第99話 補給隊襲撃

 帝国軍が会議を持った同じ頃、”古道”と呼ばれるルルギアとザアルカストを結ぶ道を東へ進む一隊があった。レフが率いる1個大隊の部隊だった。レドランドの物資を焼いた帰りに通った道で、遠くに偵察隊が出せなくなって帝国軍の監視が行き届かなくなった道だった。

 偶々この道のことを知っている兵がいたのだ。途中にあった鉱山――金が取れたという――が掘り尽くされてしまって鉱山都市が寂れると、わざわざ遠回りをしていたこともあり、忘れられてしまった街道だった。今はもっと南のクィンターナ街道が主街道になっている。


『未だ近在の者が利用しています。余り手入れはされていませんが通れるはずです』

『案内できるか?』 

『はい』


 案内役のその兵とレフを先頭に立てて1個大隊の兵が夜中の行軍とは思えない速度で進んでいた。5人に1人、僅かに足下を照らすだけの小さな魔力ランプを持って、前の兵の背中を追った。レフ支隊はそう言う訓練をしていた。陽光の下で真正面からぶつかる野戦よりは、迂回、侵入、奇襲、夜襲を得意とする部隊だった。古道から現在使われている街道へ出るには、境している低い山地の足下の悪い山道を突っ切らなければならない。その訓練を受けていなければとても付いてはいけない。軽装のレフ支隊は4日間の行動を想定しての物資、装備しか持ってなかった。行軍速度を重視しての編成だった。

 ルルギアに残した目と耳からの情報だった。不審者狩りで捕まった者も居たが、未だ充分な数の目と耳を王国はルルギアに残していた。その目と耳からガイウス7世親征軍の補給部隊の一部が遅れてルルギアに着いて、昨日の朝出発したという情報が入った。1個大隊規模であるという。ルルギアからアンカレーブまで4日行程、足の遅い補給部隊なら5日行程だ。大部隊が野営できる場所は多くはない。ルルギアを出て2日目の夜ならどこに野営しているか予想できる。その予想地点まで軽装のレフ支隊は2~3日行程の距離を1日半で踏破してきていた。


「予想通りの所に居るな」


 レフ支隊が足を止めたのはディセンティア一門に属する小貴族の領するゾルダムという小さな村の外れだった。村は帝国軍の通り道に当たるため住民は追い出され、家々は士官用の宿舎になっていた。村を囲む、元は畑地や放牧地であった空き地に兵達が簡単な幕舎を建てて寝んでいた。


 ルルギアとアンジエームを結ぶクィンターナ街道は途中アンカレーブを通る。ルルギアとアンカレーブの間を東クィンターナ街道、アンカレーブとアンジエームの間を西クィンターナ街道と呼ぶこともある。ディセンティア一門の領内では領都エスカーディアよりアンカレーブの方が陸上交通の要衝だった。東クィンターナ街道沿いの街や村は、帝国軍によって住民が追い出され無人になっていた。空いた家は帝国軍の宿舎として好きなように使われていた。占領軍故の横暴だったが、帝国軍の動向をできるだけ王国に報せないための処置でもあった。

 村の周囲には篝火を焚いて不寝番が立っていたが、未だ前線から遠い、しかも味方になったディセンティアの領内だった。見張りの気が緩んでいたと言われても仕方が無かった。1個大隊の王国兵てきが直ぐ近くに来るまで気が付かなかったのだから。レフ支隊は気づかれることなく敵ごと村を包囲し、凸凹はあったがほぼ50ファルの距離まで近づくことができた。補給隊の魔法士の能力が低い所為もあった。


「かかれ」


 レフの号令が通心で全部隊に届いた。1個大隊の兵は一斉に帝国軍てきめがけて走りだした。レフ支隊は敵陣めがけて走りだしても声を上げなかった。不寝番でさえレフ支隊の接近に気づくのが遅かった。まして幕舎の中で寝ていた兵達は見張りが攻撃を受ける音と喚声と悲鳴でやっと目を覚ました。


