第71話 壊れた魔器 1

「通心ができなくなったと聞いた。一体どういうことだ?」


 ロッソルと睨み合っている前線から少し引っ込んだ所に、第6師団の生き残りの魔法士と、戦の検分に出していた魔法士を集めてファルコス上級魔法士長が状況を確かめていた。検分に行かせた魔法士10人のうち、2人が帰ってこなかった。一番右翼に配置した魔法士だった。第6師団の生き残りの魔法士が49人、通常各中隊に1人ずつ、その他大隊に1~2人、司令部に数人配置されるから1個師団で110人前後の魔法士がいるはずだった。逃げるときの体力の問題もあったがアリサベル師団が追撃時に重点的に魔法士を狩ったと言う事情もあった。

 魔法士達は地面に直接坐っていた。検分に出た魔法士はひとかたまりになって左の方に位置している。ファルコス上級魔法士長が地面に坐らされている魔法士達の前に立ち、その横に皇女が折りたたみの椅子に坐っていた。

 一般兵からかなり離れているのは、他に聞かせては不味いことが出てくるかもしれないからだ。周囲をドミティア皇女付きの近衛兵が警戒している。

第6師団生き残りの魔法士の内1番高位にある魔法士長が立ち上がった。


「第6師団第3大隊所属のサルミネン魔法士長であります。私が代表して答えさせて頂きます。通心の魔器の紋様の上を流れていた魔力がいきなりでたらめに流れ始め、しばらくそれが続いた後、眩しい光を発して機能が停止いたしました。その後はいくら魔力を流そうとしてもうんともすんとも言わなくなりました。探知・索敵の魔器についても同様です」


 いずれ事情を訊かれると思って他の魔法士と十分にすりあわせた答えだった。彼自身はその時探知・索敵をしていた。いきなり目を塞がれたように、敵の動きも味方の動きも見えなくなったのだ。慌てていろいろ魔力を流そうとしている内に、一瞬目がくらむほどの光を発して壊れてしまった。眩しい光はしばらく視力を奪った。その時の驚愕と、どんなことをしても探知・索敵の魔法が回復しなかったときの心細さは忘れられない。高見から戦を見下ろす神の視点からたたき落とされたのだ。地面に這いつくばれば魔法士は個人的な戦闘力などない無力な存在に過ぎない。


 ファルコス上級魔法士長が検分に出た魔法士達の方に視線を移した。その中で最古参の魔法士が立ち上がった。


「戦場に近づくとある地点から急に通心も探知・索敵もできなくなりました。魔器の状態については今言われたとおりです」

「通信が繋がらなくなったら繋がるところまで戻りなさいと言ったはずよ。それはどうなったの?」


 ドミティア皇女が横から口をはさんだ。


「戻りました」


 その命令を受けた魔法士が答えた。


「通心は?通信は回復したの」

「はい、元の地点まで戻れば通信は繋がりました」

「通心ができないところにどれくらいの時間いたの?」

「直ぐに戻りました。ほんの短い間しかその場にはいませんでした。ご命令でしたから」

「短時間で魔器を壊すわけではないのね」


 ドミティア皇女は第6師団の魔法士達の方へ顔を向けた。


「魔器が壊れるまでにどれくらいの時間があったの?できるだけ正確に想い出してちょうだい」


 ドミティア皇女の要求に魔法士達は顔を見合わせた。そしてがやがやと互いに言葉を交わした。サルミネン魔法士長を中心に集まって討議している。それ程の時間も掛からず、


「一番早く壊れたもので八半刻、長く保ったもので半刻です。しかし大半の魔器は四半刻以内に壊れています。ちなみに私が使っていた探知・索敵の魔器は四半刻で壊れました」


 サルミネン魔法士長が答えた。検分に出た魔法士達も頷いていた。


「通心も索敵もできなくなったら……」


 帝国軍の通心はできなくなった。しかしアリサベル師団は変わらず適切に部隊を動かしていた。つまり王国軍の通心は可能だったのだ。そんな両軍が戦えば帰趨ははっきりしている。圧倒的に帝国軍が不利になる。現にほぼ拮抗した戦力でぶつかったクインターナ街道の戦いでも帝国軍は圧倒された。これだけの兵が脱出できたのは幸運だったのだ。


