第64話 頭狩り

 その塔は王宮に残った中で一番高い塔だった。手すりの一部は石弾を受けて壊れていたが塔自体はしっかりと立っていた。その最上階のテラスにゾロゾロと第10師団の高級将校達が姿を現した。


 王宮前広場の王宮から一番遠い端に、盾を並べて王国軍がその陰に身を潜めているのが見える。


「あれが……」


 マリストイ下将は最後まで言えなかった。何気なく1歩を踏み出したときに熱弾が彼の胸を貫いたのだ。


「閣下!!」


 副官が慌てて、軍服の胸の中央に焼け焦げた穴の開いている下将を抱き上げたが、既に息をしていなかった。大混乱になった騒ぎの中で、次ぎに斃れたのは上級魔法士長だった。


「狙われているぞ!」


 一緒に塔に上がってきた魔法士長達が叫んだ。彼らには強い敵意を持った魔力が王国軍の方に存在することを感じることができた。近接戦闘に自信のない魔法士長達は慌てて身を屈めたが、高級士官達はみっともないとも見えるそんな姿勢を取るのを躊躇った。その遅れが損害を拡大した。


「隠れろ!」

「下へ逃げろ!」


 階段の手前で大混乱になった中で、高級将校ばかりが次々に熱弾に斃れていった。

結局、遠くから攻撃されていることに気づいて塔の壁に隠れるまでに、マリストイ下将と2人の上級千人長、師団付きの上級魔法士長、さらには3人の千人長が撃たれた。帝国軍第10師団は司令官も、連隊の指揮をする資格を持つ上級千人長も失い、5人の千人長と上級百人長以下の士官と兵が残るだけになった。

 彼らの不幸は、アニエスの熱弾は300ファル以内で視野に捕らえられたらまず外さないということ、そしてレフとアニエス、それにシエンヌ、ジェシカがいる旧国軍本部の部屋から塔までが250ファルだということだった。





「マリストイが……?」

「はっ、今第10師団から連絡がありました」


 ディアステネス上将の前に魔法士長が畏まって立っていた。アンジエーム王宮との通心を担当させている魔法士長だった。ディアステネス上将は不機嫌そうに眉根に皺を寄せた。


「詳しい状況は分かるか?」

「はっ、王宮前広場に王国軍が布陣したのでその様子を見るために塔に登ったところを遠隔攻撃魔法で倒されたとのことです」

「どの塔だ?」

「はっ、王の執務室から出て直ぐの階段を上った塔だとのことです」

「壊れ残ったやつだな」


 あの塔なら、堀をはさんで王宮前広場から200ファル近く離れている。その距離で攻撃されたのか。


「マリストイ下将のみならず、2人の上級千人長と上級魔法士長もやられたと報告されています」

「それでは師団長も連隊長も不在ということか」

「はっ、今後どうすべきか訊いてきております」

「千人長の中で最先任は誰だ?」


 ディアステネス上将が副官に訊いた。副官が慌てて書類を取り上げて、


「第6大隊のメキストーア千人長かと」

「メキストーア千人長もやられたという報告が来ております」

「次は?」

「第4大隊のニパム千人長です」


 上将が魔法士長を見た。


「報告はニパム千人長の名前で来ております」

「ニパムは生きているのだな?それならニパム千人長に伝えろ。『王宮を死守せよ。王国軍の挑発に乗ってはならぬ。こちらと緊密に連絡を取れ。遠くからでも高級将校と分かる軍装はするな』以上だ」

「はっ」


 今の内容を通心するために魔法士長が離れていくと、横でやりとりを聞いていたドミティア皇女が口を開いた。


「やっぱり帝国軍の本隊の方へは向かってこないわね。アリサベル旅団は」

「アリサベル旅団の仕業と思われるのですな」

「遠隔攻撃魔法を使ったのでしょう?アリサベル旅団の遣り方だわ。それにアリサベル旅団以外にアンジエームに来ることができる王国軍がいるとは思えないわ」

「そうですな。あの旅団以外に遠隔攻撃魔法を使ったことはありませんな」


 ディアステネス上将にとってはアリサベル旅団がアンジエームに現れたことは意外だった。セオリーから行けば当然ロッソルに来て反攻軍の助攻をするはずだと思っていた。ロッソルの主力と連携すれば帝国軍に二正面の戦闘を強要できるからだ。


