった。持ってきた補給物資も少なかった。それを指摘されたとき、


『補給物資の集積に手間取っております。取りあえず派遣できるだけの人員と物資を持って参りました。早急に増援の部隊に残りの物資を護衛させてくる予定であります』


 ヌビアート諸島を取り上げられたデルーシャの国内に不満が渦巻いていて、物資の徴発と動員がスムーズに行ってないという内情は帝国にも聞こえていた。派遣されたデルーシャ軍の司令官は汗を浮かべながら懸命に弁明していた。


「……そいつを狙われたのか」


 ディアステネス上将の呟きに、


「それで親征軍司令部はなんと?」

「救援を出せ、とのことであります」

「無理だ」


 ディアステネス上将が即答した。


「リゼトスまでどんなに急がせても半日はかかる。その頃にはもう終わっている」


 アリサベル師団とデルーシャの増援軍では勝負は見えている。時間の問題でしかない。荷を置いて全速で駆ければ半日より早く着くだろうが、着いたときに息が上がっていては戦にならない。


「司令部からは騎兵だけでも先に出せと」

「無理だ」


 ディアステネス上将は同じ言葉を繰り返した。


「相手はアリサベル師団だぞ」


 アリサベル師団あいつら、全く勤勉なことだ。帝国軍の物資を奪って少し余裕ができたとは言え、そのまま戦場に留まり3日と空けずに襲撃を繰り返している。アリサベル師団のことだ、騎兵だけ先行させたら罠を仕掛けてくるに決まっている。それもとびっきり悪辣な罠を!下手をすると師団の騎兵を失うことになる。


「それに、何故司令部はデルーシャ軍などに拘るんだ?どうせ損害担当だろう」

「それをデルーシャやレドランドに覚らせないために、形だけでも全力で救援に赴いた様に見せる必要があると、へ、陛下が」


――っ!!


 ディアステネス上将、テンストーク下将、それにドミティア皇女までが息を飲んだ。思わず互いに目を合わせた。


「陛下のお言葉なのか!?」


 ガイウス7世は一旦口にした事を訂正したことがない。これまではそれで良かった。ガイウス7世が間違った判断をした事は、少なくともディアステネス上将の知る限りではなかったのだから。


「はい」


 ディアステネス上将の顔が強ばった。ガイウス7世が口にした事、言わば勅命なら従わなければならない。


――だが……、この戦争に関しては、陛下は最初から間違った判断をされたのかも知れない。そして間違った決定をし続けておられるのかも――


 しばらく考え込んだディアステネス上将が顔を上げた。


「テンストーク下将、命令通り騎兵を先行させろ」

「はい」

「1個大隊でいい。ルーゼス千人長の第2大隊をだせ。ルーゼスの方が慎重だからな」

「1個大隊では少なくありませんか?王国軍てきが待ち構えているなら第1大隊も出した方が……」

「1個大隊でよい」


 2個大隊を出したら2個とも殲滅される可能性がある。2個大隊の戦力であれば勝てるとテンストーク下将は思っているのかも知れないが、アリサベル師団はそんなに甘い相手ではない。損害は少なくしなければならない。勅命には従わなければならないが騎兵全部を出せとは言われてない。


「いいか、リゼトスの手前5里から街道を外れさせろ。大回りになっても南に迂回してリゼトスへ近づくように言え。あの辺りは牧草地と畑だ。道を外れても進めるはずだ。それにもしデルーシャ軍が既に壊滅していたら、戦闘を避けて転進するように言え」


 罠を仕掛けてくるなら、街道沿いに仕掛けてくる可能性が高い。人は、単独でも集団でも道を――通りやすいところを――辿りたがる。例え戦場であっても。アリサベル師団もそう考えてるだろう。街道を外れることで少しでも罠に掛かる可能性を低くできるならそうするべきだ。戦機に遅れたら戦うなという命令もルーゼス千人長なら従うだろう。味方の危機に駆けつけたという体裁が整えば良いのだから。テンストーク下将の副官が騎兵を集合させるため大急ぎで天幕を飛び出して行った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る