「発言してもよろしいでしょうか?」


 若い魔法士が立ち上がった。思い詰めたような顔をしている。


「なんだ?」


 不機嫌そうにファルコス上級魔法士長が答えた。


「発言を許可するわ。何か言いたいことがあるの?」


 皇女が直々に許可したことに若い魔法士は安堵したような表情をしたが、


「第6師団、第7大隊、第1中隊所属のダックス魔法士であります。私の経験から通心そのものが妨害されたわけではないと考えます」

「どういうこと?」


 皇女の口調が咎めるようにきつくなった。


「じっ、実は私用のために古い魔道具を持っております」


 若い魔法士は気圧されたように口ごもったが、それでも何とか言葉を繋いだ。魔器は軍事機密だった。民間には出回っておらず、製造された魔器には通し番号が付けられ管理されていた。また私用に使うことは禁じられていた。通心の魔器は一つの回路しか開けず、私用に使っている間に公的な通心が来ると繋がらないと言う理由もあった。


「それで?」

「魔器が使えなくなったときに魔道具で通心してみました。魔道具は使うことが出来ました」


 ダックス魔法士は第6大隊の他の魔法士(女)と親しかった。私用で通心をするためにわざわざ古い魔道具を持ち歩いていたのだ。魔器による通心ができなくなったときその魔法士(女)が心配で思わず魔道具を使った。思いがけないことに、通心が繋がった。


「その魔道具は持っているのね?」

「はい!」

「貸してみなさい」


 皇女の合図を受けて警護の近衛兵が一人ダックス魔法士のところまで行って魔道具を受け取った。ドミティア皇女はその魔道具を手にとってしげしげと点検した。何処も悪くなさそうだった。


「魔道具による通心の相手は誰?」

「あっ、はい。第1大隊のアリージュ魔法士であります」


 皇女が見回すと魔法士達の中から魔法士が立ち上がった。小柄な女魔法士だった。


「アリージュ魔法士ね」

「はい」

「魔道具を持っているの?」

「はい」

「貸しなさい」


 2つの魔道具は見たところきちんと手入れされていて、使用に差し支えはなさそうだった。皇女はファルコス上級魔法士長に命じて、2つの魔道具を自分と上級魔法士長の魔力に同調させ使ってみた。魔道具を介した皇女と上級魔法士長の通心は支障なく繋がった。


――ああ、こんな使い心地だったのだわ――


 魔器による通信に比べると使い勝手が悪かった。言わば言葉が不鮮明で時々途切れるような使い心地だった。おそらく通心の距離もずっと短い。だからイフリキアが魔器を作ったとき軍はそれに飛び付いたのだ。軍用の通心は全て魔器に置き換えられた。そして今、それが帝国軍の致命傷になりかねない欠点として浮かび上がってきた。


 しかし古くさい魔道具を使えば不十分ながら通心ができる可能性がある。


「他に魔道具を持っている魔法士はいる?」


 皇女の問いかけに5人ほどの魔法士が手を挙げた。


「あなた達の魔道具を供出してもらうわ。いいわね」


 否応もなかった。魔道具を回収に行かせながらファルコス上級魔法士長に向かって、


「ディアステネス軍全部の魔法士から、魔道具を持っていたら回収しなさい。魔器ではなく、魔道具で通心出来るように再訓練が必要ね。それに性能が落ちる魔道具がどれだけ役に立つものか検証しなければ……」

「畏まりました、至急にそのように手配いたします」


 どれほど使い勝手が悪くても探知・索敵や通心のない軍など考えられない。なんとしてでも使い物になるようにしなければならない。しかもごく短時間で!!

 10年前までは魔道具で軍を動かしていたのだ。何とかなる!祈るようにドミティア皇女は考えた。


 その場に立ち会っていた司令部の要員もディアステネス上将に報告するため遠ざかっていった。



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