第67話 王宮奪還 2

 総攻撃のその日、王国軍――アリサベル旅団――はまだ夜も明けやらぬうちから活動を開始していた。レフがアニエスと、レフ支隊からの志願兵10人を王宮内に転移させた。同時に王宮の東西で帝国軍を牽制している、大隊に見せかけた小部隊の動きを活発化させた。




 元は王国軍の本部だった建物にアリサベル旅団の司令部が設置されていた。アリサベル王女、イクルシーブ上級千人長、ベニティアーノ卿がシエンヌの言うことを聞き逃すまいと耳を傾けていた。シエンヌは通心でレフと視覚を共有して、言わば実況中継をしていた。他の司令部要員も息を詰めて聞いていた。


「見回りの排除に成功しました、武器を奪います」

「カルドース十人長と接触しました。見張りの帝国兵を排除して棟の外へ出ます」


 捕虜達が独自に調達した武器とレフ達が持ち込んだ武器で、400人余の捕虜が何らかの武器を手にすることが出来ている。しかし、その棟だけでも1500人いる捕虜の内わずか400人とも言えた。先ず出来るだけ多くの捕虜を武装させる必要があった。


「衛兵の詰め所を襲います」


 2個中隊の帝国兵が捕虜の監視に当たっていた。


「捕虜は要らん、出来るだけ速やかに制圧しろ!レフ隊長、魔法士をお願いします」


 詰め所の帝国兵は、ストダイック百人長に指揮されたレフ支隊を先頭になだれ込んだ王国兵によって排除された。不意を突かれた帝国兵は、それでも果敢に抵抗したが短時間で全滅した。慌てて通心の魔器を起動しようとしていた魔法士はレフとアニエスによって斃された。まだ帝国軍に、王宮内で異変が起こっていることを知られてはまずい。

 レフが手早く室内を物色して鍵束を探し出してストダイック百人長に手渡した。手枷の鍵だけではなく建物の鍵もあった。


 ストダイック百人長がカルドース十人長に向かって、


「これで残りの捕虜を解放する。捕虜を外に出したら先ず武器庫を襲え、それから地下牢に入れられている魔法士達と士官を解放しろ」


 カルドース十人長が合図をするとあらかじめ役割を決めてあった20人ほどの男達が鍵を持って捕虜が収容されている建物に向かって駆け出した。


「よし、作戦通りに運ぶぞ!抜かるなよ」


 詰め所を制圧するときに100人余りの王国兵が死傷した。しかし後ろには武器を持たない1000人以上の王国兵がいる。戦えなくなった王国兵の武器はそれまで無手だった王国兵に渡された。

 詰め所の帝国兵を排除して200人分の武器が手に入って、武装した王国兵は600人余になった。その男達が、レフとアニエスを先頭に、南門に向かって動き出した。


 レフの動きはシエンヌによって逐一アリサベル旅団司令部に知らされていた。


「衛兵詰め所を制圧しました」


 と、シエンヌの報告を受けて、


「よし、正門前に詰めている兵を動かすぞ」


 イクルシーブ上級千人長がそう言って、待機している魔法士を通じてアリサベル旅団の主力に命令を出した。


「前進!」


 王宮前広場に待機していたアリサベル旅団が盾を構えて前進を開始した。警戒していた帝国軍は直ぐに気づいた。帝国軍の主力は臨戦態勢に入った。

 王宮から盛んに矢が飛んでくる。王国軍も撃ち返す。盾で防ぎきれない矢で犠牲を出しながら王国軍はジリジリと前進した。

 南門の修復は不完全だ。取り付かれたら乗り越えられる。帝国軍は門を入ったところにある広場パークに師団の主力を集めて、城壁に配置した弓兵による攻勢を強め、ここを先途と撃ってくる。




 シエンヌがアリサベル王女の方を振り返った。


「レフ様と、レフ支隊、それに武装した捕虜達が走り始めました」


 南門に向かって!!