「何だ!?」

「敵だ!!」

「嘘だろ!」

「起きろ、敵だ!」


 慌てて近くに置いてあった武器を手にしたときにはもう侵入したレフ支隊が目の前に居た。防具を着ける暇も、武器をきちんと構える暇も無いうちに多くの帝国兵が討たれた。慌てて何とか目の前の敵から逃げ出した帝国兵は、包囲している王国兵に次々と倒されていった。レフは特に夜目の利く兵を最外周に配置していたのだ。


 小さな村は申し訳程度の低い壁に囲まれていただけだった。最初に村の中に飛び込んだのはレフ支隊の中でも精鋭だった。レフとシエンヌ、アニエス、アンドレ・カジェッロとその部下、それにカルドース百人長と選抜された部下の100人足らずだった。トレクスヴァ魔法士も付いてきていた。ガストラニーブ上将とイセンターナ上級魔法士長から、レフのやること全てから目を離すなと言明されていたのだ。


――やれやれ、命がけも良いところだぜ――


 それでもろくに明かりも無い中でのレフ支隊の動きはトレクスヴァ魔法士の目を見張らせた。


――こんな連中の相手をしたくはないな、幾つ命があっても足りそうもない――


 彼らは行く手を邪魔する帝国兵を排除するだけで、村の外での戦いに目もくれず村の中に飛び込んだのだ。

 村の中で寝ていた士官連中は、村の外で始まった戦いの音で目を覚ました。味方の領内であると言う油断から防具は勿論、服や靴を脱いで寝ている士官も多かった。彼らが慌てて起き出して身支度を始めた頃には既にレフ支隊が村の奥深く浸透していた。


「今回は物資を焼くな、捕虜は情報源になる奴だけで良い」


 と言うのがレフの指示だった。飛び起きて慌てて身支度をし、中途半端な武装のまま飛び出してくる帝国兵を次々に屠りながらレフは司令官が休んでいる一番大きな、元は村長の家を目指した。屋敷の門を爆裂の魔器で吹き飛ばし、カルドース百人長の兵が玄関を蹴破ると次々に邸内に飛び込んでいった。

 所詮は軍としては2線級の補給部隊とレフ支隊では相手にならない。ましてや不意をついた夜間の奇襲だった。戦闘は半刻も掛からず終了した。レフ支隊の圧勝だったが、それでも20人近い死者とその3倍の負傷者を出した。


 レフの前に3人の男達が引き据えられていた。千人長の階級章を付けた士官、上級百人長の階級章を付けた士官、それに魔法士長だった。


「バ、バザリム千人長であります。捕虜として正当な、しょ、処遇を要求します」


 軍人としては盛りを過ぎた初老の千人長が精一杯の虚勢を張っていた。おそらくこの戦争がなければ退役していただろう。勝ち戦の後方で最後の軍歴を務めるつもりだった。


「お前達は王国東方軍への手土産だ。私から訊きたいことはない。ガストラニーブ上将に引き渡すまでは命の保証はする。その後は知らないが」


 3人の帝国士官は引きつったような笑いを浮かべた。彼らの周りで血だまりの中に倒れている帝国兵は既にピクリとも動かない。降伏を申し出る暇さえないほど短時間の殺戮劇だった。村の外も同じ有様であることは容易に想像が付いた。


 彼らが主力に遅れて来たのは、魔法院の尻を叩いて作らせた追加の魔器――だんだんと作りが雑になっていた――と、帝国中から浚うように集めた魔道具を運んでいたからだった。糧食や武器、防具、被服はレフ支隊が有り難く頂戴したが、魔器はレフが一目見て作りの粗雑さに眉をしかめ、魔道具共々破壊してその場に放置した。このとき奪った補給物資はその多くを王国東方軍に移送したが、手元に残した物はレフ支隊の活動期間を延ばすことになった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る