第89話 デルーシャ、レドランドの降伏
「総督府を置く、総督府の警護に1個師団を駐留させる」
執務机を挟んでガラミオ・オキファス宰相が畏まって立っていた。実務を担当する事務官達がオキファス宰相から1歩後ろに立って同じように畏まってガイウス7世の言葉を聞いていた。
「総督府は
レドランド公国、デルーシャ王国との交渉条件をガイウス7世が指示していた。
「助言、でございますか?」
「そうだ、助言だ。政策の決定権はあくまで現地政府にある。責任もな。助言を受け入れずに惹起させた事態の責任は取ってもらう」
ガイウス7世が指示しているのは間接統治だった。しかし、助言を受け入れずに惹起させた、これはどうにでも取れる言葉だ。事実上帝国の言うがままになる他ない。事務官達の後ろでガイウス7世の言葉を必死に書き留めている男もいる。ガイウス7世が細かいところまで指示するわけではない。彼の指示に肉付けするのは官僚団だった。肉付けの時に指示に反するような内容にすることはできない。ガイウス7世の発した一言一句を違えてはならないのだ。
ディセンティアの離反により、レドランド公国、デルーシャ王国はアンジェラルド王国と切り離されて連携が取れなくなってしまった。どちらの国も、単独ではフェリケリア神聖帝国に対抗できる力はなく、それは2カ国が手を結んでも変わらなかった。だから両国は戦禍で国内が荒廃しないうちに降伏することを選んだ。テルジエス平原の惨状を見れば、まだ大きな国力を持つアンジェラルド王国なら一時的な敗北、占領に耐えられても、レドランド、デルーシャでは耐えられないと考えたからだ。現在2カ国の交渉団が皇都に滞在して、帝国と降伏条件についての駆け引きの最中だった。
交渉の要点は、両国の自治を認めるか、駐留する帝国軍の規模をどうするか、賠償金と年ごとの貢納金の額、両国の軍備を認めるか、対アンジェラルド王国戦に兵を出すか、などだった。
「しかし、よろしいのですか?レドランド、デルーシャの統治機構を残すことになりますが」
「その方が手っ取り早いだろう。我が国の人員を大規模に入れるとテルジエス平原の時の二の舞になるぞ」
テルジエス平原を席巻したとき、帝国の統治機構をそのまま移植しようとしたのだ。アリサベル旅団に駆逐されるまでの短い期間だったが、決して上手く行ったとは言えなかった。王国人はいきなり自分の上に被さって来た帝国の機構に、記録を破棄し、手を抜き、隠し事をし、余計な仕事を紛れ込ませ、と要するに積極的な反抗こそ少なかったものの、いろいろな場面で足を引っ張り続けたのだ。帝国は尻尾を掴ませない消極的なサボタージュに手を焼いた。やっとなんとか統治機構を回し始めた頃にアリサベル旅団が現れたのだ。その経験が生かせるから今度こそは、と言うのが帝国官僚団の意気込みだったが、ガイウス7世の決定では従うしかなかった。それに正直、テルジエス平原で失った人員を補充し切れていなかった。ベテランの行政官も多かったのだ。それをアリサベル師団に食われてしまった。
デルーシャ、レドランドが拘ったのが、帝国の直接統治の阻止、と帝国へ払う金の額だった。
「国内の治安維持用に軽武装の警備隊の設立を認める。ただし歩兵のみだ。又警備隊は従来の国軍の半分の規模とする。またそれとは別に重武装の1個師団を対アンジェラルド王国戦へ参戦させる」
ダスティオス上将もディアステネス上将も両国の軍を評価していなかった。練度が領軍の水準を多少上回る程度に過ぎないデルーシャ軍、レドランド軍など足手まといにしかならない。しかし、アンジェラルド王国軍にぶつけて磨り潰しても良いと割り切るなら別だ。先陣を命じて突撃させれば、王国軍も無視はできないから迎え撃つだろう。レドランド軍、デルーシャ軍とも壊滅するだろうが王国軍も無傷とは行かない。そこからが帝国軍の出番だ。