 王宮内の地図によって何度も道筋を確かめていた。数個中隊規模の兵を率いて最も速く南門にたどり着く道を。実際にシエンヌと走ってもみた。

 帝国軍に気づかれずにどれだけ南門に近づけるか?帝国軍が王宮の外の王国軍に気を取られている間に近づいて奇襲できるかどうか、この奇策が成功しなければ、数に勝る敵の籠もる王宮を攻略することなど出来ない。


「帝国軍はまだ広場の味方われわれに気を取られているわ。レフ支隊の方に人数を割く様子はない!」


 自分でもかなりの探索魔法が使えるアリサベル王女が期待を込めた声で言った。


 東西で陽動している王国軍は、それを警戒している帝国軍をできるだけ南門から遠い方へ、レフ支隊が走っている道から外れる様に動いている。詳細な王宮地図を前に何度もシミュレーションしたことだった。

 レフ支隊は夜間行動に慣れている。一方、カルドース十人長が武器を渡す兵を選ぶ基準は王宮内の地理に詳しい兵、と言うのが一番だった。つまり目的の場所が分かっていればレフ支隊に付いて来ることが出来る兵、だった。薄暗い、足下がやっと見えるほどの闇の中をレフが走っている。それに遅れずに付いていくのはアニエスだけだった。レフ支隊の兵達はなんとか付いていったが、捕虜になっていた兵達は足下に気を取られて、とてもレフとアニエスの速度について行けなかった。その上捕虜生活が彼らの体力をかなり殺いでいた。何度かレフが立ち止まって後続の兵を待たなければならなかった。


――こんなに遠かったのか?――


 カルドース十人長が走りながらいぶかしむ様に頭を捻ったころ、レフが止まれの合図をした。言われたとおり、そこで身を低くして息を整える。手を突いて肩で息をしている兵もいる。幸いなことに帝国兵とは出会わなかった。

 ストダイック百人長に率いられたレフ支隊からの10人、カルドース十人長に率いられた武装捕虜600余人を下に残してレフとアニエスは門内の広場を望む建物に入っていった。最上階まで駆け上がる。窓越しにアニエスが光量を抑えた灯火の魔法で下に待機している兵達に合図をした。


「よし、始まるぞ。準備は良いか?」


 ストダイック百人長が緊迫した小声で言った。後ろに控えている兵達が一斉に頷いた。




「想定した位置に付きました」

「ここまではうまく行ったわね」


 シエンヌとアリサベル王女の短い会話に司令室にいたアリサベル旅団の将校達がゴクリと唾を飲んだ。


 その瞬間、王宮の南門の中で幾つもの爆発音が連続した。レフの投げた爆裂の魔器だった。


 爆発音を聞いたとたん、王宮前広場で盾に隠れていた王国兵達が盾を捨てて南門に殺到した。王国兵を狙った矢が飛んでくる。しかし、その数は多くはなかった。

 門内広場に待機していた帝国兵は頭上で爆発したいくつもの魔器になぎ倒されていた。それにいくつかの魔器は弓兵めがけて投げられたのだ。回りでうめき声を上げる仲間に気を取られた弓兵も多かった。王国兵が南門めがけて殺到した。

 血の臭いの濃く立ちこめる広場に負傷した兵達のうめき声が満ちた。幸いにも軽症、あるいは無傷で済んだ帝国兵が立ち上がった。門から侵入してくる王国兵の喚声がうめき声を打ち消す。

 それでも武器を取って、門から侵入した王国兵に向かっていこうとした帝国兵を背後から、捕虜から解放され武装した王国兵が襲った。完全な不意打ちだった。数は少なくても背後から襲われてはたまらない。門から侵入した王国兵と捕虜から開放された王国兵に挟撃されて、短い戦闘の後浮き足だった帝国兵は背を向けて逃げ始めた。それを王国兵が執拗に追った。




 シエンヌが立ち上がった。


「ジェシカ、後は任せるわ。私、レフ様の側へ行く」


 それを聞いたアリサベル王女が、えっ、と言うようにシエンヌを見た。


「もうこの後は緊密な状況報告は要らないと思います。私はレフ様の側に行きますが、ジェシカもレフ様と通心しています。この先必要な情報はジェシカ経由でお知らせします」


 それだけ一気に口にすると素早く司令部を出て行った。司令部を固めている衛兵が止める暇もなかった。後にポカンとした表情を浮かべているアリサベル王女とイクルシーブ上級千人長、それにベニティアーノ卿が残された。


「おっ、私も行ってきます」


 続いて司令部を飛び出したのはアンドレ・カジェッロだった。さっきからうずうずしていたのだ。







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