第91話 ルルギア 2
暗くなるのを待って丘を下ってルルギアの市壁まで半里の距離まで近づいた。地面の起伏に身を隠しながら、
「中の様子は分かるか?帝国兵らしいのはどれくらいいる?」
レフがそう質問したのはアルティーノ魔法士に対してだった。アルティーノ魔法士の方が年上だが魔法使いとしての格がレフよりかなり低かった。だからレフの口調にも遠慮が無かった。
アルティーノ魔法士はレフからもらった魔器を握りしめて、目を瞑って懸命に集中した。口が細かく動いている。気温は低いのに額に汗が浮いた。
平常時のルルギアの人口は駐留している軍人を除いて、約10万、だった。陥落したあとは王国側の軍人は0となった。捕虜は全員既に帝国に連行されていた。民間人は街のインフラを維持するための人間とその家族を残して追放され、住民は1万足らずしか残ってないという情報をレフ達は得ていた。だから街中にいる人数から1万を引けば残りは帝国人と言うことになる。しかし帝国人全部が兵では無い。デルーシャ、レドランドに近いため軍人以外の文官も多く滞在していたし、帝国の民間人もいる。優れた魔法士なら探知した人の群れが訓練を受けた軍人かそれ以外の人間か区別できる。
アルティーノ魔法士の顎から汗が数滴落ちた。目を開けて、いくらか震える声で、
「街中にいる人間は約2万、そのうち軍人が5千前後、かと思います」
「シエンヌ、どうだ?」
「街中にいる人間が2万2千、軍人は5千弱、おそらく4千5百くらいだと思います」
レフが頷いた。
「その通りだ。シエンヌは本当に探知が上手くなったな」
レフに褒められてシエンヌが嬉しそうに笑った。続いてアルティーノの方に視線を向けて、
「アルティーノ魔法士も随分上達したな。それだけ分かれば国軍でも十分に通用するぞ」
「本当ですか?」
「本当か?」
アルティーノ魔法士とアンドレが同時に嬉しそうに応えた。領軍よりも国軍の魔法士の方が格が上と考えられているのだ。
「少し街の中を覗いてみるか」
「えっ?」
何気なく言ったレフの言葉にシエンヌが反応した。
「街中を覗くの、ですか?危なくは……」
「ああ、この広さに4500では警備はどうしても手薄になる。それに少しだらけているようだ」
武装兵は4500人だが、戦の最中であるという緊張をレフは感じていなかった。
「まあ、最前線のアンカレーヴからは遠いからな。周りには王国軍の影もないし。ルルギアへ侵入するなら付いていくぜ。傭兵時代に何回か来たことがあるんで土地勘もあるしな」
レフが自分の方へ視線を向けていることに気づいてアンドレが応えた。
「「私も」」
とシエンヌとアニエスが言いかけるのをレフが制した。
「いや、今回は私とアンドレだけで行く、何かあれば転移で逃げてくることもできるから、身軽な方が良い」
「そうだな、嬢ちゃん達いつもレフにくっついているからたまには離れてみるのも良いんじゃないか?」
アンドレの軽口にシエンヌとアニエスが頬を膨らませた。
市壁の下まで行ったのは結局レフとアンドレの二人だけだった。レフの探知を使えば、市壁の上の通路を巡回しながら警戒している帝国軍の目をかいくぐるのは難しくない。そもそも巡回自体がレフの眼からは粗雑だった。一組の巡回が通り過ぎれば次の巡回まで四半刻以上の時間が空く。
鈎の付いた縄を市壁に引っかけて登り、続いて登ってくるアンドレを待って、縄を回収し、その縄を内側に垂らしてアンドレを市内に下ろし自分は重力軽減をかけて飛び降りる。市壁が5ファルの高さを誇っていてもここまで十二半刻も掛からない。
ルルギア市内は真っ暗だった。建物の窓から漏れる灯りもなかった。その暗がりの中をアンドレに先導されて市の中心にある市庁舎に向かって歩いた。スカスカの警備も市庁舎に近づくにしたがって多少は密度を増した。街路を叩く軍靴の音がうるさい。一応周囲を警戒しながら歩いてはいるが、見つからないように身を隠すのは簡単だった。
市庁舎の前は閲兵のための広場になっている。さすがに明々と篝火を焚いて2個中隊と思われる人数で不寝番を置いている。細い道をたどって、もう少し行けば広場に出るという少し手前でレフとアンドレは建物の壁に身を寄せて広場を窺った。広場の市庁舎の正面に向かって左側の隅に十数台の馬車が停められていてその周囲が特に警戒厳重だった。
「何だ、あれは?」
「補給用の馬車だな」
人を乗せるには無骨な作りだ。ホロをかぶせてあって何を積んでいるかは見えない。
「補給馬車、たったあれだけの?帝国軍は何万もいるんだぞ。たったあれだけの馬車で何を運ぶんだって言うんだ?」
「多分、緊急に運ばなければならない何か、だな」
そこまで言って、レフは気がついた。食料や被服、武器と言った嵩張るものならあれは精々数個大隊の数週間分の物資に過ぎないが、そうでないもの、緊急に必要とされそれ程嵩張らないもの、があるではないか。
「ひょっとしたら当たりかも知れないぞ」
「何が当たりだって言うんだ?」
「試して見よう、外れても大した手間じゃない」
そう言ってレフはシエンヌに連絡を取り始めた。アンドレはそれ以上質問せず、レフのやることを見ていた。
『シエンヌ』
『はい』
まるで通心があるのを予想していたように間髪を入れず返事があった。
『裏門の真南まで動けるか?裏門からの距離は100ファル以内で』
半里ほど東へ移動することになる。その途中に人の気配がないことを探知で確かめて、
『はい、大丈夫です』
『じゃ、そちらへ移動してくれ、着いたら連絡を頼む』
『はい』
一行のなかで一番夜目が利かないのがジェロームだった。それでもブレクタータ十人長に掴まって懸命に足を動かして、全員が四半刻足らずで正面にルルギアの裏門を見る位置まで移動した。
『着きました』
シエンヌの通心に、
『よし、シエンヌ。通心妨害の魔器を起動するぞ』
『はい』
説明も何も無い命令だったが、唐突な命令でもシエンヌは素直にしたがった。説明を求めて時間を浪費することなど考えなかった。直ぐに魔器を取り出して起動する準備をした。
『準備できました』
『よし、3,2,1,やれ!』
レフとシエンヌの持つ魔器が同時に起動した。とたんに十数台の補給馬車の内2台の内部が明るくなったのをアンドレは見た。
「えっ?」
思わず大きくなりそうな声を抑えて、それでもアンドレは言わずにいられなかった。
「何だ、あれ?」
「当たりだったな。ディアステネス軍に魔器を補充するつもりだったんだな」
馬車の周りで警戒に当たっていた帝国軍兵士が大騒ぎを始めた。
「少し離れた方が良さそうだ」
レフは魔器を起動したまま広場と反対方向に動き始めた。アンドレも慌てて後を追った。内部が明るくなった補給馬車の中で次々に閃光が生じた。帝国魔法院で大急ぎで作られた魔器はイフリキアの監督の下に作られた魔器より精度が落ちている。レフの魔器に曝されると短時間で次々に閃光を発して壊れていった。一街路分ほど広場から離れてレフが立ち止まった。
「見ろ、馬車に積んであった魔器が壊れている」
レフが指さす馬車をアンドレがあきれたように見ていた。内部で次々に眩しく光る馬車の周囲で帝国兵が右往左往していた。
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