第93話 逆襲の始まり 2

「お、王宮からの、通心で、ございます。へ、陛下が出て、おられます」


 やっと息を整えたダルディアス魔法士長の言葉に執務室にいた全員が驚いた。


「陛下が直々に?」


 アリサベル王女の疑問を全員が共有していた。国王の方から予告も無しに直接連絡があるなど滅多にないことだからだ。ルビオから連絡を受けたイクルシーブ准将、続いて間を置かずレフ、アンドレが執務室に走り込んできた。ダルディアス魔法士長と違って息も切らせてない。


「陛下からの通心だ」


 ベニティアーノ卿の言葉に3者3様の反応をした。イクルシーブ准将は姿勢を正し、アンドレは顔をしかめ、レフは無表情になった。


「夜分にすまんな」


 意外なことにそんな言葉からゾルディウス王が話し始めた。


「アリサベル、そこにいるのか?」

「はい、陛下。ここにおります」

「他は誰がいる?」

「イクルシーブ准将とベニティアーノ卿、それにレフがおります」

「そうか、それならアリサベル師団の意志決定には充分だな。イクルシーブ准将!」

「はっ!」


 呼ばれてイクルシーブ准将が踵を打ち鳴らして姿勢を正した。


「アリサベル師団に命じる。東方軍に合流してガストラニーブ上将の指揮下に入れ」

「はっ、了承しました、陛下」

「準備でき次第、ザアルカストに向かえ。ガストラニーブが首を長くして待っておる」


 その命令にアリサベル王女、ベニティアーノ卿、レフが互いに顔を見合わせた。予想外の命令ではなかった。多分ドライゼール王太子は顔をしかめるだろうが。


「陛下」

「なんだ?アリサベル」

「ご存じかと思いますが、アリサベル師団は帝国砦、王国砦にそれぞれ2個大隊を駐留させております。その後詰めにレクドラムに2個大隊を残さなければならないので、ザアルカストに派遣できるのは4個大隊となります」


 こういう事態になったときの打ち合わせは済んでいた。


「分かっておる。だがそなたの婚約者、レフ・バステアは行けるのであろう?アリサベル。師団の半分とレフ・バステアが東方軍に合流できれば充分だ。ガストラニーブがレフ・バステアの造った魔器を絶賛しておったぞ」

「交代要員を送って戴ければ全軍で動くことができますが」

「直ぐにそれは無理だ、シュワービス峠の重要性が減じたわけではないからな。第二軍はもう形もない。エンセンテの領軍を当てるしかないが、開戦当初の損害でガタガタだ。残った領軍ではシュワービスの守りには練度不足だ。そのままアリサベル師団に守らせておく方が安心だ。レフ・バステアが行くなら半個師団で良い。いつになるか約束はできぬが、領軍をきちんと訓練できればアリサベル師団と交代させよう」

「承りました。もう一つよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「東方軍に合流する命令を口頭でなく書状でお願いしとうございます」

「なぜだ?」

「王太子殿下が、アリサベル師団を必ずしも歓迎されないかと存じます。ですから陛下からの命令書があった方がドライゼール殿下の納得を得やすいかと」


 ドライゼール王太子がアリサベル師団、ひいてはアリサベル王女に対して隔意を抱き、それがだんだん強くなっているというのは、アリサベル師団の幹部なら誰もが感じていることだった。アリサベル師団から王太子の下に言わば強引に移ったリッセガルド騎兵千人長を取り巻きに加え、酒を飲んではアリサベル師団とアリサベル王女を誹謗していると聞こえてきていた。


「ドライゼールか、あやつは今、ザアルカストではなくスタサップにおるわ」

「スタサップに?」


 スタサップはザアルカストより20里も西にある街だった。現時点では決して最前線とは言えないところだった。


「ああ、ガストラニーブと意見が合わなかったらしい。『守りの戦いは得手ではない』などと申しておる。だからあやつの機嫌など気にすることはない」


 魔法士を通した会話であってもゾルディウス王の不機嫌は分かった。アリサベル師団の戦功にアリサベル王女が称揚されていても、王女自身が指揮を執ったり、前線で戦ったりしているわけではない。戦功を上げ続けている師団のシンボルになっているだけだ。ドライゼール王太子も同じ立場で構わなかったのだ。ガストラニーブ上将が上手く帝国軍の進撃を食い止めることができたら、東方軍の総司令官という立場を与えられたドライゼールの名が上がると王は考えていたのだ。


――一から十まで説明しなければならないのか?それではとても王という地位は保てないが――


「それでも味方同士でギクシャクするのも詰まりません。どうか命令書をおくだしください」


 しばしの沈黙があった。が、


「分かった。ガストラニーブの方へ送っておく、ザアルカストで受け取るが良い」


 ゾルディウス王が折れた。魔法士の中継のせいで感情が中和されていなければアリサベル王女にはとてもできない会話だろう。長く王位に就いているゾルディス王の気迫と貫禄はとても王女が対抗できるものではなかった。レフと婚約する前であれば間に魔法士を挟んでも難しかっただろう。レフの側にいるためには、自分の役割をきちんと果たさなければならないと言う思いがアリサベルを強くしていた。




 アリサベル師団は2つに分けられた。シュワービス峠の2つの砦にそれぞれ2個大隊、その後詰めとしてレクドラムに2個大隊、計6個大隊をイクルシーブ准将が指揮し、残りの4個大隊を王国東方軍に合流させる。そのうち3個大隊の指揮をザイデマール千人長が執り、1個大隊はレフ支隊となった。ザイデマール千人長は第一軍の出身でイクルシーブ准将の副官を務めていた。陸軍の出身だが海軍出身のイクルシーブ准将を良く補佐していた。与えられた条件下での指揮・用兵は巧みだが自分から積極的に動く男ではなかった。

 イクルシーブ准将としては、名目上レフよりも多い人数を任せているが、実質レフが全体の指揮を執る事になると思っていた。アリサベル師団では客将扱いだが、レフの立場は曖昧だ。アリサベル王女の婚約者とは言っても、今はまだ帝国からの亡命貴族と言うだけで王国軍の序列に正式に入っているわけではない。そんなレフが表だって半個師団の指揮を執ればそれを快く思わない者達が出てくる。レフの能力ちからを具体的に知らない者が大半を占める東方軍に合流すれば必ずそうなる。それを見越しての処置で、ザイデマール千人長も納得していた。


 ゾルディウス王に東方軍への合流を命じられて3日後アリサベル王女を戴いたアリサベル師団分隊は東へ向かって進発した。奇しくもガイウス7世が皇都フェリコールを出発した日と同じだった。



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