第67話 王宮奪還 3
シエンヌとアンドレが慌ただしく飛び出していった扉を見ていたジェシカは、説明を求めるように自分を見ているアリサベル王女に気づいた。
「あっ、いえ、シエンヌはレフ様の側で戦いたかったのです。連絡用に司令部に残されると聞いたとき、盛大に不満を述べていましたから」
レフとの通心であればシエンヌが飛び抜けている。ジェシカもレフと通心出来るが、視覚共用は難しい。短距離、短時間であれば可能だが、それでもその後、使い物にならないほどの疲労をジェシカに残す。拘束の魔器の他に通心用の魔器を持たされてもそれは変わらなかった。しかし、レフとジェシカの通心が並みの魔法士同士の通心よりずっと遠距離通心が可能で、詳細なものになっているというのは事実だった。ジェシカとシエンヌの通心でさえ、並みの魔法士の水準を超えていた。
「緊密な通心で連携を取らなければならないところは抜けたと判断されますので」
タイミングが狂えば帝国軍に比べて少数の王国軍や、まして600人に過ぎない武装捕虜など各個撃破の対象でしかない。なんと言っても相手は帝国の正規軍なのだ。だからこそシエンヌを司令部に残した。そんな際どい
「そう、シエンヌはレフの側が良いのね。でもジェシカ、あなたも行きたそうな顔をしているわよ」
――私だけ、こんなところに残されるのは不満だけれど、一番の新参者だから仕方ないのかもしれない――
そんなことを考えていたジェシカは、王女の言葉に少し顔を赤くして小さく首を振った。
レアード王子はふと目を覚ました。空気が不穏な気を帯びて皮膚がぴりぴりする。体感では夜明けにはまだ間がある。王子はしばらく目を開けたままベッドに横になっていたが、むっくり起き上がると夜着を着替えた。右手は不自由だがもう何日もその手で身支度していた。それ程の時間も掛けず、昼間の服を身につけた。
おもむろにベッドに下に潜り込んで、斜交いにベッドを補強している棒を取り外した。いざというときのために使えるように釘を緩めていたものだ。剣に比べると如何にも頼りないが、並みの兵士相手ならこれで十分に対抗できるだけの腕を王子は持っていた。ただ、今は右腕が使えないが、でも何も持ってないよりも心強い。
不穏な気が金属を打ち付ける音と男達の叫び声に変わると、王子は王宮内で戦闘が起こっていることを確信した。
――ここに居ては不味い――
王子はドアに体当たりした。頑丈な体格の王子の体当たりにズシンという音が響きドアが震えた。4度目の体当たりで蝶番が壊れて、ドアが開いた。外を窺って廊下に出た。かなりの音を立てたはずだが、見張りの帝国兵は駆けつけてこなかった。
下級の使用人の使う一画の地理など王子は知らなかったが、それでも慣れ親しんだ王宮だった。大体の見当を付けて建物の外に出ようと動き始めた。幾つ目かの角を曲がったとき、どたどたと近づいてくる足音に気づいた。慌てて曲がってきた角に身を隠したが既に視認されていた。
「誰だ、そこにいるのは?」
誰何されてレアード王子は覚悟を決めて左手で棒を握りしめて姿を現した。無様に逃げ惑うのは王子の矜恃が許さなかった。3人の帝国兵が武器を構えていた。その中の一人、十人長が左右の兵に顔を振って合図した。2人の帝国兵が降伏勧告もなく王子に近づこうとしたとき、さらに多くの足音が近づいてきた。慌てて帝国軍の十人長が振り返る。
「「敵だ!」」
帝国兵、王国兵の両者から同時に声が上がった。
「やれ!」
命令したのは王国兵を率いていた百人長だった。よれよれの軍服が、捕虜から解放されたばかりだという事を示していた。10人近い王国兵が3人の帝国兵に飛び掛かった。片方が逃げ腰になった戦闘は直ぐに終息した。
棒を左手に持ったまま成り行きをみていた王子に男達が敬礼した。
「殿下!!」
「レアード様!!」
捕虜になっていた王国兵、それも士官達だった。全部で10人もいるだろうか?
