第67話 王宮奪還 1
次の日、1日を掛けてレフは武器を王宮内に運ぶことにした。
先ず、王宮の外でのアリサベル旅団の動きを王宮からでも分かる程度に活発化させる。王宮を攻めるときに何処が弱点になるか探るような動きだ。
部隊を動かし、敵の魔法士の索敵能力を探る。城門の外の様々な地点から矢を射かけ反応の早さと濃さを計る。どれも武器を運び込み、捕虜達と繋ぎを付けるレフ達の行動を帝国軍に覚らせないための陽動だったが、実際に攻撃開始が近いこともあり、半ば本気だった。
帝国軍魔法士の索敵能力の評価はシエンヌが行った。どれだけ速く、正確にアリサベル旅団の動きを察知し、それに対応してくるか、シエンヌが探知する。探知能力は王宮に残留している帝国軍第10師団の魔法士達よりシエンヌの方がずっと優秀だった。
シエンヌは帝国軍魔法士を“並”と評価した。正規師団だったから上級魔法士長が配備されていたが、レフに比べてはもちろん、シエンヌと比べてさえかなり劣る探知・索敵能力しかないというのが結論だった。町並みに隠れたアリサベル旅団の動きに付いては来る、しかし遅い。実態はレフとシエンヌが鋭敏すぎるのだが、ずっとレフと一緒に行動してきたシエンヌにはどうしてもレフが基準になる。その分だけ他の魔法士の評価は辛くなる。
王国軍の動きに合わせて王宮内の帝国軍も動く、それを探知してまた動かす。動くのは精々1個中隊規模だったが、探知を欺瞞するための魔器を持っていた。
――――――――――
法陣の紋様図を渡しただけで、土台造り、魔導銀線の紡ぎ出し、法陣描画までジェシカにやらせた魔器だった。
「これは……?」
レフに渡された紋様図を見てジェシカは最初首を捻った。
「わざと気配を察知させる紋様のように見えますが」
ジェシカも多少は紋様を読めるようになっていた。
「そうだ、よく分かったな」
気配を小さくして察知される危険を少なくするための魔器ならレフの助手として作ったことがあった。しかし、探知されやすくなるような魔器?頭の上に疑問符を浮かべたジェシカに、
「こいつにも使いどころがある。そのうちに分かる」
ジェシカがどれだけ魔器造りに習熟したか試す気もあって、最初から最後までレフは手を出さずに見ていた。ジェシカの作った魔器はレフの作ったものには及ばなかったが十分に実用範囲だった。
―――――――――――
魔器に欺瞞されて、1個中隊の行動が帝国軍からは大隊規模で動いているように見える。王国軍の動きに吊られて帝国軍も動く。小人数で動く方が素早く動ける。シエンヌが探知し、王国軍の動きを指示する。王国軍の動きに合わせて帝国軍が布陣する。絶え間なく動いていると、そのうち手薄なところができる。そこをめがけて王国軍が動く、慌てて薄みをカバーするように帝国軍が動く。攻城機といった大げさな仕掛けはなかったが堀を跨ぐ位の長さのはしごを持ちながら、帝国軍が手薄なところで堀に近づく気配も見せる。わざともたもたして帝国軍が集まってくるとあっさりとはしごを引っ込めて、弓で小競り合いをしてまた動く。
少数の王国軍が動くことによって大隊規模の帝国軍を動かすことが出来る。王国軍兵士は交代することが出来るが、大勢の兵士を動かさざるを得ない帝国軍は簡単には交代できない。これを絶え間なく、昼も夜も継続した。
「くそったれ、なんだってあいつらは暗闇の中であんなに動けるんだ?」
「奴らの
アリサベル旅団の動きを逐一追わされた帝国軍魔法士の愚痴だった。大人数の軍が真夜中に灯りも付けずに動き回っているように見える。魔法士ならその気配を追跡できるが、目視は出来ない。彼らが伝えた情報を元に帝国軍が動く。対応しなければ王宮内に侵入してくるかもしれないという恐怖が、彼らをその仕事から解放しなかった。そして一晩中王国軍の動きに翻弄された。
