第70話 クインターナ街道の戦い 5

「リッセガルド千人長殿!総攻撃命令です」

「分かっている、そんなことは」


 アリサベル師団の騎兵は中央に配置されていた。イクルシーブ准将は敵に比べて少ない騎兵を、分散させずにまとまった打撃力として使うつもりだった。

 騎兵中隊付きのオグルゼーア魔法士にはリッセガルド千人長の動きが妙に鈍く感じられた。オグルゼーア魔法士に促されてリッセガルド千人長がやっと動き出した。4個中隊100騎の騎兵が突撃体制をとった。


「よし、行くぞ。歩兵が柵を壊したところは何処だ?そこを突破するぞ」

「千人長殿!それでは遅れます。破城槌をぶつけましょう」


 部下の言葉にリッセガルド千人長は苦い顔をした。


 「ならん、我々は4個中隊しかいないのだ。帝国軍てきには2個大隊の騎兵がいるのだぞ。分散するわけにはいかん!纏まって侵入できる箇所が出来るまで待て」


 歩兵が敵の柵を壊している。ある程度大きな進入口ができればそこからなだれ込むつもりだった。


「しかし、それでは遅れます。帝国軍は通心が不調で統制された動きが出来ないと言われたではありませんか」

「無駄に戦力を損ねる気はない!少し待つのだ」


 昨夜の作戦会議で帝国軍の通心を妨害することが出来る、だから帝国軍は統制された動きができなくなる、と説明された。アリサベル旅団出身の将校はその説明を疑問もなく受け入れていた。しかしリッセガルド千人長には納得いかなかった。騎兵戦力で5倍の敵と戦うのだ、説明されたとおり通心を妨害して遊兵を作るという作戦が上手く行かなければ、遙かに優勢な敵に包囲、攻撃されて騎兵は壊滅する可能性がある。ひょっとしたら騎兵をおとりとして使うつもりかもしれない、そういう疑問がどうしてもぬぐいきれなかった。

 通心を妨害する魔法があるなんて聞いたことがなかった。オグルゼーア魔法士に尋ねても首を捻るばかりだった。先に騎兵を突出させて敵をおびき寄せ、その隙を突くつもりではないかという疑問がぬぐえなかった。昨夜の作戦会議のことを想い返しているリッセガルド千人長の目の前で、帝国軍の陣にそびえていた櫓が派手な音を立てて崩れた。櫓に登っていた魔法士と弓士がバラバラと悲鳴を上げながら落ちていくのが見えた。


「なんだ、これは?」


 作戦会議でこんな話が出たか?


 左翼の方から金属が打ち合わされる音と、兵達の大声が聞こえた。左翼の帝国軍に王国軍が横から突っ込み大きく食い込んでいる。


「千人長殿、敵司令部の天幕が燃えています!」


 部下の声にリッセガルド千人長が正面に顔を向けた。派手な炎を上げて帝国軍司令部の大天幕が燃えていた。見れば既に帝国軍の陣に歩兵が侵入している。左翼の敵は大きく押されているし、帝国軍は右往左往している。


「いかん、遅れる!突撃だ、突撃しろ!」


 いくら何でもこのままグズグズしていては不味い。戦闘終了後に戦意不足を責められるかもしれない。


 騎兵が帝国軍陣内に突入したのは想定されたよりかなり遅れてからだった。




 アリサベル師団は左翼と中央に主力を布陣させていた。右翼には人数こそ同数を配していたが、捕虜から解放されたばかりの、アリサベル旅団として戦ったことのない兵達が大半だった。まず中央と左翼の兵が帝国軍陣地に攻勢をかけた。彼らが帝国軍中央と右翼と闘っている所を、レフ支隊が帝国軍の右翼を横から奇襲した。人数は少なかったが、とっさに対応できるものではない。帝国軍右翼は大きくえぐられた。思わず右に注意が行ったとき、タイミングを計ったようにアリサベル師団中央が攻勢を強めた。上からの命令が来ないこともあり、帝国軍はたちまち浮き足立った。




「司令部の天幕が燃えております!!」


 ガルブス下将の命令で予備隊を率いて右翼へ駆けつけようとしていたイーロック上級千人長は思わず足を止めた。


「何だと!?」

「司令部の天幕が燃えております!」


 部下が同じ言葉を繰り返した。イーロック上級千人長が振り返った。丁度燃え上がった天幕が崩れ落ちるところだった。


「っ!」


 思わず息を飲んだ。そして一瞬の逡巡の後、


「ガルブス閣下を救い出すぞ、引き返せ!」


 苦戦している右翼の兵よりも司令部要員の方が重要だ。櫓が破壊されても振り向いただけだったが、司令部が燃えていると言う情報はイーロック上級千人長の足を止めた。相変わらず通心は沈黙しているため自分で判断しなければならない。上級千人長ともなれば戦術的な判断はできる。しかし、それを部下に伝える手段がなかった。近くにいる兵達には声が届く。その命令に従った兵達が引き返し始めたらそれを見た兵達も従うだろう。しかし、先を行く兵達には分からない。気づいた者は引き返すかもしれないがそのまま右翼へ駆ける兵もいる。イーロック上級千人長の命令で司令部方面に引き返そうとした兵と、後から駆けてきた兵がぶつかって混乱し、右翼へ救援にたどり着けた兵は少なかった。結果としてイーロック上級千人長が指揮していた帝国兵は勢いを失い、統制を失った。騎兵は混乱した味方の中で得意の機動力を生かせなかった。足の止まった騎兵は脅威にはならない。群がってくる歩兵が馬の足を潰し、騎兵を引きずり下ろす。鎧の重さに機敏な動きができない騎兵が倒れ伏して動かなくなる。


 統制のとれない兵など敵の餌食でしかない。


 同じようなことが帝国軍陣地の各所で発生した。命令を受けて動くことになれている帝国兵は――事情は王国兵も同じなのだが――アリサベル師団の攻撃に小隊、あるいは中隊ごとにばらばらに対応することになった。遊兵ができ、守りの手薄な所ができ、そこをアリサベル師団に突かれた。アリサベル師団は巧みに局所優位を作り帝国兵を排除していった。

 アリサベル師団右翼に配置された新編の部隊も統制をなくし、浮き足だった敵なら十分に戦える。少し遅れてでた突撃命令に、彼らも勇んで帝国軍陣地に突入した。


 戦いは始まって間もなく、アリサベル師団の一方的な攻勢に移っていった。


 敵陣中央を突いた部隊はそのまま駆け抜けて帝国軍の裏へ出て包囲するように命令されていた。歩兵は見事に命令を果たしたが、一番機動力を期待されていた騎兵の動きが鈍かった。突入のタイミングが遅かった上、敵味方の入り乱れた戦場を一気に駆け抜けることができなかったからだ。

 結果、包囲網の完成が遅く、浮き足だって早めに逃げ出した帝国兵を多く取り逃がすことになった。




 第6師団はアリサベル師団の包囲が甘かった所為もあり6000人ほどが脱出に成功し、ロッソルに布陣している主力の元へ合流した。逃げるときに武器や防具を捨ててきた兵も多く、再武装させ、欠けた人数を勘案して編成し直さなければならなかったが取りあえず第6師団という名は残すことができそうだった。しかし、ガルブス下将を始めとする司令部の要員は一人も帰ってこず、基礎体力に劣る魔法士の未帰還者も多かった。一般兵の6割が逃れてきたのに、士官、魔法士は5割足らずしか戻ってこなかったのだ。


 帝国軍第6師団は戦力としては壊滅したと判定された。




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