第96話 作戦会議

 机の上に広げられた地図を挟んで10人余りの人間が立っていた。アリサベル師団がザアルカストに着いて早速開かれた顔合わせの会議の筈だったが、レフがおもむろに出した地図によって全く違う会議になろうとしていた。地図を逆さに見る位置に居るのが、アリサベル王女、レフ、ベニティアーノ卿、ザイデマール千人長、その向かいにガストラニーブ上将、マクナーヴ中将、イセンターナ上級魔法士長を始めとする第三軍の司令部要員達が居た。

 地図はディセンティアの領都、エスカーディアからアンカレーブまでをカバーしており、地図を指し示しながらレフが帝国軍とその同盟軍の布陣を説明していた。アンカレーブとエスカーディア間、直線距離にして10里、帝国軍主力をアンカレーブに置き、ディセンティア領軍をエスカーディアに置いている。その間にやっと送られてきたデルーシャとレドランドの軍を配置している。アンカレーブに近い方にデルーシャ軍、エスカーディアに近い方にレドランド軍だった。ヌビアート諸島を廻るごたごたを考えるとディセンティアとデルーシャを隣り合わせにする事は出来なかった。


「大体こんな布陣になっている」


 レフが地図の上に兵の塊を円の大きさで書き入れ、具体的な数値を加えた。帝国軍も全員をアンカレーブに置くのではなく、かなりの人数を街の外に配置していた。ディセンティアの領軍は、陸軍が手薄なこともありエスカーディアとその周囲を固めているだけだった。


「どうだ、イセンターナ上級魔法士長。お前達の偵察結果とつきあわせてみて、ちがいはあるか?」


 ガストラニーブ上将が横で食い入るように地図を凝視していた上級魔法士長に訊いた。


「レドランド、デルーシャの布陣は一昨日のことです。両国ともぎりぎりまで派兵を延ばしているという噂でしたから。王国軍われわれの偵察隊は未だ細かいところまで把握しておりません」

「アリサベル師団が到着したのが昨日、まさか1日足らずでこれだけのことを調べられたわけではありませんでしょうな、レフ殿」


 王女の公認の婚約者だ、一応アリサベル師団の客将という立場になっている。ガストラニーブ上将としても言葉遣いに気をつける必要はあった。


「少人数で先に来ていろいろ調べていました」


 レフの答えを受けてガストラニーブ上将がイセンターナ上級魔法士長の方へ視線を動かした。"気が付いていたか?”と訊いたのだ。イセンターナ上級魔法士長が首を横に振った。


――帝国軍てきばかりではなく、王国軍みかたにも気づかれずに何日も行動していたわけだ。おそらく王国軍みかたの布陣も調べ上げているだろう。なんとも油断のならないお方のようだな――


「やはりそうですか。あのを使ってと言うわけですな」

「ええ、以前の魔道具に比べれば性能が段違いですから」


 転移して来たことは言わない。それに魔器の性能だけではなく、レフの能力も桁違いであることも言わない。ガストラニーブ上将もレフも初対面で未だ互いに探り合っている状況だった。


「で、探ってみたら、デルーシャとレドランドの間がスカスカですね」


 寄せ集めの軍では、指揮系統の違う部隊の布陣した間隙がどうしても疎かになる。両方が自分のテリトリーではないと思って手を抜くか、両方が自分のテリトリーと思ってぶつかるか、いずれにしても大きな弱点になる。


「ほう、スカスカというのは」

「レドランドとデルーシャの布陣している境界を何度通っても全く気づかれませんでしたね」

「それはまた」

「で、両軍の間を抜けた後方に物資を集積しています。集積所まで自由通行ですね」

「ディアステネス指揮下の軍としてはうかつな話ですな」

「急に寄せ集めの軍を押しつけられても上手く統制できないのでしょう。ついこの間まで敵だった軍ですからね。それで、ガストラニーブ上将閣下、一つお願いがあるのですが」


ガストラニーブ上将は少し身構えた。王女の婚約者という立場から頼まれれば断り切れないこともある。


「何でしょうか?」

「少し嫌がらせをしたいのですよ。具体的にはレドランドの物資を焼いてやろうと思っているのですが」


 レフが地図上にレドランドの物資集積所を書き加えながらそう言った。レドランドを選んだのは敵軍の中で一番うるさい帝国軍主力から距離があるからだ。

 ガストラニーブ上将は苦い顔をした。ドライゼール王太子と同じように攻勢に出たいと言っている様に聞こえたのだ。


「大規模な攻勢は好ましく有りません。勝っても損害が多ければ今の王国軍では継戦能力を失いますから。戦力の保持は陛下の方針でもあります」

「いや、大規模攻勢を考えているわけではありません。あくまで嫌がらせです」

「敵の陣をぶち抜いて補給物資を焼くと言ったのではないですか?」

「ぶち抜いたりしません、間を抜けて行くだけです。大人数では気づかれやすいのでせいぜい1~2個小隊規模ですね」

「1~2個小隊?見つかったら殲滅されますよ。敵は師団単位ですから」

「見つかるようなへまはしません。レフ支隊われわれだけでやります。だから許可をください」

「たった1~2個小隊で敵陣の後方に集積してある物資を焼くことができると言われるのかな?」

「そうです。焼くだけなら簡単にできます。で、気づかれるまえに帰ってくることも」


 レフの言い分に判断を保留したようにガストラニーブ上将は視線をアリサベル王女に当てた。アリサベル王女が頷いた。


「問題はないと思います。レフの言ったように気づかれずに敵陣に侵入して、気づかれずに離脱することはレフ支隊であれば可能です」

レフ支隊あなたたちだけでやると……。敵の陣に食い込んだ後で何かあっても助けには行けませんが」

「それで構いません。許可を頂けますか?」


 アリサベル師団の力をある程度示しておくべきだ、とレフは思っていた。いざというときにうかつに敵対すると手強いと知らせておく方が良い。手の内を知られることとどちらを優先するべきかのバランスだ。この作戦が絶好の機会になるだろう。


「良いでしょう。私としてもあなた方の力を知っておきたい。で、いつ決行するのですか?」

「明日の未明ですね」

「ほう、明るくならないうちに、と言うことでしょうか?」

「夜間に動く訓練をしていますから」

「そうですか。王国軍として何かやることがありますか?」

「いや、ありませんね。今回は見物しておいてくれれば良いでしょう」


――お手並み拝見だな。送ってくれた新しい魔道具、いや魔器と言ったか、の性能は従来の魔道具に比べて格段に優れている。聞き及ぶ華々しい戦功も魔器によるものと思うが、それをどのように使っているか知る丁度良い機会だ。向こうから提案してくれたのだから精々有効利用させてもらおう。


「ところで、その作戦に私の手の者を数人同行させてもらうわけには行きませんか?」


 ガストラニーブを見るレフの眼が鋭くなった。


「敵陣の間を気づかれずに抜けるのがこの作戦の要です。レフ支隊われわれはそのための訓練をしています。閣下の部下に気配を消すことができて、暗い中を灯り無しで動ける者がいれば、連れていくことは吝かではありませんが。それとかなりの距離を走ることになります。我々の行動に付いて来れなくても助ける余裕はありません。それもご考慮に入れてください」


 ガストラニーブ上将がイセンターナ上級魔法士長を見た。今の条件だと一般兵ではなく魔法士から選ばなければならない。イセンターナ上級魔法士長は難しい顔をしたがそれでも頷いた。


「分かりました。人選をしてみましょう。ご成功を祈ります」


 ガストラニーブ上将が右手を出した。レフが握り返して、会議は終了した。




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