第91話 ルルギア 1
1里の距離に要塞都市ルルギアが見えていた。街道から外れた小高い丘の上だった。小さな林の中を草を分けながら登ってきて、頂上に着いたときに急に視界が展けたのだ。
「あれがルルギアか」
「そうだ、まさか帝国の旗が掲げられたルルギアを見る事になるとは思わなかったぜ」
街の真ん中にある領主館を兼ねた市庁の上に、翩翻と帝国国旗が翻っていた。
「アンドレは何度も来たことがあるんだったな」
「ああ、傭兵時代にな。街の中も結構詳しいぜ、とくに色町の辺りはな」
アンドレの言葉にレフの両脇を固めているシエンヌとアニエスが振り返ってアンドレを睨み付けた。アンドレは思わす首をすくめた。
――何というか、二人とも迫力が出てきたな、剣呑、剣呑――
「それにしてもアルマニウスは随分と国境に近い所に領都を置いているんだな」
シエンヌとアニエスの気分など気にしない
「まあ、3大貴族家の中ではアルマニウス一門が、対帝国で一番戦意旺盛だからな。一番重要な街を最前線に持ってきて、『抜けるものなら抜いてみろ』ってやってる訳だ」
「そうなのか」
「エンセンテはテルジエス平原が根拠地だ。難攻不落のシュワービス砦が守ってくれる、まあ今回はちょっと手違いがあったがな。ディセンティアは海沿いに根拠地を持っていて陸より海に力を入れている。必然的に東で帝国と角突き合わせるのはアルマニウス一門と言うことになる」
「それもそうか」
「現にこれまで帝国が大フェリケリア神聖帝国の再統一、なんてことを始めたのはこれで4回目だが、前の3回の最前線はルルギアだったからな。アルマニウス一門の男達はその戦記を聞きながら大きくなるのさ」
「なるほど」
「シュワービス砦が陥ちて、ちょっと様相が変わったかと思ったが、やはり主戦場は東になるよな」
「前の3回よりかなり不利だがな」
「まったくだ、ディセンティアが裏切るなんて考えもしなかったな」
ルルギアに常駐しているのは王国第3軍とアルマニウス領軍だった。アルマニウス領軍の最精鋭――半数が常備軍で、これはアルマニウス領軍の常備兵のほぼ全て――だった。しかしディセンティアも一旦ことあれば素早く領軍をルルギアに送る体制をとっていて、事実これまでの3回は帝国の侵攻が始まると時を置かず派兵していたし、その戦意も旺盛だった。
そのアルマニウス領軍の精鋭も、第3軍がロッソル方面に転進したあと、ガイウス7世指揮下の帝国軍の猛攻の前に壊滅している。ともに戦ったのが王国第3軍ではなく、デルーシャ、レドランドからの援軍では数はそろえることができても質が伴わない。その上ガストラニーブ上将がいなくなって指揮も統一されなかった。
レフ達は春になれば主戦場になる筈のアガテア平野を東に突っ切って、ルルギアまで来ていた。もう10日もすれば除雪された道路を使って帝国内を、少なくとも平地は、自由に人や物が行き来できるようになる頃だった。シュワービス峠の雪解けにはそれからさらに1ヶ月ほどを要する。
ルルギアまで足を伸ばしたのは、
「戦場になる可能性のある場所を全てを見ておきたい」
というレフの希望によるものだ。あくまで偵察が目的で、目立つ動きはしたくなかったから人員は最低限にした。レフの他にはシエンヌ、アニエス、アンドレ、カジェッロ領軍のアルティーノ魔法士、ベニティアーノ家の執事ジェロームとベニティアーノ領兵のブレクタータ十人長の総勢7人だった。アンドレ・カジェッロはアルマニウス一門に属しており、さらに傭兵をしていた事もありアガテア平野の地理に詳しく、道案内に最適だった。アルティーノ魔法士はこの際少し鍛えておこうとレフが思ったので指名して連れてきていた。
――アンドレに一番近い魔法士だからな、もう少し役に立つようにしてやろう。シエンヌやジェシカとかなりの差があるのも好ましくないしな――
