第77話 ガイウス7世 part Ⅱ
ガイウス7世は机の上に置かれた魔器を見ながら、自分が使っていた魔器を手に取った。
「なるほど」
法陣を描いている魔導銀線の一部が蒸散している魔器に魔力を通そうとしても、うんともすんとも言わなかった。魔法士長連中から集めた魔器と交換して同じ事をしてみたが結果に違いがあるわけもなかった。
「見事に壊れておるな」
「はい」
恐る恐る返事をしたのはルサルミエ上級魔法士長だった。ガイウス7世の専用天幕に入った時から額にびっしりと汗をかいている。
「直せるのか?」
いきなり視線を向けられて厳しい口調で問われたカルロ・フェリケリウス・ルファイエ帝国魔法院総裁は、姿勢を正して、
「いえ、魔器に残っている魔導銀線も魔力の通導が安定しません、修理は無理かと」
もしこの壊れた魔器を再利用するなら残った魔道銀線をすべて剝ぎ取って、新しく紡いだ魔道銀線で法陣を描くしかないだろう。呼ばれる前に魔法院から来ている腕利きの部下達と慌ただしく討議した結果だった。
「ドミティアの申した通りか……」
「はい」
ドミティア皇女からの情報があったため、魔器の上をでたらめに光が走り始めたときに直接魔器を見ないようにしていたのだ。それでも目が眩むほど眩しい光だった。まともにその光を見た魔法士は四半刻ほどは目が見えなかったという。そんなことがあり得ることはあらかじめ警告しておいたが、やはり甘く見る魔法士がいたということだ。
「全部やられたのか?」
又ルサルミエ上級魔法士長に視線を移した。
「野営地内にあった魔器は全て壊れております。当時警戒線を作るために野営地を離れていた12人の魔法士の持っていた魔器は無事でしたが、それでも野営地の外で魔器を破壊された魔法士もおります」
「一定の距離、離れていれば良いと言うことか。だがどのくらいの距離が安全なのか分からんな」
「はい」
ディアステネス軍の魔器が破壊されたという情報に基づいて、王国軍の魔法士を近づけないために魔法士を2人組にして2個小隊の護衛を付け、野営地の周囲に警戒線を張ったのだ。1カ所を少なくとも2組でカバーするような濃密な警戒線だった。
「ルサルミエ上級魔法士長、野営地周囲を警戒していた魔法士達からどう動いていたのか聞き取れ。特に魔器が使えなくなった瞬間にどこにいたのか、その後どう動いたのか、それを地図に落としこんだたら有効範囲の推定ができる可能性がある」
「はい、早速」
「使える魔器が12個か、とても足りぬな。しかしルサルミエ、何組の魔法士を警戒線の構築に出していたのだ?」
野営地の広さを考え、その周囲をくまなく警戒線でカバーするためには少なくとも10組以上が必要だろう。
「15組出しておりました」
「9組は破壊の魔法の有効範囲に居たということか?」
「いえ、魔器を破壊されたのは6組で、残りの3組は何者かに襲撃されました。3組とも全滅して発見されております。魔法士が持っていたはずの魔器は見つかっておりません」
王国軍は魔器を壊しただけではなく、野営地周辺をパトロールして警戒戦を構築していた小隊を襲撃していた。野営地内の魔器が妨害されている状態ではどのパトロール隊が襲撃されているのか分からない。援軍もないまま3組のパトロール隊が文字通り全滅した。
――小賢しい――
2個小隊のパトロール隊を短時間で殲滅できる兵力――少なくとも中隊以上だろう――の王国兵が尻尾を掴ませることなく帝国軍の周囲をうろついている。今も探査の網が粗くなった帝国軍をどこかから監視しているかもしれない。
ガイウス7世が憤怒の表情を浮かべた。
「ちょこまかと、うるさく動きおって、王国軍のネズミ共めが」
従兵達が慌てて飛び散ったガラスの破片を拾い始めた。ガイウス7世の個人用天幕だ。そのままにして置くわけには行かない。
「ダスティオス上将」
ガイウス7世から名を呼ばれて、親征軍司令官は姿勢を正した。
「はっ!」
「5個師団、5万の軍勢にたった12個の魔器だ」
「はっ?」
ガイウス7世が何を言いだしたのか?ダスティオス上将は計りかねてやや曖昧な返事をした。
「笑うしかない.これではまともな戦はできんな」
「……」
「何か言うことはないのか?」
「……少なくとも兵を自在に動かす今までのような戦い方は無理かと」
「あらかじめ行動を指示しておいて、その指示通りに兵は動くか?いやあらかじめ想定したとおりに戦は進行するか?」
「……無理かと」
戦全体を見渡す視座に司令部があって、そこから軍を動かしていた。全ての情報が司令部に上がってきて、その情報を元にそれこそ中隊単位の動きまで制御していたのだ。司令部に集まる情報の精度と速度が何より重要だった。
ガイウス7世はいきなり机の上に置いてあった魔器を乱暴に鞘ごと抜いた剣で払った。ガシャ、ガシャと派手な音を立てて壊れた魔器が散らばった。又慌てて従兵が片付けにかかった。
「せっかく、ディセンティアを調略したと言うに、これ以上は無理か」
「索敵も通心もできない状況では、5万の兵も持ち腐れかと。しかも王国軍は旧式とはいえ魔道具を使えます。各個撃破される可能性があります。戦線を整理し直すべきかと愚考します」
ガイウス7世は唇をかみしめた。西と東から王国の奥深く侵攻することには成功した。残った王国軍を挟み撃ちにしている。あと少しで王国を敗北に追い込むことができる、と確信していた。
しかし……、しかし、これでは目隠しをして武器を振り回すようなものだ。目の見える相手に敵うわけがなかった。例え、相手が自分より非力であっても。
唇をかみしめて、拳に握った手をぶるぶる震わせてしばらく考えていたが、
「ディアステネスに、……陣を払ってこちらに合流するように連絡しろ」
「はっ?」
とっさにはガイウス7世の言葉に反応できなかったルサルミエ上級魔法士長からダスティオス上将に視線を移して、
「ディアステネス軍が合流し次第、エスカーディアの線まで下がるぞ。ディセンティアから軍用品質の魔道具を調達できるだろう。旧式だが、ないよりまし、だ。軍の編成と訓練を魔道具に合わせてやり直さねばなるまい」
魔器は統制品だ。必要な分しか造ってない。帝国から予備を取り寄せるという手段も執れない。性能の劣る旧式の魔道具を又使うことになる。高性能の魔器を使い慣れている分、適応するには時間が掛かるだろう。動かされる兵達にとっても、動かす司令部にとっても。
ダスティオス上将が姿勢を正した。
「はっ」
――現実を直視できること、つまりどんな見たくないことでも視て、聞きたくないことでも聴く、と言うのがこの方の美質だ――
これからやらなければならないことを思い浮かべながら同時にダスティオス上将はそう思った。
――そして、今まで間違った決断をされたことはない――
次善の決断であったことはあったが……。だから、この方に付いていくことが出来るのだ。
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