第66話 捕虜 3
その夜、レフは早速シエンヌとロクサーヌを連れて王宮内に転移した。だがその夜は空振りだった。真夜中過ぎまで
その次の夜、3人の目の前で王国軍捕虜が四阿に姿を現した。剣を運んできていた。親衛隊十人長は同じ男だったがあとの2人は一昨夜と違う男達だった。
「カルドース十人長」
ロクサーヌが小さく呟いた。
「知っているのか?」
「親衛隊第1中隊に属する十人長です」
王宮親衛隊第1中隊は親衛隊の中でも最精鋭で、王や王太子の護衛を優先的に命じられる立場にある中隊だった。その中隊の十人長で、しかも平民の出身だった。親衛隊の平民出身者の間に強い影響力を持ち、十人長だからというだけではなくその周りに人を集めるカリスマを持った男だった。
「信用できるか?」
「はい、私はそう信じます」
ロクサーヌの言葉に、レフ達3人はわざと音を立てながら物陰から出てきた。気づいた3人の捕虜達は身を固くしたがロクサーヌの親衛隊の軍装を見て安堵の表情を浮かべた。手枷で拘束された手で抜きかけた剣が再度鞘に収まった。ロクサーヌが一歩踏み出て敬礼した。
「親衛隊第11中隊のロクサーヌ・ジェスティ兵長であります」
十人長は手枷の所為で敬礼を返すことが出来ず姿勢だけを正した。
「親衛隊第1中隊のイアン・カルドース十人長だ。貴官達はアリサベル旅団の所属かな?」
「はい、アリサベル殿下の命でここに来ております」
カルドース十人長の視線がレフとシエンヌに向いた。二人とも王国軍の軍装ではなかった。視線の意味にロクサーヌが気づいた。
「アリサベル旅団は臨時編成であります。様々な出身者がおります」
「そうなのか」
「レフ殿は優れた魔法使いであり、アリサベル殿下の信頼を得ております。ここに我々がいるのもレフ殿の転移魔法に依ります」
「レフ……殿?」
軍では使い慣れない呼称だった。
「申し遅れました。レフ・ジン殿と、シエンヌ・アドル殿であります。アリサベル旅団の顧問という形で、国軍の階位は持っておりません」
レフとシエンヌがカルドース十人長に向かって軽く頭を下げた。シエンヌはもちろん敬礼を知っていたが、レフの動作に倣った。
「顧問?」
まだ納得いかない様子のカルドース十人長に、
「そういう者だと思ってもらうしかないな」
「そんな曖昧な立場の者が軍にいるのか?」
「アリサベル旅団は臨時編成であります。役に立つ者は出自に依らず加えるというのが殿下の方針です」
「役に立つ?」
納得した顔ではなかったが、それがアリサベル王女の考えただと言われれば、親衛隊の下級士官としては従うしかなかった。
「一つ示しておこうか、役に立つところを」
レフが取り出したのは、港で捕虜になった王国兵を護送していく帝国軍を襲ったときに手に入れた鍵束だった。
「これは?」
「多分この中にあんたの手枷を外す鍵がはいっている」
疑問を顔に浮かべたままカルドース十人長は鍵束を受け取った。
「おい」
一緒に来ていた捕虜――この男も親衛隊兵士の軍装だった――に合図をした。
「手を出してみろ」
順番に試して3つめで手枷が外れた。そして3人とも同じ鍵で手枷を外すことができた。カルドース十人長は嬉しそうに自由になった手を振りながら、
「これで
何のことだというように彼を見た2人に、
「アリサベル旅団は王宮攻略を考えているのだろう?」
訊くというより自分に言い聞かせるような口調だった。2人の捕虜の眉間に皺が寄った。そんなことができるのか?
「アリサベル旅団は、半個師団規模だと聞いていますが、それで一体……」
他の捕虜が疑問を呈するのに、レフが答えた。
「その通りだ、アリサベル旅団としてはなんとか王宮を奪還したいと思っている」
口をはさんできたのがレフだということにカルドース十人長はそれ程の違和感を感じなくなっていた。親衛隊の兵長がいるが、この3人のリーダーはレフだということが分かってきたからだ。
「そんなつもりがなけりゃ、王宮に侵入できるような貴重な腕利きの魔法士、……魔法使いをよこすものか。そうだろう?」
「そうだ、外から攻めるのに合わせて中で騒ぎを起こせば、単に外から攻めるだけより攻略の可能性が高まる」
「兵舎に収容されている捕虜は7千人いる、しかし武器は精々2百人分ほどしかない。王宮のあちこちから集めたが、もともとそんなにたくさん隠しておいたわけではない。アリサベル旅団の方から補給してくれるのか?」
「そうするつもりだが、1日に百人分くらいだな、私が運べるのは。それ以上は魔力が保たない」
「それなら10日あれば千人分……」
単純にそう計算するロクサーヌに、
「10日は無理だ」
カルドース十人長が首を振りながら言った。
「
「どれくらいなら大丈夫だ?」
「すでにかなり衰弱している。武器を振り回せる力が残っているのはあと2日くらいだろう」
「じゃあ、明後日だな、それまでにできるだけの武器、食料を運んでこよう。カルドース十人長と言ったか?」
「そうだ」
「あんたが、捕虜達のまとめと考えて良いのか?」
「ああ、少なくとも我々が収容されている兵舎の中は、私がまとめている」
「何人入っている?」
「千5百人だ」
「その中から武器を渡す人間を選別しておいて欲しい。蜂起するタイミングについてはアリサベル旅団に帰って相談してから報せる」
「分かった。他の棟に収容されている者はどうする?」
「あんたのいる棟でさえ全員分の武器はない。それに計画を知るものが少ないほど漏れる可能性が少なくなる」
「そうだな、分かった」
カルドース十人長がまとめている棟でも何人かの内通者がいたのだ。外を動き回って武器や食料を集める事が出来るようになる前にあぶり出して始末した。他の棟に収容されている捕虜達に同じ事が出来ているかどうか分からない。レフの言い分をカルドース十人長は受け入れた。
旅団での検討の結果、王宮への攻撃は2日後の早朝、ということになった。それまでにできるだけ多くの武器をレフが運ぶ。そして最終便でレフ支隊から武装蜂起の支援を出す。10人の志願を募ったら殆ど全員が手を挙げた。
「敵中に孤立する可能性があるのだぞ」
レフが脅しても挙げた手を下げる者はいなかった。結局くじ引きになった。
「私はくじ引きから外してもらいます。支隊の副長ですからな」
ストダイック百人長がくじなしでの参加を求めた。まあ、レフの指揮では捕虜だった王国兵達が従わない可能性がある。レフの能力を知らないし、王国軍の士官の軍装ではない。一目で士官と分かるストダイック百人長が来てくれればそんな心配は減る。
「分かった。貴君には来て貰った方が何かと好都合のようだ。だがほぼ全員が志願するとは、また随分愛国心旺盛なことだ」
「レフ殿、お忘れですか?我々は皆ジェイミール攻略に参加していたのですよ。あの時のあなたの力を見ていればあなたに付いていく方を選ぶのは当然ですな。こっちに残っても戦闘には参加しなければならないのですから」
つまり比較の問題なのだ。どっちが安全そうで、不謹慎ながら面白そうかということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます