第86話 父と娘 1
お父様は魔法院で作られている魔器に絶対の自信を持っておられた。情報を検討しても、また実際に使われている王国製の魔道具をみても、お父様の魔法院で作られる魔器はその性能で圧倒していた。イフリキア様が原型を作られた魔器だが、それをイフリキア様以外の魔法使いによっても、大量に作れるようにしたのはお父様だ。工程を細かく分けて分業制にし、1人の魔法使いは一部だけに精通すれば良いようにしたのだ。できあがりは、イフリキア様の作られた魔器には及ばなくても満足のいく精度になった。何より量産できるようになった。帝国軍に所属する魔法士全員に支給することができた。
探査、通心という情報戦で優位に立ち、その上魔纏、転移と王国にはない魔法まで普通に使えるようになっていた。お父様の自信も根拠があってのことだった。
それが崩れたのは、アリサベル師団、いやイフリキア様の子が前面に出てくるようになってからだ。アリサベル師団との闘いの矢面に立たされたディアステネス軍の作戦が、度々齟齬を来すようになった。名目上ディアステネス軍のトップにいる私の責任を問うこともできるのだ。おそらく、ガイウス7世陛下の率いられる主軍もレフの攻撃を受けてそれなりの損害を被ったなどと言うことがなければ、そうなっていたかも知れない。ガイウス7世直卒の軍でさえ防げなかったことを、私やディアステネス上将が防ぐ事が可能だったとは思えない、と言う理屈が成立するのだ。
アリサベル師団はどうも臨時編成らしい。つまりレフ・バステアの働きを助けるための師団だ。レフ・バステアをどれほど王国が重要視しているかは、王女であるアリサベルをレフ・バステアに嫁がせるという処遇からも分かる。それにしても僅かの間にどうやってアンジェラルド王家に取り入って、自分のための師団を編成させるほどの処遇を得るようになったのだろう。
お父様が陛下に命じられて、帝都へ帰ることになって、私はお父様の部屋に呼ばれた。昨日夜のことだ。
ルファイエ家も皇家の一員として アンカレーヴに館を割り当てられていた。元は豊かな商人の屋敷だった建物の1室の周囲を厳重にルファイエ家の私兵に警備させた部屋だった。
「お呼びと承りましたが」
私が軽いノックの後お父様に部屋に入ると、陛下の元へ伺候した服を着替えもせずにお父様が1人で私を待っておられた。私を呼びに来た私兵にも直ぐに警備に戻るように命令して、
「おお、ドミティア、私は帝都に帰って魔器の増産をするよう命じられたよ」
挨拶も抜きにそう言われたお父様の言葉を、ああ、お父様は危険な地域から遠ざかることができるのだ、良かった、そう思いながら聞いていた。
「その前に、お前の魔器をもう一度見せてもらおうと思ってな」
私が持っている魔器はレフ・バステアの魔器破壊を生き延びたたった一つの魔器だった。そう言われて、私はいつも肌身離さず持っている魔器をお父様に差し出した。イフリキア様が手ずから作られた、私に最適化された魔器だった。他の人が、例えお父様でも、使っても私ほどの性能は引き出せない。
魔器を受け取ったお父様はそこに軽く、魔器を起動させるほどではない微弱な魔力を流した。淡い光が法陣紋様を駆け巡り直ぐに止まった。
「本当に綺麗だな、イフリキアの作った魔器は」
イフリキア様の作られた魔器を手本に他の魔法使いが作った魔器は、同じ紋様の筈なのにイフリキア様が作ったものほど綺麗にみえない。魔法の素質のない者には分からないだろうが、魔法使いなら、それも能力の優れた魔法使いであればあるほどそれがよく分かる。
その中でも私の魔器は特別だったと言って良い。
軍の魔法士に渡されている魔器は私に渡された魔器と少し紋様が違うようだが、と言う私の疑問に、
――それはドミティア、貴女に最適化してあるからよ。他のものは誰でも使えるようにしてある分だけ、性能が落ちるの――
特別扱いされたようでイフリキア様の言葉が私には嬉しかった。
「レフ・バステアもこの水準の魔器を作れるのだろうな」
小声で何気なく仰ったお父様の言葉にはっとした。お父様がさらに声を小さくされた。
「イフリキアとレフをきちんと遇していれば、今頃は中原全てが大神聖フェリケリア帝国だったのかも知れんな」
「お父様」
声は大きくしなかったが、私の声音にはどこか咎めるような色が付いていたと思う。他の者に聞かせられない危険な発言だった。
「滅多なことを仰っては……、下手をすると陛下に対する非難になります」
お父様が右手に私の魔器を握りしめながら、私を真正面から見た。そして手を開いて、俯き加減に魔器を見ながら掌で魔器を転がした。そしてもう一度顔を上げて私を見たお父様は唇を噛んでいらした。私は思わず息を飲んだ。
――何かを私に言っておこうとしていらっしゃる。私やルファイエ家にとって非常に重要な何かを――
「イフリキアからは、何度も何度も子と一緒に過ごしたいという嘆願が出た。先帝陛下の時も現陛下の時も。何か新しい魔器を作る度にイフリキアはそう言った。だが全て拒絶された。皇家としてレフ・バステアの存在を表に出したくなかったからだ」
私でさえ、イフリキア様の子の話など知らなかった。
「ガイウス7世陛下になってからは、そんな嘆願など持ってくるなと言われた。それでも何回かはそれとなく申し上げたが、お返事もなかった」
自分の子を人質にされ、それを軛に法陣を描くこと――新しい魔法を作ること――を強制されておられたのだ。私なら耐えられるだろうか?
「どこかでイフリキアの希望を叶えていれば、今頃はイフリキアとレフの2人で帝国のために魔器を作っていたかも知れん。そうなっていればどんな魔器をイフリキアは作っていただろうな?」
お父様が顔を上げられた。固い表情のまま額に汗が浮いていた。
「イフリキアの死も半分自殺のようなものだった。転移の魔器が、送門の方だな、できあがったときに例によって嘆願を出した。にべもなく拒絶されて、2度とこんな嘆願を出すなと言われた。余りしつこいと子の処遇に響くぞと脅された。それを聞いたイフリキアは生気をなくした。何をするでもなくじっと坐っていることが多くなって、食欲もなくなった。痩せた体がますます細くなった。それが1月も続くとさすがに叱責した。迎門が未完成のまま放ってあって陛下に言われた期限が近づいていたからだ。そしたらいきなり連続的に転移を始めた。転移先を確かめもせずに。転移自体は見事なものだった。転移先での実体化が実にスムーズで速く、実体化したと思ったら次の転移に移っていた。私でさえあれほど見事な連続転移を見たのははじめてだった。魔法院の外に転移しなかったのは、やはり子のことを気にしていたからだろうな。逃げ出したら子の処遇に響くだろうから。そして7回目の転移の時に転移先の空間に鳥が重なった。イフリキアの両の乳房の間から鳥の羽根が突きだしていた。即死だった。げっそりと頬のこけた死に顔だった。殆ど食べてない上に、連続転移で多量の魔力を使ったのだからな」
イフリキア様!イフリキア様!
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