「アリサベル旅団はこれからどうするつもりかしら?王宮を奪還する?あるいは第10師団を王宮に釘付けにしてこちらへ向かってくる?」

「こちらへ向かうためには軍を分けなければなりませんな、それでなくても半個師団の軍、王宮の押さえとこちらへの攻撃に分ければ打撃力が弱くなりますな」

「でも遠隔攻撃魔法があるわよ」

「それは確かに厄介ですが、今までの攻撃を見ていると、多人数を一度に殲滅できる攻撃ではないように見えますな。そんな魔法があれば、マリストイの場合でも塔にいた士官を全部殺せたはずです。そうなっていれば第10師団は収拾が付かなくなっていたでしょうな」

「アリサベル旅団はアンジエームに居続ける、上将はそう思うわけね」

「そう思いますな、私ならそうするという意味で」


 これまでのアリサベル旅団の戦いを見れば一度始めた以上は中途半端なことはしないだろう。アンジエームを攻撃し始めたからには最後までやり通そうとするだろう。だが半個師団の兵力で1個師団が立てこもる王宮を陥とせるものだろうか?


「万一第10師団が負けるようなことがあれば王国兵の捕虜がアリサベル旅団に合流する事になるわね」

「そうなると勢力が1個師団強になりますな」

「援軍を出さないの?後方を警戒している第6師団をアンジエームに向かわせても良いのではなくって?」

「こちらを手薄にする事は出来ませんな。それに第6師団は戦略予備でもありますから」

「そう、じゃ全軍でアンジエームに向かってアリサベル旅団を叩きつぶすというのは?」


 アンジエームは王都だ。ジェイミールのように簡単には放棄できないだろう。そこに留まっていてくれれば捕まえて、締め上げて、叩きつぶすことが出来る。


――しかし、


「我々がアンジエームに向かえば王国軍主力に背を向けることになります」


 行軍中の軍は後ろからの攻撃に弱い。帝国軍が反転していることを知れば、ロッソルにいる王国軍は嬉々として帝国軍の背中を撃つだろう。


「王宮は我々でも手こずったように堅固ですな。そこを1個師団が守れば半個師団のアリサベル旅団ではどうしようもないでしょう。例え遠隔攻撃魔法があっても。それに王国軍の主力は我々の目の前にいますな。主力が負ければ所詮は非正規軍イレギュラー、例え1個師団になっていても立ち消えしますな」


 懸念はある、帝国軍の攻撃で王宮が半ば破壊されていることだ。特に南の正門が壊れているのは気がかりだ。簡単な補修だけは済ましてある。ニパム千人長も莫迦ではない、当然人数を割いて門を固めているはずだ。


「そうね、王国軍てきの主力はこちらだものね。でも私はこちらに付いてきて良かったようね。王宮に残っていたらと思うと余り良い気持ちはしないわね」


 ロッソルに遠征すれば野営になる。当然王宮よりも快適さで遙かに劣る。そう言って残るように勧める上将の言葉に逆らって皇女は遠征軍の中にいるのだ。


 ルルギアを帝国軍が抜いたという情報は既に届いていた。王国軍はディセンティアの領都、エスカーディアに引いたという。撤退戦でかなりの損害を受け、無事エスカーディアに入れたのは4万に満たないとの報告だった。ガイウス7世の苛烈な性格を考えれば一気呵成にエスカーディアに攻め寄せるだろう。このまま包囲を続けていれば、いずれロッソルに籠もった王国軍は東と西から挟み撃ちになる。そうならないように動くはずだ。早々にディアステネス上将の軍を破って東から来る帝国軍を迎え撃つ、それが王国軍の理想だろうが、易々とそんなことをさせるつもりはなかった。むしろ自軍だけでロッソルの王国軍を始末してしまうことも考えていた。ガストラニーブ上将が統一した指揮を執っていれば手こずるかもしれないが、おそらくゾルディウス王とドライゼール王太子がいろいろ口をはさんでいるだろう。指揮系統が統一されてない軍など見かけ倒しになる。アリサベル旅団の存在は小うるさいが主方向を見誤ってはなるまい。




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