第79話 王国騎兵壊滅

 林から駆け出た王国騎兵は先ほどの闘いとは比べものにならない数の矢を射かけられた。たちまち先頭にいた10騎ほどがハリネズミになって落馬した。主を失った馬や傷ついた馬の速度が緩む。後続の騎兵がそれに後ろからぶつかり全体が団子になったところにまた大量の矢が射込まれる。王国騎兵の混乱が強まる。そこに長槍を構えた帝国兵が突っ込んできた。勢いを殺された騎兵はたちまち歩兵に囲まれ、引きずり下ろされて殺された。


「左右に避けろ!!」


 中程にいた王国騎兵士官の叫びに後続の騎兵が街道を外れて左右に流れた。統制の取れないばらばらの退避行動だった。それを待っていたように、歩兵の後ろに控えていた帝国騎兵が、歩兵を迂回して街道を外れた王国騎兵に襲いかかった。

 騎兵は気配が大きく、探知されやすいため少し離れて歩兵の後ろに布陣していた。それだけに前方で展開されている闘いに気を逸らせていた。


「かかれーっ、殲滅しろ!」


 態勢を立て直すことのできない王国騎兵と横から突っ込んで来た帝国騎兵の闘いは直ぐに一方的になった。


「殿下!お逃げください」


 ドライゼール王太子は、自分の周囲を固めている直衛の騎兵に守られながらクインターナ街道を西に向かって走った。王太子は幸運にも林を出る前に帝国軍の待ち伏せが判りU-ターンすることができたのだ。止まって引き返そうとする騎兵と事情が分からずそのまま前進しようとする騎兵で混乱したが、王太子の直営に付いていた騎兵が王太子の前を塞ぐ味方を強引に排除して逃げ道をつくった。


 西へ向かうクインターナ街道は既にふさがれていた。闇の烏と槍の穂先の部隊がクインターナ街道を跨いで幅広く馬防柵を設置し、その陰に布陣していた。退却する王国騎兵の先頭を走っていた騎兵が視線を左右に走らせた。馬防柵を迂回しようとすると横に走らなければならない。そんなことをしている間に帝国騎兵に追いつかれる。


「突破するぞ!」


 その勢いのまま馬防柵に体当たりした。壊れた箇所に王国騎兵が群がる。スピードが落ちたところを帝国兵が攻撃する。懸命に突破口を開こうとする王国騎兵と通すまいと抵抗する帝国兵の闘いが馬防柵のあちらこちらで繰り広げられた。

 そこに西側から参戦した騎兵部隊があった。王太子の出撃を見て後を追ってきたリッセガルド千人長が率いる騎兵部隊だった。思いもかけず後ろから襲われた帝国兵が崩れた隙にドライゼール王太子達は馬防柵を何とか越えることができた。


「殿下、ご無事で!」

「リッセガルドか?良くやった!」


 王国騎兵が足止めされている間に東から帝国騎兵が追いついてきた。ドライゼール王太子は周囲を固めた騎兵が盾になって次々に倒れていく中、何とか追跡を振り切って逃げ切ることができた。離れすぎるとコントロールできなくなる戦闘を嫌ったディアステネス上将が、長駆の追跡を許可しなかった所為もあった。




 この小競り合いの一部始終をいた者がある。カイシで帝国軍主力の魔器を破壊してアリサベル師団に戻る途中だったレフ支隊――レフとシエンヌだった。

本当に見たわけではなく、探知していただけであったが。


 レフ支隊はクインターナ街道を避け、北に3~4里離れてほぼクインターナ街道と並行してはしる間道を使ってアリサベル師団の野営地に戻る途中だった。手入れの悪い狭い間道は大軍の移動には適さなかったが、レフ支隊の100騎が一列で通るには支障が無かった。長い列の先頭にレフ、最後尾にシエンヌがいて索敵を行っていた。レフの側にジェシカ、シエンヌの側に護衛の意味でアニエスを置いていた。レフから離されてアニエスはぶーぶーと不平を言ったが、ジェシカではシエンヌの護衛にならないのは分かっていたので結局納得するより無かったのだ。

 レフ支隊は意気軒昂だった。魔器を破壊したのみならず、帝国軍主力にへばりついて、周囲の警戒に出された偵察隊を、それが小隊単位であれば殲滅していたからだ。敵の戦力と動きはレフとシエンヌがいれば手に取るように分かる。その情報に基づいて襲撃し短時間で殲滅して離れる、と言うことを3度繰り返したら帝国軍は偵察を中隊単位、場合によっては大隊に増やした。それで帝国軍本隊に余り近づけなくなったが、それでも帝国軍てきがぴりぴりと緊張しているのを見るのは気分が良いものだった。