アルティーノ魔法士から見るとありがた迷惑な面もあった。彼の魔力パターンに合わせた魔器を与えられてこれまでよりも大幅に改善された通心、探知・索敵の能力にまだ対応できていなかった。魔力パターンに合わせると言っても、シエンヌやアニエスに持たせた魔器のように一から十までぴったりと合うと言うものではなく、いくつか用意したパターンの中から一番合うものを選んでそれに多少の改造を加えたものだった。それでもそれまで使用していた魔道具に比べて大幅に増えた情報の処理に四苦八苦していた。
ジェロームはベニティアーノ家の執事として外交を任されていた男だ。ベニティアーノ家はアルマニウス一門の中でも上位に入る家であり、ジェローム自身の顔も広かった。帝国との対決でピリピリしているアルマニウス領を無事に動き回れたのはジェロームの功績と言っても良かった。ブレクタータ十人長はそのジェロームを護衛させるためにベニティアーノ卿が付けたのだ。当初ルルギアまで足を伸ばせるかどうか危ぶんでいたが、ジェロームのおかげもあって比較的スムーズにアルマニウス領内を動けたため、かなりの余裕を持ってルルギアまで来ることができていた。
このメンバーで偵察に行くと行った時、ジェシカは少し寂しそうな顔をして、それでも頷いた。魔導銀を紡ぎ、法陣を描く事には優れていても、レフの魔法の相方を――帝国の通心用の魔器を破壊するときのような場合に――、務めるにはシエンヌに比べて魔力が少なかった。またアニエスのように切り札的な攻撃魔法が放てるわけでも無いため、こういうときには留守に回ることはやむを得ないと自分でも納得していた。それにレフに命じられた魔器造りもあった。留守番の間に、アリサベル師団、さらには王国軍に供給する魔器を造らなければならなかった。アリサベル師団の魔法士にはほぼ行き渡っていたが、当然王国軍にも供給するように命じられるはずだった。
むくれたのはアリサベル王女だった。
「どうして私が留守番なのですか?」
「王国の東半分を動きます。かなり長期になりますし、その間いろんなことが不自由になりますよ」
レフの言い分には説得力が無かった。
「そんなこと……、私がそれくらいのことでレフについて行けないなんて納得できません」
「荷駄用の馬は引いていきますが、歩くのが基本ですし」
「私そんな足弱じゃありません。それに転移の魔器を設置していくのでしょう?帰りは、あっという間じゃありませんか」
偵察以外に、転移用の魔器を設置することも目的の一つだった。そうすれば予定戦場の中をかなり自由に動き回れるようになる。既にルルギア近郊に来るまでに幾つもの転移の魔器を設置していた。設置した魔器が人の眼に触れにくいところ、転移を邪魔する様なものが少ないところを選んでいた。具体的には街や村と言った集落の中は駄目だった。どんなに上手く隠したつもりでも、土地勘のない所ではそこが本当に適した場所かどうか分からない。知らない集落ではそこの住民に頼むわけにも行かない。魔器が見つかって破壊された場合は勿論、動かされただけでも安全に転移できなくなる可能性がある。結局人里からある程度離れた場所に浅く土を掘って埋めることが多かった。レフの魔力なら例えばルルギアからアンジエームまで1回で転移することもできたが、シエンヌやアリサベル王女の魔力ではそんなことは無理だった。アガテア平野の中にシエンヌやアリサベル王女の魔力に合わせた距離に何カ所も設置することになったが、それを使えば二人とも自力で何回か転移を繰り返してルルギアからアンジエームまで転移することができる。尤もそんなことをすれば二人の魔力はほぼ空になる。
結局この次ぎにこんな機会があれば必ず連れていくと言うことで、アリサベル王女を納得させたのだ。
「この次は必ず、ですよ。それまでにレフの負担をもっと減らせるように転移の魔器の使い方に習熟しておきますから」
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