第70話 クインターナ街道の戦い 4

 レフとシエンヌが妨害の魔器を起動すると同時にストダイック百人長とカルドース十人長が率いる臨時レフ支隊が帝国軍陣地を目指して走り始めた。アリサベル師団と帝国軍がぶつかっているその横から帝国軍を襲撃する作戦だった。アリサベル師団の左翼と中央は総攻撃の合図で帝国軍にぶつかっている。だから、まさにアリサベル師団の左翼と帝国軍第6師団の右翼が正面から戦っているところを、臨時レフ支隊が横撃することになる。

 アリサベル師団の右翼は動かずに帝国軍左翼と睨み合っていた。右翼は捕虜から解放された兵が主力でまだ連携に不安があったから、通心を切られた帝国軍の動きが悪くなってから突撃の合図が出る予定だった。




「アニエス」


 レフが木に登ったアニエスに声をかけた。支隊が走っていったあとにはレフとアニエスが残っていた。護衛を残すと言ったストダイックの申し出をレフが断ったのだ。500人という臨時レフ支隊の兵数を考えると減らしたくはなかったし、少数の帝国兵が向かってきたとしてもアニエスがいれば何とでもなる。アニエスの手に負えないほどの数の帝国兵であれば、1個小隊くらいの護衛がいてもどうしようも無い。それにレフやアニエスの方に気を回すほど余裕のある帝国兵などいないだろうという予想もあった。


 アニエスは7ファルほどの高さにある枝の上にいた。小高くなった地に立っている木の枝だったので、それだけ登るとかなり遠くまで見通すことが出来た。レフも身軽に木に登ってアニエスの一段上の枝に腰掛けた。そこからアニエスに向かって命じた。


「望楼を壊せ」


 帝国軍は陣地に4つの望楼を築いていた。太い木を丈夫な縄で固定した急ごしらえの望楼だったが、最上部の物見台は5ファルの高さがあって見通しがきき、眼前に展開している王国軍の様子がよく見えた。探知・索敵の魔法を使うときも実際に見えていれば精度はさらに上がる。探知・索敵の魔法が使えなくても、高所から敵に見られているというのは嫌なものだ。物見台には魔法士以外にも盾を並べて弓兵が陣取って盛んに矢を射ていた。望楼は左翼と右翼に1つずつ、中央に100ファルの距離を置いて2つだった。木に登ったアニエスからは一番遠い左翼の望楼を除く3つが見えている。


「了解」


 視界に納めていればアニエスの熱弾は外すことがない。最大威力でぶつければ1/8ファルの太さの木でも折ることが出来る。直ぐにアニエスの手から熱弾が飛んだ。4本の支柱で立っている望楼は2本を破壊されると立っていられない。アニエスから一番近い、帝国軍右翼に設置された望楼から順に派手な音を立てながら崩れていった。望楼に登っていた何人もの魔法士や弓兵が手足をばたばたさせながら墜ちていくのが見えた。さすがに悲鳴の聞こえる距離ではなかったが。


「3つを破壊しました。一番向こうのは見えません」


 結構地面の起伏が大きい。帝国軍左翼に設置された望楼はレフ達からは窪地になるようだ。それでも4つのうちの3つを破壊した。


「良くやった」


 褒められて、アニエスは嬉しそうにレフを見上げた。。


「ふーっ、全力で6発も撃ったんで疲れちゃいました。レフ様」


 全力で熱弾を撃つのは久しぶりだった。人間相手では1/8で十分だったし、金属鎧を着込んでいても1/4で抜けた。だからといって全力6発くらいでばてるはずもなかった。


「よし、もう少し頑張ってもらうぞ」

「頑張ります。でもその前に……」


 アニエスが一段上の枝に身軽に飛び移った。太い枝は2人の体重を軽々と支えたが、そこからは葉に邪魔されて遠くが見通せなかった。アニエスはレフに体をもたせかけて上目遣いに見上げた。


