第70話 クインターナ街道の戦い 1

 2人が十分に離れるだけの時間をおいて、ディアステネス上将は後ろに控えていたファルコス上級魔法士長に声をかけた。


「聞いていたな?」

「はい」

「腕の立つ魔法士を10人、第6師団方面に派遣せよ。第6師団とアリサベル旅団、いや今はアリサベル師団と言った方が良いかな、その戦いを検分させるのだ。アリサベル師団にも第6師団にも気づかれるな。戦闘への介入も厳禁する。アリサベル師団の戦い方をよく見てくるように、そして必ず帰還して報告せよ」

「はい」


 ファルコス上級魔法士長は、自分がこの場に呼ばれたときからこの命令をある程度予測していた。そうでなければ他の幕僚がいないのに自分だけが同席させられている意味が分からない。既に頭の中で派遣する魔法士の選別を始めていた。


「すぐに手配します」


 ファルコス上級魔法士長が急いで天幕を出て行くのを見送りながら、


「アリサベル旅団、いえ、師団をいよいよ放っておけなくなった訳ね」


 ガルブス下将達がいるときには一言も発しなかったドミティア皇女が言った。さすがに名目上の総司令官である皇女に対して、席を外せとは言えなかったのだ。


「そうですな、うるさくなりすぎました。この辺で叩いておかないと後々災いになりそうな気がしますな」

「だから1個師団を犠牲にするってわけ?」

「ほう、殿下は第6師団では勝てないと。そうお思いですか?」

「あら、上将は勝てると思っているの?」


 芝居がかった振りがお上手になられたものだ、ディアステネス上将はため息を押し殺した。


「ガルブス下将が言っていたように水ぶくれ師団ですからな。戦を検分させるのはあくまでアリサベル師団が使っている作戦が帝国軍われわれの参考にならないかどうかを見るためですな」

「いいわ、そういうことにしておいてあげる。でもアンジエームの王宮から逃れてきた兵達が言ったこと、きちんと確かめてね。大いに気になるわ」


 彼らはこう言ったのだ。


――『いきなり頭の上で爆発が起こりました。何発も続けて。大勢の味方がなぎ倒されて、そ、それが合図のように王国軍やつらが門に殺到してきて、その上解放された捕虜と思われる王国兵が後ろか襲ってきました。爆発で混乱していた我々にはどうしようもありませんでした』――


「そうですな」

「多分、何らかの攻撃魔法だと思うわ。帝国が魔纏や転移の魔器を用意したように、王国も帝国われわれの知らない魔法を使っていると思うわ」

「そうですな」

「でも、不思議なのよね、王国の魔法研究の水準は決して高くない、王宮で見た魔法補助具も魔器の水準にはとても達してないただの魔道具だったわ。それにそんな高度な魔法を使っているのがどこからともなく現れたアリサベル師団だけ……、ねっ、ディアステネス上将、多分アリサベル師団の魔法士の誰か、あるいは少数の誰か達がその魔法を使っているのだと思うの、間違って殺さないでね。その誰か(達)を帝国のために働かせることが出来たらと思うとわくわくするわ」

「殿下はその魔法士が帝国のために働くと、そうお思いですか」

「だって、これだけの腕を持ちながら正規軍でもないアリサベル師団でくすぶっているのよ。正当に評価されてないと、きっと思っているわ。話の持って行き方次第では帝国のために働くことを了承すると思うわよ」


 帝国魔法院を預かってきたルファイエ家の者としては是非手に入れたい魔法使いだった。


「分かりました、アリサベル師団と戦うときは、魔法士は出来るだけ殺さない様に命令しましょう」

「お願いするわ」


 それだけ言って、むしろ上機嫌で天幕を出て行くドミティア皇女を憮然とした表情でディアステネス上将は見送った。


――幕僚達を同席させなくて良かった、聞かせられる話じゃないからな。それにしても成長の早いお姫様というのは……――


 と、そう思いながら。




 ロッソルへの行軍の初日の夜、アリサベル師団の騎兵隊長、リッセガルド千人長は自分の天幕に戻って、不機嫌な顔のまま乱暴に折たたみ椅子に座り込んだ。


「まったく、海軍の上級千人長ごときが!」


 1日の行軍が終了しての会合だった。何しろ1個師団として編成されてから間がない。単に行軍するだけでも連携・連絡の不備がゾロゾロ出てくる。それを手直ししながらの行軍だった。1日の終わりには叱責がまとめて降りてくる。元からアリサベル旅団にいる士官達が、その階級に関わらず容赦のない指摘をする。

 アリサベル旅団出身の兵隊達はさすがに見事に統制されている。しかし後から加わった半個師団の兵は、王宮の守備に失敗した敗残兵、捕虜の出身だった。元々の部隊もばらばらで、兵種もばらばらだった。それをなんとか闘える師団にするためには仕方のないことだと、後から加わった士官達は頭で分かっていても反発する心は大きくなる。それが爆発すると激しい口論になる。だが結局師団の主力はアリサベル旅団出身の兵なのだ。彼らの言い分の方がずっと強い。アリサベル旅団を中心に師団が編成されるのは仕方のないことだった。


 その中で騎兵は、もともと国軍の騎兵で纏まった集団を形成していた。王宮の攻防戦では騎兵の出番はなく、馬を下りて戦っていたがそれでも仲間意識の強い集団だった。王宮攻防戦の中で2個大隊あった騎兵はすりつぶされ、4個中隊100騎を揃えるのがやっとになっていた。もともとアリサベル旅団には騎兵集団がなかった。だから彼らはアリサベル師団の中で一勢力を成していたが、師団の主力になるには力不足だった。それでも尚、


「海軍の連中に陸戦のことなど分かるものか!」


 憤懣を叩きつけずにいられなかった。


――確かにあいつは上級千人長だ。旅団規模の時はそれで何とかなったかもしれない。しかし師団になったからにはちゃんと陸戦を知っている人間をトップに置くべきだ。俺だってもうすぐ上級千人長に手が届こうとしていたところだ!――


 准将などと言う中途半端な地位を与えられて師団の指揮を執っているイクルシーブに腹が立ってならなかった。


「騎兵の使い方も知らないくせに!」


 騎兵の機動力を生かし、先行偵察することを提案した。にべもなく――リッセガルド千人長にはそう感じられた――却下された。騎兵の機動力を利用せず、なにが師団だ!


 どやどやと部下の百人長達が天幕へ入ってきた。


「如何でした?」


 その中の一人が阿るように訊いた。


「却下だそうだ。考える振りもしなかったな」


 がやがやとリッセガルド千人長と同じ不満を述べる言葉が続いた。


「いっそ、独断専行しますか?」

「軍規違反だ」

「しかし、騎兵の使い方も知らない司令官ですぞ。我々の力を見せておくべきではありませんか?」


 部下の言葉をいったんは否定しながら、さらに煽られて、リッセガルド千人長は唇の端をゆがめた。


「その必要が出てくるかもしれんな」


 だが、全局的に見れば当然だった。騎兵の強行偵察よりもレフかシエンヌを偵察に出せば遙かに良質な情報が得られるのだから。不幸にしてリッセガルド千人長はアリサベル師団が依って立つところの力の源を知らなかった。



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