武器の運び込みに気づかせないための陽動だったが、帝国軍にはそんな事情は分からない。本格的な攻勢の前に少しでも
その間、レフ支隊の中から多少なりとも転移魔法の素質を持った兵を4人選び出して武器の運搬係を命じた。転移魔法の素質がなくても、転移の魔器を使用してレフに触れていれば転移できるが、転移魔法の素質があればそれが楽になる。レフが使う魔力が少なくて済むのだ。そのため5往復できて、200人分の武器とかなりの量の食料を持ち込むことができた。
「
ニパム千人長のいらだったような声に、
「魔法士達の探索結果をまとめますと、南門前に3個大隊、北門前に申し訳程度に2~3個中隊――これは監視のためだけのようです――、残りの2個大隊で東と西の城壁の回りをうろうろさせているようです」
魔法士長が答えた。
まだ夜も明けない内から王国軍に動きがあると魔法士達が察知して、王宮を守る帝国軍が戦闘配置につこうとしていた。作戦司令室には第10師団の高級将校達が命令を受けるために集合していた。
「確かなのか?」
「複数の魔法士で確かめております」
「前の報告と変わらず、か。それでなくても
「常識的にはどれかが主攻で、残りは陽動と思われますが」
「ではどれが主攻だ?」
「やはり一番数の多い南門前の王宮前広場に集結している王国軍かと……」
「誰でもそう考えるよな」
「はい……」
「だが、主攻といってもたかが3000だぞ。王宮の城壁を盾にできる我々に対して何が出来る?そんな誰でも分かるような遣り方で攻めてくるつもりか?」
「しかし、他に考えようが……」
魔法士長にも疑問だらけだった。確かに夜通し嫌がらせとしか思えない王国軍の動きが続いた。しかし、嫌がらせだけで王宮が陥ちるわけもない。どこかで力と力のぶつかり合いが起こるのだ。そうなったとき、堅固な城壁を盾にできてしかも人数が多い帝国軍の方が遙かに優位なはずだ。例え南門が壊れていて従前ほどの防御力がないとしても、そこに集められる兵力は帝国軍の方が遙かに多い。
「ええい、奴らの動きに合わせてやるか。どう動いても対処できるようにな。命令!」
「はい!」
作戦司令室に集まっていた第10師団の高級将校達が姿勢を正した。
「第9、第10大隊は北門へ、指揮は第9大隊のスミルティス千人長に執らせる、第8大隊は西で動いている王国軍に、第7大隊は東の王国軍に対処するよう命ずる」
「はっ」
「行け」
自分たちの兵力の方が大きく、当然圧倒的に優位だという考えから出された方針だった。4人の大隊長が司令室を出て行った。
「第1から第6大隊までは南門を守る、指揮は俺が執る」
「はっ」
南門を守備する6個大隊の帝国軍の方が、王宮前広場の王国軍より倍の戦力があるはずだった。方針が決まると彼らはきびきびと司令室を出て、それぞれの大隊のところへ向かった。
アリサベル旅団の主力はこのとき南門の前の王宮前広場に待機していた。見通しの良い北門の前の3個中隊は本物だったが、東と西で動き回っているのは、魔器で気配を大きくされた中隊にすぎなかった。だから王宮前広場にほぼ全軍が集結しているといって良かった。
北門に配備された王国軍は、もし帝国軍が北門を開いて出てきたら抵抗せずに引くように命令されていた。観測のために魔法士こそ腕利きが配属されていたが、本格的な戦闘には耐えない負傷兵あがりが主だった。帝国軍が北門から出てくる事態というのは王宮内を王国軍が制圧しているということであり、彼らの主任務は北門から脱出する帝国兵の人数と装備の確認だった。
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