第81話 交渉 1

「それでは命令違反の独断専行を許すことになります!」


 ロッソル市庁舎内のゾルディウス2世の執務室だった。ゾルディウス2世とドライゼール王太子、それにアリサベル王女の3人だけの会談だった。


「だから騎兵が少なくなった今、そんな些細なことにこだわってせっかくのベテラン騎兵士官を処罰するなどと言うことは出来ないと言っているんだ」


 口論しているのはドライゼール王太子とアリサベル王女だった。命令も出ていないのに帝国軍の追跡に加わったリッセガルド千人長の処分を求める王女と、リッセガルド千人長のおかげで助かったともいえる王太子の間の口論が会議の開始直後からずっと続いていた。

 顔を合わせていきなり王女がリッセガルドの処罰を求めたのだ。リッセガルドは帝国軍の追跡から逃れた後、アリサベル師団には帰らず王太子に付いてロッソル市内へ入っていた。


「もうよい」


 うんざりしたようにゾルディウス2世が2人の口論に決着を付けた。


「軍律を守ることは大事だが、今は帝国軍を相手に戦力を整えなければならない。リッセガルドの処分は保留とする」


 ドライゼール王太子がほっとした顔になった。


「それでは、軍規が!」


 さらに言いつのろうとした王女に、


「もう決めたことだ。リッセガルドの騎兵部隊は主軍に移す。アリサベルも命令を聞かぬ部下など必要ないであろう。よいな」


 押さえ込むように言われては承知せざるを得なかった。王女はことさらに丁寧な礼をしてみせた。


「承りました。陛下」

「それよりもアリサベルの所にいる客将扱いの男のことだ」

「おお、そうですな。得体の知れない魔法使いとか聞いておりますが」


 これがこの会議を王が招集した主な理由だった。微妙な扱いになりそうだったので、王は王太子と王女の2人だけを呼んだのだ。レフを胡散臭いとみる王太子と擁護する王女の意見が対立するだろう。王族間の軋轢を他に見せる必要もない。王太子は王女が追求する話題から逸れて、自分が主導権をとれそうな話になってうれしそうに顔を崩した。


「いえ、得体の知れない魔法使いではなく、帝国からの亡命貴族です。かなり高位の貴族で、おそらく帝国魔法院に関与していたと考えております。帝国の魔法に対抗するには必要な人間です」

「ふむ、カルーバジタもそう申しておったな。確かレフ・ジンと言ったか、攻撃魔法を使ってそち達に勝利をもたらしたとか」

「はい、聞いたこともない攻撃魔法をいくつか使います。彼の力が無ければアンジエームや王宮を取り戻すことはできなかったでしょう」

「その攻撃魔法だ、ロドニウスに依ればガイウス大帝さえ使ったことのない魔法だと言うぞ」

「はい、その通りです。ドライゼール・バロディス・アンジェラルド王太子殿下」


 わざわざフルネームに称号を付けて自分の名を呼んだアリサベル王女の口調に、ドライゼール王太子は顔をしかめた。おとなしい、美貌以外に取り柄のない女だと思っていたらいつの間にかとんでもなく手強くなっている。アリサベル師団を後ろ盾にしているので強気なのだろうが、一筋縄ではいかない。今のところ王国軍において唯一勝利を挙げている部隊だ。勝っている、いや勝ち続けている部隊は当然、軍の中でも一目置かれることになる。


「そんな魔法を使う男を簡単に信用していいものかな?アリサベル・ジェミア・アンジェラルド王女」

「少なくとも彼は命令に反したことはございません。いつも期待通りに働いてくれていますわ」


 レアード王子の件には頬かむりだ、彼は王女にとって信頼できる味方とは言い難かった。守らなければならないものが出来た王女にとって、あのときのレアード王子は切り捨ててかまわない、いや切り捨てるべき存在だった。だからあの件も含めてレフは常に王女の期待に添ってきたのだ。そう割り切ることが出来るくらいには王女は強かに成長していた。

 王女が評価していない、ある意味王女にとってどうでも良いリッセガルド千人長の処分についてしつこく言いつのったのは、それが多少とも王や王太子の心理的負担になれば良いと思っていたからだ。心に臆するところがあれば、妥協点が王女の立場に近くなる可能性がある。案の定、王女の言葉にドライゼール王太子は苦い顔をした。


「この先王国軍を、少なくともアリサベル師団を支えて行くには彼の力が不可欠です」

「だが正式に亡命を希望してきたわけでもなく、我が軍の序列に入っているわけでもない。ドライゼールの懸念ももっともだと思うがな」

「陛下、彼、レフ・ジンと王国が繋がりを作ればよいのです。幸いレフは男で私は女です。彼を私の伴侶にすれば王家に取り込むことが出来ます」


 昨夜のいじらしさ、初々しさなどどこにもなかった。しれっとした顔でこんなことを口に出せる自分に王女自身が吃驚していた。しかしこれは個人的な事柄ではなかった。政治的な事案だった。王女の結婚を種にした駆け引きだった。


「なっ、何を言う、アリサベル。あんな得体の知れない男を王家に入れるつもりか!?」


 先に反応したのはドライゼール王太子だった。本能的にそんなことをすれば自分が王位を継ぐときに大きな障害になる可能性があることを感じたのだ。強力な魔法使いと結ばれた王女、しかも戦功もある。アリサベルの方が王位にふさわしいとしたり顔で言う高位貴族が出てくるだろう。


「ふむ、その男のところに嫁ぐつもりなのかな?アリサベルは」

「はい、それがレフをアンジェラルド王国につなぎ止める最も確実な方法かと存じます」


 ゾルディウス2世は冷静だった。伝え聞くレフの力が本物で、それを、娘を一人与えるだけで取り込めるのなら検討する価値がある。


「しかし、カルーバジタの報告では、そのレフという男の周りには既に女が、それも複数いると言うではないか」


 アリサベル師団が主力に合流してから、カルーバジタの部下がアリサベル師団の内部情報を集めているのは分かっていた。当然そんなことも知られている。王の言葉はアリサベル王女には予想の範囲だった。答えも用意してある。


「私が正室であれば問題はないかと」

「ふむ、そこまで覚悟しているか」


 アリサベル王女の美貌は王家の中でも出色だった。その美貌目当てにこれまでいくつもの縁談が持ち上がってはいつの間にか立ち消えになっていた。アリサベル王女が乗り気でないこともあったが、ゾルディウス2世が高く売りつけるつもりで首を縦に振らなかったのも、原因だった。順位は低いが継承権も持っており、上手く使えば王家の力を増強することにもつながると考えていたからだ。安売りするつもりはなかった、幸い見た目は極上だった。どうもそれに中身も付いてきたようだ、思いがけないことに。


「しかし、そのレフという男に既に女がいるなら、アリサベルが嫁いだ後で生まれたその女達の子供は末席とは言え王族に連なることになるのだぞ」

「はい、王太子殿下。そのことに関してはレフを王室に入れるのではなく、私が降嫁すれば問題にはならないかと存じます」


 アリサベル王女の言葉にドライゼール王太子は吃驚したような顔をして固まった。




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