第66話 捕虜 1

 王宮に捕らえられている捕虜は、士官、魔法士、一般兵に分けて収容されていた。特に王宮外と連絡の取れる魔法士は厳重に監視され、魔法杖をとりあげられて地下牢に入れられていた。士官達は王宮の使用人が使っていた宿舎に、そして一般兵は王宮内の兵舎に閉じ込められた。


 士官、兵の中に、魔法士になれるほどの能力はないが近距離での念話ができる者が少数いて、彼らはアリサベル旅団がアンジエームに入り、王宮を囲んでいるのを知っていた。直ぐ近くにまで味方が来ているという情報はあっという間に捕虜の間に広まり、一種異様な雰囲気をもたらしていた。つまり武装解除された無力な捕虜ではなく、何か事があれば敵に対して飛び掛かっていく兵士としての覚悟を持たせたのだ。

当然帝国軍の方にも、王宮外にアリサベル旅団が布陣していることを捕虜達が知っていることに気づいていた。王宮外から飛んでくる念話は当然のことながら帝国軍魔法士もキャッチしていたからだ。魔法士レベルでなくても多少の能力があればキャッチできるくらい強い念話だったのだ。




「どうするのだ、ニパム千人長?」


 帝国軍第10師団の生き残った5人の千人長が作戦会議を開いていた。


「ディアステネス上将閣下からは王宮の死守を命じられている」

「それは分かっているが……」


 師団長も連隊を指揮する上級千人長もいなくなったのだ。師団はまるまる残っているが、大隊までの部隊しか指揮したことのない千人長だけで師団を上手く動かせるのか、という疑問はここにいる千人長全員の思いだった。


「千人長には2個大隊ずつを指揮して貰う。籠城戦だがこの王宮は堅固だ。ディアステネス上将閣下でさえ手を焼かれたのだからな。壊れた南門を厳重に警戒すれば、よもや我々の半分の戦力しかないアリサベル旅団に陥とされるわけもあるまい」


 城や砦を攻めるなら守備隊の3倍の戦力が必要といわれている。半個師団と言われているアリサベル旅団から守り切るだけなら難しくはあるまいとニパム千人長は考えていた。


「街の様子が分かればな……、アリサベル旅団の正確な戦力も分からないと来ている」

「目と耳が全部潰されたからな。想定外だった」


 街においてきた目と耳がアリサベル旅団のことを報告してくるはずだった。戦力や布陣、装備、士気、補給状態、何も分からなかった。


「あと、捕虜達が不穏だ。監視を強化する。捕虜が何をしても直ぐ対応できるように、1個大隊を捕虜を収容している兵舎の側に待機させる。手枷が外れていないか定期的に確認を怠るな。東から来られる陛下の軍と今ロッソルを囲んでいる上将閣下の軍がロッソルの王国軍を蹂躙するまで王宮を死守すれば良いのだ。気を抜かずにやれ!」

「はっ」


 ニバム千人長の言葉に4人の千人長は姿勢を正して敬礼した。




 王国軍の一般兵の捕虜達はもともと自分たちが使っていた兵舎に収容されていた。言わば彼らのホームグラウンドだった。王宮内に多数の国軍、領軍の兵が駐屯するようになったとき、貴族出身の士官達は既存の建物に収用されたが、平民出身の兵達はとても彼らを入れる余地はないと言われて、親衛隊の訓練場と馬場を潰して臨時の兵舎を建てたのだ。

 いや王宮内に収容できなくはなかった。しかし、“汗くさい、むさ苦しい平民の男共を入れるなんて、廊下ででも会ったら息が詰まりますわ”と、そういう訳で5棟の兵舎が建てられた。戦いの後で元の用途に戻すため取り壊しやすいように作られていた。

 貴族出身の士官と魔法士を除けば兵舎に収容される捕虜の人数は7000人になった。帝国軍と王国軍の激しい戦いで王宮のあちらこちらが破壊された後では、他にそれだけの数の捕虜を収容できるところがなくやむを得ないと言えた。