「お前達――」
百人長の階級章を付けた男が一歩前に出て、
「良くご無事で!」
「
「はい、アリサベル旅団が攻め入っております」
「アリサベル旅団が?」
その名前を聞いてレアード王子は顔をしかめた。
“また、あいつが手柄を立てたのか”
直ぐに表情を戻して、
「武器はあるか?」
そう言われて王国兵の一人が前へ進みでて、王子に長剣を差し出した。
「これをお使いください、一般兵用の支給品ですが」
「今はこれで充分だ。よし、攻め入ってきた
わざとアリサベル旅団の名は避けてそう言うと、先頭に立って戦いの音が大きそうな方に向かって走り出した。男達も慌てて後を追った。
「殿下!危のうございます。」
「殿下は怪我をされておられるのです、後ろへお下がりください!」
そう言われても先頭を走るのを止めなかった。レアード王子にとっては、アリサベル旅団だけではなく自分も王宮を取り戻すのに働いたのだと、例え少数の士官達に対してでも示しておかなければならなかった。
王子が扉を開けると王宮内に数ある中庭の一つだった。そこで帝国軍と王国軍が死闘を演じていた。
――アリサベル旅団!――
そこで戦っている王国軍が捕虜から解放された兵達でないことは一目で分かった。きちんと正規の軍装をしている。10人ほどの王国兵が先頭に立って帝国兵の群れに切り込んでいる。その先頭近くにいる小柄な魔法士にレアード王子は思わず目を奪われた。フードの下から赤い髪が覗いていた。その10人はいずれも王国兵の中では飛び抜けた腕利きに見えたが、赤い髪の魔法士はその中でも特に目立った。鮮やかな身のこなしで敵の攻撃を躱し、その態勢を崩す。するとそこに後続の王国兵が群がるように集まって斃していく。その10人の戦い方はよく似ていた。帝国兵を斃すことは後続の王国兵に任せ、敵の陣形を乱し連携を絶つことを主眼とした戦い方をしている。帝国兵を分断し、先へ先へと進んでいく。残された帝国兵は後に続く王国兵に斃される。最初は互角に見えた戦いは短時間のうちに王国軍の圧倒的優位に変わった。
先頭に立つ10人の兵を除けば、他の王国兵の戦い方は王子の気に入らなかった。前を行く味方のこぼしたものを拾っているだけのように見えたのだ。
――後ろで戦うだけか、華々しく突撃するのは他に任せて自分はスコアーを稼ぐだけなのか?――
要するにこういう遣り方もアリサベル旅団としての戦い方、訓練された動きの一つであることを王子は理解しなかった。レフ支隊のような頭一つ抜けた力を持つ集団と一般兵が一緒に戦うときには、分担をきちんと決めた方が効率的なのだ。
個人的武技に優れたレアード王子は常に最前線で戦うことを好んだ。そして自分の周りを固める兵達にもそれを望んだ。それが彼の考えでは王族らしい、あるいは貴族らしい戦い方だった。
――しかし、先頭にいた10人は素晴らしい兵だ。とくにあの赤い髪の小柄な魔法士は、多分女だろうが、素晴らしい働きをしていた。とても魔法士とは思えない体捌きだった。面白いものを見た――
王子はニヤッと笑って、後ろにいる王国兵に号令を掛けた。
「我々も行くぞ。遅れるな!」
帝国軍が意外なほど脆かったのは、彼らが北に逃げ道があることを知っていた所為もあった。アリサベル旅団はあからさまに北門への布陣が薄いことを見せつけていた。見通しの良い北門からは少数の王国兵しか配兵されてないことが一目瞭然だったし、そのことは帝国軍の一般兵にも知れ渡っていた。
――北門から逃げることができる――
そのことが帝国兵から、必死に抵抗する気を殺いでいた。
――どうせ南門を破られたところで勝負は決まっていたのだ――
そう言い訳をしながら彼らは北門目指してジリジリと退いていった。
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