第73話 レフ支隊
レフは丁度1刻でシエンヌと協同で起動していた妨害の魔器を切った。ロッソルの市壁の前に布陣している帝国軍を挟んで、レフが東、シエンヌが西に位置してディアステネス軍を挟む格好になっている。ディアステネス軍のほぼ全てが妨害の魔器の有効範囲におさまっていた。
「もういいのか?」
魔器を切って伸びをしているレフを見て、側で警戒しているアンドレが訊いた。
「ああ、多分これで帝国軍の魔器の殆どが使えなくなったはずだ。まあ通心と探査・索敵の魔器だけだが」
レフが人の悪そうな笑顔で答えた。
破壊された魔器を調べた結果、1刻も妨害の魔器に曝されたら保たないだろうと結論した。例外的に高性能のものがあれば別だが、そんなものを想定して長時間妨害の魔器を作動させるより、1刻程度の作動に止めておいた方が魔力消費と時間と効果のバランスが良いと考えたのだ。
「シエンヌ様達も直ぐに出発して合流するそうです」
一緒にきていたアルティーノ魔法士が報告してきた。カジェッロ領軍出身者を加えた少数のレフ支隊兵による迅速さに重点を置いた作戦だった。
「姫様も人使いの荒いことで」
アンドレがぼやいて見せた。
カジェッロ領の出身者はこの辺りの地理に詳しい。アルティーノ魔法士もカジェッロ領軍に属していた。その他に一緒にいるのはこれもカジェッロ領軍出身の10人の兵と元からレフ支隊に属している20人の兵だった。帝国軍陣地の西で魔器を操作していたシエンヌの側にはアニエスとジェシカを付けてある。拡大レフ支隊の残りの兵70人と一緒だ。ストダイック百人長が指揮を執っている。アルティーノ魔法士が通心したのはジェシカだった。妨害の魔器を操作しているときは他の魔法は使えないし、1刻も妨害の魔器を使った後は、レフはともかくシエンヌは魔力の半分近くを消費し、かなり疲れてしまう。
「合流地点まで行こうか」
「そうだな」
レフに言われてアンドレ達は離れたところに繋いである馬群の方へ動き出した。
もう半里も東へ行った地点で合流することにしていた。レフがアンドレの案内で辿った間道を通ってシエンヌ達も東へ来る。ディアステネス軍が布陣しているところを迂回する間道とクインターナ街道が合わさるのは半里ほど東だった。それに少しでも帝国軍と離れた方が安全になる。
レフ達が従事している作戦の目的は、――作戦と言えるほど緻密なものではなかったが――王国内に侵入した帝国軍の魔器を破壊する事だった。まずロッソルの近郊に布陣しているディアステネス軍の魔器を破壊し、続けてロッソルまで3日の距離に来ている帝国軍主力の魔器を破壊する。行動の迅速さが求められ、レフと一緒に動くのはこの辺りの地理に詳しい、アンドレを始めとするカジェッロ領軍出身者を加えた支隊だけで、全員が騎馬で移動し、帝国軍から奪った馬を物資の運搬にも使うという贅沢も許容されていた。
――時間を少し遡る
クインターナ街道の闘いは昼過ぎには決着し、帝国軍は崩壊して生き残った帝国兵はロッソルの本隊目指して逃げ出した。アリサベル師団は背中を向けた帝国軍を追撃してかなりの戦果を上げたが、ロッソルの帝国軍本隊に近づきすぎるのを警戒して午後早くには殆ど陣へ戻ってきた。
レフは追撃には加わらなかった。自分たちの仕事ではないと思っていたからだ。レフ支隊の隊員には追撃に加わることを許したが、実際に帝国軍の背中を追った隊員は少なかった。そんなことで戦場稼ぎをしなくても勲功第一がレフ支隊であることは明白だったからだ。
“まあ、他の兵にも手柄を分けてやらなきゃな”
と言うのが正直なところだった。