 一般兵と平民出身の十人長が入っていた臨時の兵舎には彼らが作ったいろいろな仕掛けがあった。兵舎を建てたのも彼らだったし、士官による監督もいい加減な場合が少なくなかったからそういう悪戯をする余裕があった。その第一は密かに兵舎を抜け出るための通路だった。壁や床に偽装した扉は、竣工時の士官による通り一遍の監査を簡単に通り抜けた。その他兵舎のあちらこちらに秘密の保管場所を設け、主には酒、食料、私物の武器を隠していた。

 帝国兵達も、兵舎を接収したときに一応調べていくつかの仕掛けは見つかっていたが、全部が見つかることはなかった。徹底的にやらなかったのは帝国軍の貴族出身の士官達があまりそんなことに気を配らなかった所為もあった。帝国でも王国でも貴族出身の士官は平民兵を馬鹿にして、彼らが知恵の回る存在だとは思っていなかった。この隠された食料が――決して多くはなかったが――最低限しか帝国軍が捕虜達に食料を配給しなかったのに、捕虜達がなんとか体力を保っている理由だった。


――しかし、このままではじり貧になる。そのうち食料を求めて仲間内で争うようになるだろう――


 帝国軍は何十人分かまとめて食料を渡すのだ。その人数に対してはぎりぎりの量の食料を。配分は捕虜達に任せてしまう。当然そこに分配を廻って争いが起こる。既に力の強い者がより多くの食料を取る、という事態が起こっていた。それを帝国兵は、特に士官連中はニヤニヤしながら見ているのだ。

 捕虜への食料が少なくなるのはやむを得ない事情もあった。ロッソル遠征隊がかなりの物資を持って行ってしまっていた。8千人と言う数は大きい。残された物資でロッソル遠征隊が帰ってくるまで保たさなければならない。街に徴発に行くにもアリサベル旅団の所為でままならない。第10師団の兵に対する給養が第一ということを考えれば、自然捕虜に対する分配は少なくならざるを得ない。


 そんな事情もあって、アリサベル旅団が王宮外に展開していることを知ったとき兵達の中で核になる者が、主には平民出身の十人長達だったが、何とかしてアリサベル旅団と連絡を取りたいと考えたのも当然だった。このままじりじりと帝国兵の嬲り者になっているよりは機会があれば一泡吹かせてやりたい、そう思っていた。

 5棟ある兵舎のうちの1棟に収容されている捕虜達の活動が特に活発だった。たまたまではあったが、もともとその兵舎に住んでいた兵が多数いて、しかも平民出身で、兵達を指導するだけのカリスマを持った下級士官――親衛隊十人長――がいたからだ。


 捕虜達が先ずしたことは、秘密の通路から外へ出て、偵察することだった。


 王宮内のことは、地理や通路、建物内部の間取りなど王国兵の方が遙かに詳しい。それに下級の使用人達が住む一画は言わば彼らの自治区だった。王宮の中とは思えなほどごみごみした居住区は、貴族達はもちろん、富裕な平民出身者が多い上級の使用人達も近寄ろうとしなかった。そこで下級の使用人達は自分たちの掟を作り、自分たちで区割りをし、貴族はもちろん、上位の平民達も入れない区画を作り上げていた。王宮警備の下級兵の中には平民の出身で、この区画を牛耳る人間との繋がりを持つ兵もおり、王宮が陥落する前から彼らも出入りしている者もいた。秘密通路から外に出たとき、既に無人に近くなっていたそこが捕虜達の秘密の根拠地になった。王宮の内部地図を見てもそこはすっぽりと抜けている。貴族や上級の使用人にとっては地下牢の存在は知っていても、そこまでの途中にある下級使用人の居住区画は言わば異境だった。

 捕虜達は帝国兵に隠れて様子を探り、見つかりにくいところに置いてあった、むしろ隠してあったと言った方が良い食料や武器を――決して多くはなかったが――回収した。



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