第84話 アンジェラルド王家の内輪の話

 アンジェラルド王族が王宮に帰ってから15日が過ぎていた。王宮は2度の戦渦に巻き込まれた上、敵国人が滞在していたこともあり、大がかりな補修、改修を行わなければ、特に女性王族にとってはとても滞在する気になれない所になっていた。しかし戦中でもあり、そんな余裕もなく再使用されていた。寝具やカーテンなどは神経質なほど丁寧に洗われたが、ベッドや家具を換えることは出来なかった。

 アリサベル師団も短い王宮滞在では充分な時間もなく、後片付けもそこそこにクインターナ街道へ出撃していた。彼らができたことは死体を片付けることと、破壊された設備や家具を横にどけるくらいだった。


 ゾルディウス王とドライゼール王太子が、小会議室でオルダルジェ宰相、親衛隊司令官フォルティス下将、暗部長官カルーバジタと向かい合っていた。本来密談には王の執務室が位置関係と床や壁の厚さなどから最も適しているのだが、そこは帝国軍によって絨毯、壁紙が剥がされ、執務机も壊されて持ち出されていて、とても使えるものではなかった。付属している仮眠室も抜け道への秘密扉が壊され扉を隠すようにおいてあった寝台も壊されてひっくり返されていた。今、ゾルディウス王はいくつもある会議室のうち、最も奥にある小会議室を仮の執務室として使っていた。その小会議室へゾルディウス王は腹心を集めたのだ。


 オルダルジェ宰相に報告が来、カルーバジタによって裏打ちされたその報告は誰にとっても驚くべきものだった。


「シュワービス峠を制圧したというのか?」


 オルダルジェ宰相の報告を聞いて先ず言葉を発したのは王だった。


「はい、王国砦を取り戻したのみならず、帝国砦を陥とし、さらには砦への補給基地であるテストールまで進んだとのことでございます。尤もテストールは保持し続けるのが難しいため、補給物資を奪ったのみで帝国砦まで撤退したとの報告を受けております。さらにその後も、帝国軍の姿が見えぬ為ミディラスト平野の街や村を襲い、物資を調達したそうでございます。実際かなりの食料がシュワービス峠を越えて王国――テルジエス平原に運び込まれております」


――帝国軍はそんなに脆いのか?――


 ドライゼール王太子の疑問だった。一線級の部隊は王国内への侵攻に使われているだろうから、帝国砦を守っていたのは二線級の貼り付け師団だったという想像は付く。だがこれまでシュワービス砦は帝国側も王国側も抜かれたことはない。この戦争の始まりにで王国砦が陥とされたが、それでもあれは完全なだまし討ちだった。あの峠の街道に照準を合わせている投石機や弩弓、そして威圧的にそびえる砦の城壁、それらを正面から破ったわけではない。確かにアリサベル師団はこれまで知られていなかった魔法を使う、しかしどんな魔法を使えば砦を陥とせるほどの大軍を投石機、弩弓の餌食にせずに砦まで到達させることができるのだ?


――帝国軍てきがこれほど脆いのなら俺が行くべきだったのか?――


 華々しい軍功を上げる事が出来そうな正面戦線から外したというのに……。


「どうやったのだ?あの堅固な砦がそう簡単に陥ちるなど、想像もできないが」


 ドライゼール王太子の疑問に答えたのはカルーバジタだった。


「例の、帝国からの亡命貴族の力の様です。殿下」

「またあいつか。確か帝国軍が使っている索敵と通心の魔道具を駄目にすることができるのだったな」

「はい、殿下」

「だが索敵の魔法を潰しても、シュワービス峠の街道など砦から丸見えだぞ。投石機でも弩弓でも既に照準を付けているのだぞ。めくら撃ちでも外れるはずもない」

「夜中に攻撃したようにございます」

「夜中でも同じ事ではないか。敵が来れば石と矢をご馳走してやれば良い。暗い分だけ逃げ惑うこともできまい」


 そこまでの情報はまだカルーバジタも持ってなかった。レフに近いところまでは目と耳を入れることに成功してなかったからだ。


「どのように攻撃したのか、もっと情報を集めてみます、殿下」

「ああ、そうしてくれ、どうもあいつは得体が知れなくて気味が悪い」


 優秀な道具を手に入れ損なった、王太子はそう思っていた。殆ど表に出ることもなかったアリサベルが、どういうわけか帝国からの亡命者とコンタクトを取ることができ、自分の手飼いにする事に成功した。帝国からの亡命者に会う機会などは自分の方がずっと多かったはずだ。俺がこの道具を使う立場にあればどれほどの戦功を立てることができたか、あんな惰弱な王女などに名を成さしめることなどなかったのに。


「ドライゼール、味方だぞ。滅多なことは言うな」

「そうですな、味方ですな」

「戦ではああいう手合いが出てくることがある。それをどれだけ上手く使えるかも王族の器量だぞ。せっかくアリサベルで繋ぎ止めることに成功したのだ、これまでの戦績をみればあやつの能力は本物だ。今はアリサベルと一緒に動いているが、そのうち国軍主力と合同する。その時に精々上手く使いこなすことを考えよ」


 レフを褒める言葉は王太子の気にいらなかった。しかし王からの言葉は無視できない。


「畏まりました、陛下。臣従すると言っておるのですから目一杯に働いてもらいましょう、アリサベルとともに」

「軽んじる様子を見せてはならんぞ。あやつは帝国に対する切り札になるかも知れんからな」


 新しい魔法を使えるのみではない、フェリケリウス――皇家――の一門に属すると言う。その出自は戦に決着が付いた後大きな利用価値が出る可能性がある。


 ドライゼール王太子はゾルディウス王の言葉に渋々頷いた。確かに戦功争いをするなら、あのような能力ちからを持つ者を手元に置いている方が有利だ。シュワービス峠を抑えるなどという派手な手柄を立てることで、王女の身でその勇名はさらに高まった。"戦女神”と呼ぶ兵達がいることも耳に入っていた。


――女の身で、……女のくせに――


 帝国からの亡命貴族に降嫁するという。それで継承権はなくなるはずだ。だがこの調子で次々に戦功を立てれば、俺が王位を襲ったあとも何かと面倒なことになる可能性がある。俺もある程度の手柄を立てていなければ、それを言いつのって登極にけちを付けられるかも知れない。それに、王国軍の騎兵を壊滅させた責任を、陰でとやかく言っている連中がいることも知っている。


――全く、あんな道具をたまたま手に入れただけで――


 


「陛下」

「なんだ、フォルティス?」

「その男とこの前のような薄い護衛でお会いになることはお避けください。カルーバジタの言う通りの男であれば危険すぎます」

「ふむ」


 親衛隊司令官の言葉に王は少し考えた。


「だがな、あやつが貴重な戦力であることは間違いない。我が娘を伴侶にすると言っておる。せっかく我が懐に入れたのだ。変に隔意を見せればどこまで味方でいるか、心許ない。ああいう男を使うためには多少の危険は甘受すべきだな。あからさまな重警護は好ましくない」

「しかし、それでは」

「王国はいま侵攻を受けているのだ。状況は決して有利とは言えぬ。危険性の大小を言うなら、帝国軍のほうがずっと危険だ。だから、あやつに余計な警戒心を見せるな。快く働かせるためにはな。その程度の危険を引き受けるのも王族の義務であろう」


 ここまで言われてはフォルティス下将もそれ以上のことは言えなかった。自分の責任でできるだけの警護をする、場合によっては身をもって盾になるつもりでフォルティス下将は頭を下げたのだった。





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