夕方早くにレフはアリサベル王女の天幕に呼ばれた。戦場の後片付け――負傷兵の収容、手当、戦死者の埋葬、捕虜の確認など――をしている王国兵達の間を通ってアリサベル王女の天幕に向かった。王女の公的な天幕は司令部用に張られたいくつもの天幕の一つ――さほど大きくはないが上等なものだった。
天幕の中で王女とイクルシーブ准将、それにベニティアーノ卿が待っていた。レフが天幕に入っていくと先ず王女が口を開いた。
「貴方のおかげで帝国軍第6師団を破り、ロッソルの陛下のもとへ駆けつけることができるようになりました。礼を言います」
「レフ殿がいなかったら、帝国軍を破ることが出来なかったとは言わないが、ずっと時間が掛かっただろう。おかげで明日にも本隊と合流できる。感謝しかない」
イクルシーブ准将も丁寧に礼を言った。ベニティアーノ卿は一歩下がって控えている。
アリサベル師団とロッソルの王国軍の間には帝国軍がいる。イクルシーブ准将の言っていることは、物理的に合流するということではなく、アリサベル師団が王国軍本隊の指揮下に入るという意味だ。この感謝の言葉が前置きだろうとレフは思った。
案の定、
「それで、貴方にお願いがあるの」
「何でしょうか、殿下」
レフはことさらに丁寧に返事をした。
「私達が本隊に合流しても王国内に侵入している帝国軍に数で及びません」
ロッソルのディアステネス軍が、第10師団、第6師団の壊滅後でも4万余り、ガイウス7世指揮の本隊が5万、合計すると9万強になるのに対し、王国軍はロッソルに籠もっている軍にアリサベル師団を加えても5万に届かない。約半分だった。
「もちろん負けるつもりはありません。でも数の差はどうしようもありませんし、帝国軍の魔器は、
アリサベル王女は悔しそうに手を握りしめた。
「でも、
ここまで言ってアリサベル王女はレフに向かって小さく頭を下げた。
「ですからお願いがあります」
「何でしょうか」
何を頼まれるか分かっていた。
「帝国軍の、ロッソルにいる帝国軍とケナンまで来ている帝国軍主力の魔器を破壊してください」
アリサベル師団が王国軍主力の指揮下に入れば、レフは今までのような自由な行動は取れなくなる事が予想された。何より国王ゾルディウス2世とドライゼール王太子がレフをどう遇するか分からない。もちろんアリサベル王女もレフを味方にしておくことの利点を説くつもりだった。しかし、はっきり言って王家内の傍流に過ぎない王女の意見がどれだけ影響力を持つものか、王女にも確信が持てなかった。身分としては客將に過ぎないレフだ。そのレフのおかげで勝ち続けたというのはアリサベル師団の兵なら分かっている。しかし今までレフと一緒に戦ったことのない王国軍にはぴんとこないだろう。特にドライゼール王太子は狷介な性格だ。(彼から見て)胡散臭いレフに対してどんな態度を取るか?アリサベル王女の不安だった。
ここで、レフを帝国軍の力を殺ぐために派遣すれば、ゾルディウス2世に会わせるまでの時間が稼げるし、王女の依頼を達成できればレフの有用性を説得する材料が増える。それが、アリサベル王女とイクルシーブ准将の結論だった。
そして、そんな事情はレフにもよく分かっていた。これまで地歩を築いてきたアリサベル師団以外の王国軍にとってはレフは得体の知れない人間に見える事は分かっていた。いくらアリサベル王女の口添えがあっても難しい立場になる可能性がある。レフをゾルディウス2世に会わせる、そういう急激な変化をできるだけクッションを置いてやりたいのだろう。
「分かりました」
簡潔にそう答えて、王女の天幕を出たのだ。天幕を出たところでルビオ親衛隊士が深く頭を下げていた。
「ありがとう、ござい、ます」
小さな声でそう言いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます