第95話 アルマニウス一門
――やっぱり魔器を寄越せと言ってきたな――
後ろで一言も発せずにアリサベル王女とドライゼール王太子のやりとりを聞いていたコスタ・ベニティアーノの思いだった。イクルシーブ准将やレフと通心で打ち合わせたとき、渡さないことで合意していた。
『殿下が気を悪くされるわね?』
アリサベル王女の口調はそれならそれで構わない、と言うものだった。
『魔器は必要なところで使うべきです。ドライゼール殿下は前線にはいらっしゃらないでしょうから渡した魔器が無駄になります。我々の所でさえ魔器が充足していると言えませんし』
とレフに言われてアリサベル王女はそれ以上魔器の扱いについては言及しなかった。イクルシーブ准将もベニティアーノ卿もレフの言葉に反論しなかった。
――確かに王太子殿下は気を悪くされただろう。アリサベル師団に対する印象もさらに悪くなったと思われる。だが、もともとアリサベル師団、アリサベル王女に対しては好意的ではなかった。そもそも妹――女――が自分よりも武名を謳われると言うこと自体に、我慢ならない思いを抱いておられる。王太子殿下は我慢強いお方ではないし、身分が下の者に逆らわれるのに慣れておられない。当然受け入れられると思っていた要求が断られたときどう思われるか?怒りを表に出さないだけの器量があれば大したものだ。
私の見るところ、アリサベル王女とドライゼール殿下の関係は修復可能なポイントを既に過ぎている。王女が全面降伏すれば別だが……、――
アリサベル殿下がドライゼール殿下に膝を屈することがあるだろうか?
ない、とコスタ・ベニティアーノは結論づけた。アリサベル殿下がドライゼール殿下に屈服すればレフは離れていくだろう。それはアリサベル王女にとって受け入れられることではない。例え王命であっても従うことはないだろう。
であれば、もっと焚きつけて暴発させた方が良い。周囲に、どちらに非があるかはっきり分かる形で暴発させればアンジェラルド王国に久々に女王が誕生するかも知れない。アリサベル殿下より継承順位が上の王子があと2人おられるが、側妃のお子だし、未だ幼い。
レアード王子の件を考慮に入れれば最終手段も取りうる。多分レフも内輪に入ったアリサベル王女の為なら労を厭わないだろう。
コスタ・ベニティアーノは3日前のことを想い出していた。
アリサベル師団の行路がアルマニウス宗家の領の端を擦ったのだ。未だ午後の早い時間に、マヴィラ――アルマニウス宗家の領の端にある小さな街――に着いたのだが、そこに宗家の当主、カデルフ・アルマニウス・ハーディウスが待っていた。
アリサベル師団が行軍中に会った貴族の中で一番の大物だった。当然アリサベル王女、コスタ・アルマニウス・ベニティアーノ、ザイデマール千人長などアリサベル師団の幹部がその挨拶を受け、そのまま歓待の宴という運びになった。宴はおそらく何日もまえから準備されていたものであろう、豪華な料理が並べられ、そのお裾分けが師団の兵達にも振る舞われた。さすがに行軍中には酒は出されなかったが、アルマニウス一門のアリサベル師団に対する厚意を示すに充分なものだった。
そして宴が果てた夜中、コスタ・ベニティアーノはカデルフ・ハーディウスに呼ばれたのだ。カデルフ・ハーディウスは50がらみの、長身の、髪に白いものが混じり始めた男だった。眼光が鋭い。
「良くご無事で、カデルフ様」
ルルギアで防戦していたのだ。帝国軍に攻め落とされたとき、命からがら逃げ延びた。コスタ・ベニティアーノはまず無事を言祝ぐことから始めた。
「まあ、ガストラニーブに『領都に固執するな』と言われていたからな」
「ガストラニーブ上将が、そんなことを」
王や王太子の耳に届けば戦意不足と思われるかも知れない。それでもそんなことを言い残したのはガストラニーブ上将がアルマニウス一門の出だったからだ。カデルフ・ハーディウスとも親しい。王の命令で西へ転進することになったときにアルマニウス宗家の当主に挨拶に来た。その時に、ガストラニーブ上将が声を潜めて言ったのだ。
“デルーシャ、レドランドから援軍が来て、兵数は何とか辻褄を合わせたが、質はどうにもならない。その上私が居なくなる。ミゾレフ下将に3個大隊を付けて残していくが、彼ではデルーシャ、レドランドの軍に対して私ほどは押さえがきかない。その上、ディセンティアの様子がおかしい。まあ友軍を変な目で見たくはないが……、ヌビアート諸島を取られて良い感情はもっていまい。領都を保持できぬとなったら固執せぬ方が良い。アルマニウスの領は広い、ルルギアを失陥してもカデルフ殿が居れば幾らでも反撃の余地はある“
「その時は領都をすてるなんてできるものか、と思っていたのだがな。実際に帝国軍が攻撃を始めたときあっさりと守りが崩れた。真面目に抵抗したのはミゾレフ下将指揮下の王国軍とアルマニウス領軍だけだった」
想い出すのも忌々しそうにカデルフ・ハーディウスが言った。
「ルルギアは言わば見捨てられたのだな、王国に。ガストラニーブの助言のおかげで逃げ出すことはできたが」
カデルフ・ハーディスの声に苦いものが混じった。王国が王国の存続を第一に考えるなら、アルマニウスがアルマニウスの存続を第一に考えて何が悪い、と言う声がアルマニウス一門にあるのも事実だった。
「お察し申し上げます」
「だが、卿とカジェッロの所の庶子が、なんと言ったか、そうそうアンドレだったな、アリサベル師団に深く食い込んでいるのはアルマニウスとにとって重畳なことだ。伝え聞く王女の婚約者の亡命帝国貴族の魔法も、卿が言うのであれば本物であろうし、ガストラニーブもアリサベル師団から送られた探知の魔道具の性能を褒めていた。そんな突出した魔法はこれからの戦を変える。その変化にアルマニウスは卿達を通じてついて行けるわけだ」
「私はアリサベル殿下の相談役と言った立場ですし、アンドレ・カジェッロは亡命帝国貴族、レフ・フェリケリウス・バステアと親しくしております。レフ・バステアの魔法を使えばこの戦に王国が勝つのも不可能ではないと考えています。アルマニウスとしてもくれぐれも上手く扱うべきかと」
「分かっている。ドライゼール殿下が焦っていると言う噂だ。殿下が焦ったまま先走ればひょっとしたらひょっとするかも知れぬな」
「十分に可能性はあるかと」
「そう言う流れができたらアルマニウスとしても上手く乗りたいものだ。卿とアンドレが鍵だな」
「ご期待に違わぬよう気をつけましょう」
この戦を契機に王国内が大きく揺れることは間違いない。その焦点にアリサベル王女と婚約者、そしてその師団が居て、それにアルマニウス一門の有力者の一人であるコスタ・ベニティアーノが大きく関与している。このところエンセンテに後れを取ることが多かったアルマニウスとしても千載一遇の機会になるかも知れない。
「ああ、上手くやってくれ、期待して居るぞ」
――やれやれ、この歳になってこれほど気を
コスタ・ベニティアーノとカデルフ・ハーディウスはそれぞれの思惑を胸に肩をたたき合って別れたのだ。
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