「戦場だぞ、ここは。甘えるな」


 そう言いながらでも目を瞑ったアニエスの唇にレフの唇が重なった。


――良いわよね、これくらいのことは。夜通し歩いたんだし、久しぶりに全力で熱弾を撃ったんだし、エネルギー補給が必要よね――




 帝国軍第6師団長のガルブス下将は呆然としていた。彼の目の前で司令部前に立っていた2つの望楼が音を立てて崩れたのだ。悲鳴を上げて落ちた魔法士と弓兵が地面に叩きつけられる。一瞬の間を置いて周囲の兵達が落ちた魔法士達に群がる。しっかりしろ!こいつはもう駄目だ!と言う声が交錯する。


「一体何だ!?あ、あれは一体」


 ガルブス下将の問いに、いつも側に控えている師団付きのシャイラッド上級魔法士長が呆けたように、


「通心が、通心が……」


 と繰り返していた。


「シャイラッド上級魔法士長!!」


 怒鳴りつけられて上級魔法士長はっと我に返った。


「どうなっているのだ!?敵の動きは!」

「わっ、分かりません。何が起こっているのか、なにがなんだか!」

「どうしたというのだ、状況を知らせろ!櫓が崩れたのは敵襲なのか?」

「通心が、通心が切れております。状況が入ってきません!」


 思いもかけない言葉だった。


「どういうことだ?通心が切れた?」

「ど、どの魔法士とも通心が繋がりません。何がどうなっているのか、さっぱり……」

「何処にどれだけの敵が来ているのだ?右翼には?左翼には?」


 既に陣のあちらこちらに王国兵が取り付いて柵を壊していた。柵越しに帝国兵と王国兵が武器を交えていた。矢が盛んに飛び交う。だが何処が王国軍の主攻の攻め口なのか?中央ではなさそうだった。目の前にいる王国軍はほぼ互角の戦力に見えた。中央に配置された帝国兵の足止めが目的だろう。攻めかかってきている王国軍の戦力分布は?帝国軍みかたは何処で王国軍を押していて、何処で互角に戦っていて、何処で不利なのか、通常であれば次々に入ってくる情報が入らない。予備戦力を何処に投入すれば良いのか決断するための情報が遮断されている。このままでは予備が遊兵になってしまう!ガルブス下将はシャイラッド上級魔法士長を怒鳴りつけながら、イライラと司令部の中を落ち着かなく歩き回った。


 いきなり帝国軍右翼が騒がしくなった。戦いのどよめきが大きくなり、金属を打ち合う音が忙しなくなった。臨時レフ支隊が横から襲ったのだ。帝国軍右翼が大きく食い破られかけている。


「右翼か?」


 焦りが生んだ早まった判断だった。


「予備の第4大隊と騎兵を右翼へ回せ!」


 慌てて任命された伝令が命令を持って走る。いつもなら魔法士の通心で直ぐに命令が伝わるがそれに比べると遅い。そのが又タイミングを狂わせる。




帝国軍てきが動きました。レフ支隊に釣られました!」


 王国軍の司令部に詰めている魔法士が叫んだ。同時にアリサベル王女も同じ事を探知していた。イクルシーブ准将が頷いた。


「総攻撃!!」


 予備として司令部に置いていたアリサベル旅団出身の増強1個大隊と騎兵を、司令部周辺に配置していた2個大隊に加えて帝国軍中央に対して総攻撃をかけた。それは左翼に重心をかけようとしていた帝国軍を横撃する形になった。



「よし、帝国軍が釣られたぞ」


 同じ台詞をレフが言った。


「アニエス、帝国軍司令部の天幕に熱弾を撃ち込め。威力は最大、圧縮を少し甘くしろ」

「スピードが遅くなりますよ」

「構わん、動き回る相手じゃない。少し遅いくらい方が都合が良い」


 天幕に火を付けるつもりだった。スピードが速すぎると突き抜けてしまう。陣形を乱した後で命令を途絶させると立て直すことが出来ない。


「分かりました」


 アニエスの手からさらに6発の熱弾が放たれた。熱弾は帝国軍司令部の天幕に当たって穴を開け、中に飛び込んで司令部の要員を傷つけ、机や書類に当たって火を付けた。支柱を壊された天幕が崩れ落ち、中の人間を巻き込んで燃え上がった。命令系統をズタズタにされた帝国軍はそもそもの命令さえ出すことが出来なくなった。






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