「どうするかな、ガイウス7世は?」


 レフの直ぐ後ろについていたアンドレが話しかけた。


「多分ディアステネス軍と合流して軍を編成し直すだろう」


 レフはガイウス7世が、そう見せかけようとしているよりも慎重な性格であることを知っていた。


「問題はどこで合流して、編成し直すかだな」

「壊れた魔器の補充をしなければなるまい。帝国から取り寄せるには時間が掛かりすぎる。それにせっかく取り寄せてもまた我々に破壊される恐れがある。多分調略したディセンティアの領都、エスカーディアで取りあえず王国製の魔道具を集めるんじゃないかな」


 ディセンティアの離反の報せは当然レフ支隊にももたらされていた。


「へえ~、レフは帝国軍がエスカーディアの線まで退くと思うんだ」

「ああ、多分ガイウス7世やつならそうするだろうな」

「その後はどうなる?」

「その線でにらみ合いが続く……かな?少なくともしばらくは。レドランドやデルーシャがまた兵を出して呉れれば挟み撃ちにできるが」

「けっ、あいつらは本国が危ういのに出てくるわけがない。とくにデルーシャはディセンティアがヌビアートを再占領してしまったからな、それを王国がどうにかしなきゃ協力なんかするわけがない」


 無駄話のようにこれからの見通しを気楽な表情でアンドレと話していたレフの顔が、このとき急に引き締まった。南に目をやり、遠くを見る表情になった。


「止まれ」


 アンドレが小さな声で鋭く命令し、手を挙げて合図をするとレフ支隊がその場で止まった。レフがアンドレを振り返った。


「ディアステネス軍だ。予想通りロッソルの陣を払って東へ転進したようだが、この南で深縦陣を作っている。まさか王国軍が追跡しているなどと言うようなことは……」


 レフの目が西に向いた。そして思わず息を飲んだ。


「王国軍が、騎兵が追跡している!」

「敵が待ち構えているのに気づけば引き返すだろう。ロッソルにいた騎兵だけでディアステネス軍全部を相手にできるなんて思っているわけはないからな。魔法士だって連れてるはずだし……」

「帝国軍の薄い防御線を突破した!何故止まらない?そのままでは帝国軍の深縦陣に突っ込むぞ」


 探査・索敵の魔法は動かない物、意志を持たない物の探知を苦手としていた。帝国軍が目隠しに使った小さな林の存在は、もっと近ければともかく、この距離ではレフでも分からなかった。


『レフ様!』


 シエンヌからの通心がきた。


『気づいたか』

『王国騎兵の中にドライゼール王太子がいます』


 シエンヌが親衛隊候補生だったときに訓令にきた王太子を見たことがあり、個人として識別することができた。


『やれやれ、王太子自らお出ましとは』


 何を考えているのやら、レフは首を振った。


「なにかあったのか?」


 レフの様子にアンドレが尋ねた。


「ドライゼール王太子直々の出撃のようだ」

「まさか!?不味いんじゃないか」

「不味いだろうな」

『帝国軍の後方に控えていた騎兵が飛び出しました。ばらばらになって勢いの止まった王国騎兵に突っ込みます!』


 シエンヌの通心も悲鳴のようだった。


「助けに行かなくていいのか?」

「どう助ければ良いのだ?たった百人の馬に乗った歩兵が本職の騎兵数千が争っているところへいって何かできるとでも?」

「そうか、そうだな。無理だな」


 レフは無言で首を振り、アンドレもそれ以上は何も言わなかった。


 その後は一方的な帝国軍の攻勢だった。レフは王国騎兵の退却を防ぐための柵がタイミング良く駆けつけたリッセガルドの騎兵によって破られ、辛うじて王太子が逃れたところまで確認して、レフ支隊の本隊への帰還を再開した。




 ドライゼール王太子が率いて出た1000騎の騎兵の内、無事に逃れることができたのは300騎に満たなかった。リッセガルド千人長が率いた騎兵も半数が斃れた。この戦いで王国軍の騎兵は壊滅した。しかし、ドライゼール王太子もリッセガルド千人長も無事にロッソルへ戻ることができた。



 王国騎兵の退路を塞ぐために配置された帝国の魔法兵――闇の烏と槍の穂先――はリッセガルドの騎兵に後ろから襲われてほぼ壊滅した。魔器の補充はできても資質のある魔法使いの補充は難しく、以降この戦を通してその活動はなかった。





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