「賠償金は免除する」
「陛下!?」
これにはオキファス宰相も吃驚した。両国との交渉で一番揉めているのが金の問題だからだ。宰相の後ろに控える官僚団もざわめいた。しかし余計な口は挟まない。ガイウス7世が断言した事だからだ。宰相も反対意見は述べなかった。
「年ごとの貢納金だが」
ガイウス7世は頓着せずに言葉を続けた。
「総督府運営に掛かる費用と駐留する軍の維持費として、デルーシャは税の2割、レドランドは3割を帝国に支払う。また貢納金という言葉は使わない。そうだな、協力金とでもしておくか」
またひとしきりざわめいた。これまで帝国は年間国税の4割を要求していた。初年度は賠償金込みで6割だった。言葉を変えたのは両国の小さな面子を尊重する格好になる。それに帝国に支払う金が少なくなるなら、自国の軍が王国軍との戦いで磨り潰されても文句は言うまい。アンジェラルド王国との闘いに動員される軍を編成するのは彼らに任されるからだ。王族、高位貴族をできるだけ除いた、あるいは政敵を入れた軍を編成するだろう。そんな事は両国の国内問題だった。どうせ磨り潰す予定の軍だ、ある程度戦えれば中身はどうでも良い。
「デルーシャを少なくしたのはヌビアート諸島の放棄代だ」
まだディセンティアをこちらへ引き付けておく必要がある。王国からの離反の条件として提示したことを早々と反故にするわけには行かない。ヌビアート諸島をディセンティアに譲る代わりに帝国へ納める金を少なくすればデルーシャ王国も文句は言うまい。
「それほど急に要求水準を落としては交渉団に不審を抱かせませんか」
さすがにオキファス宰相が口を挟んだ。何か帝国に弱みができたのかと勘ぐられかねない。
シュワービス峠の失陥は国外に漏れないように細心の注意が払われていた。レドランドもデルーシャもシュワービス峠からは遠い。交渉団は皇都に隔離されている。互いに接触しないように注意深く監視されていたし、本国との連絡も帝国の監視付きだった。通心の魔道具は帝国に入国するときに取り上げられ、使用の都度彼らに返されていた。彼らは気づかなかったが、帝国魔法院の手で魔道具の法陣は細工され、通心の内容は帝国にダダ漏れになっていた。
まだシュワービス峠のことは知られていなかったが、確かに急に条件を甘くすると不審をもたれるかも知れない。
「そこを上手くやるのがお前達の仕事だ。それに金の問題では譲歩しても、対アンジェラルド王国戦に動員するのだからな、一方的に奴らが有利になるわけでもない。上手く交渉することだ」
――アンジェラルド王国をできるだけ早期に叩きつぶす。レフが王国に肩入れしているならば、奴が造って王国へ提供する魔器は時間を追うごとに増えるだろう。奴を始末するのが最優先だ。帝国の魔器は奴の魔法の前にあまりに脆弱だ。魔法院を急かせて魔器の増産を命じているが、前線でその多くが破壊される可能性を考慮に入れなければならない。時間が経てば経つほど帝国は不利になる。だからアンジェラルド王国を孤立させて、通心、索敵で劣っても優位に立てるほどの戦力差を作って一気に勝負を掛ける。この戦を始めたときはこれほど苦戦するとは思わなかったが、戦を始めたからには勝たなければならない――
「それに」
ガイウス7世は笑って見せた。
「勝った後なら条件を変更するのは容易かろう」
――これはディセンティアに対しても言えることだな。アンジェラルド王国、デルーシャ王国、レドランド公国のみならず、ディセンティア一門も敗者の列に連なることになるからな――
勝者の勝手は許される。負けた者はどんな理不尽でも受け入れなければならない。例えそれが将来にどんな禍根を残すものであっても。
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