第61話 ジェイミール制圧 1

 ジェイミールの正門は街の東側を通るストラーザ街道に面している。エンセンテの領都だけあって堂々とした門構えを持ち、扉も鉄で裏打ちした頑丈なものだった。門の両側には数個小隊が待機できる監視塔も付いている。代々のエンセンテ宗家はアンジエームの市門に匹敵する構えを作らせたが、僅かにその高さや幅をアンジエームの2つの市門より小さくしていた。それに正門は1つだけだった。王宮の格式を越えないよう王家に多少は遠慮したのだ。

 それでは周りの集落から様々なもの――特に農産物――を持ち込むのに不便なため北と南に小さな通用門を置いていた。通用門といっても幅が2ファル、高さが1.5ファルあって、荷馬車がそのまま通れるだけの大きさがあった。扉は、これも鉄で裏打ちし、夜間は頑丈な閂が掛けられる。通用門の側にも衛兵の詰め所があり、通常でも1個小隊の衛兵が常に詰めていた。

 占領当初は帝国軍もその例に倣って1個小隊を詰めさせていたが、アリサベル旅団がテルジエス平原の帝国拠点を次々に陥とし始めてからは詰め所は拡張され、詰めている衛兵は1個中隊に増強されていた。




 冬も終わりに近い時になっていた。


 その日、夜明けにはまだ1刻ほどある時刻に南の通用門に近づく一隊があった。レフが、気配の消し方と夜間行動の上手さを基準に兵を選抜した支隊だった。キェルラゲをはじめとする大きめの街を襲うときは夜襲になることが多く、そのための部隊があった方がいいとレフとイクルシーブ上級千人長が相談した結果だった。

 国軍からの兵が多かったが、少数領軍からの兵も加わっていた。特にベニティアーノ卿は旗下の領兵を何人か送り込んでいた。レフのすることを自分に報告する兵がいる事を望んだからだ。アンドレの部下も2人加わっていた。

 彼らはイクルシーブ上級千人長の許可を得て参加していた。支隊を編成することはアリサベル王女、イクルシーブ上級千人長、ベニティアーノ卿も承認したことだった。100人を少し越える兵が最初選抜されたが最終的には80人余になった。元の部隊に残ることを選択した兵も多かったからだ。支隊に組み入れられた兵にはその能力を助長するような、各人の魔力パターンに合わせた簡易魔器が渡された。その簡易魔器を身につけると身体能力が1割から5割向上した。僅かでも魔纏の能力を持っている兵の向上が目立った。簡易とは言ってもオーダーメイドに近かったからだ。結果、支隊の戦闘力は他の部隊をかなり凌駕するものになった。支隊に加わらないことを選択した兵は悔しがったが、レフは頼まれても支隊以外の兵に魔器を支給することはなかった。アリサベル王女やイクルシーブ上級千人長にも頼まれたが、“時間がない”――これは本当のことだった――と断っていた。ただし“時間ができたら”という言葉には一応は頷いたのだ。時間ができても、またジェシカの手伝いがあっても全員の分は到底無理で、限られた人間だけ、になるだろうが。


 の呼称は非公式だったが、そう呼んでも誰も違和感を持たなかった。


 支隊は通用門から50ファル離れて止まった。全員がしゃがみ込んで姿勢を低くし、闘気を抑える。


「ストダイック百人長」


 小さな声だったが、少し離れている最後尾の兵にも聞こえた。レフが聞かせたいと思う範囲までは小声でも届くのだ。レフに呼ばれて百人長が腰をかがめたまま小走りにレフの側に寄った。ストダイック百人長は国軍、それも海軍の出身だった。本人の意志と言うよりイクルシーブ上級千人長に言われてレフ支隊に加わった男だった。能力が高く指導力もあり、自分を監視する事を命じられていることが分かっていても、レフが支隊副長に任じた。その能力がレフの要求水準に達していれば、自分の監視を命じられていようがレフは気にしなかった。


「門を吹き飛ばす、門のすぐ内側に衛兵の詰め所があって1個中隊ほどが詰めている。できるだけ速やかに排除しろ。本隊は駆けつけたらそのまま街の制圧にかかるからな。こいつらの排除は我々レフ支隊の仕事だ」

「承知しました。しかし監視塔がありますが、みつかりませんか?」


 通用門の上に監視塔があって市門の外を見張っている。


「4人ほど詰めているが、魔法士はいない。どいつも私が近寄るのに気がつくほどの技倆は持ってない」


 ストダイック百人長がレフの側に来てから驚かされたことの一つだった。何十ファルも離れて、しかも遮蔽物があるのにレフの探索は実に正確だった。その上、いつもレフの側にいる赤毛の女、シエンヌ、の探知能力もそれに負けてなかった。


――戦う前にこれだけの情報を探知されているなら、最初から勝負は決まっているようなものだ。あらかじめ敵情がこれほど分かっていれば、圧倒的に有利に戦をやることができる――


 レフ支隊に配属されて、以前に所属していた部隊との魔法士の差に愕然とした事を想い出した。

 優秀な魔法士が軍には不可欠だといつも言われていたが、これほど戦の様相が変わってくるとは思ってなかった。こちらの目が見えているのに、敵の目が見えていない、まるでそんな戦をするような感じだった。


 レフがするすると門に近づいていった。一見無造作に見える接近だったが、監視塔にいる帝国兵は全く気づかなかった。注意力が逸れていることがレフには分かっていた。

 監視塔からは死角になる扉の下に、レフは7個の大型の魔器を置いた。爆裂の魔器だった。



 元の位置に戻ってきて、


「シエンヌ、本隊に連絡しろ。始めるぞ」


 シエンヌが頷いて本隊の魔法士と通心を始めたのを確認して、レフが魔器を起動させた。

 ドッドドンと派手な音を立てて7つの魔器が殆ど同時に爆発した。門扉は吹き飛ばされ、周囲の壁が崩れた。監視塔が支えきれなくて下に落ちていた。支隊が鬨の声を上げて一斉に駆け出した。


「行こう」


 全員が駆けていったのを確かめて、レフは歩き出した。シエンヌとアニエスが後ろに従う。今回はジェシカも一緒だった。3人に遅れないように付いてくる。


「ジェシカ、私達から離れるな」


 何度も念を押した。ジェシカはシエンヌ、アニエスに比べると戦闘力が低い。3人から離れて敵と相対すると危ない。

 吹き飛んだ市壁の欠片が詰め所を半分倒壊させていた。その中にいて不意を突かれた帝国兵は禄に抵抗もできず、たちまち圧倒されていった。

 ジェイミールは広い。5千の帝国兵がいたが市内各所に配置され、通用門を破ったレフ支隊のところへ直ぐに駆けつけられる兵は少なかった。何とか武装を整えた帝国軍兵士が北の通用門に集まってきた頃には、アリサベル旅団の本隊が破られた門からなだれ込んでいた。彼らは詰め所の制圧に係っているレフ支隊を横目に見ながらジェイミール市街へ攻め入った。門の制圧と確保はレフ支隊の役目と決まっていた。


 アリサベル旅団が現れてからテルジエス平原に派遣されていた帝国の警備兵も国軍並みの武装を支給されていたが、訓練は追いつかず、正規の国軍兵士と比べるとどうしても戦力的には劣った。アリサベル旅団の兵士達は旅団結成以来厳しい訓練を受け、元は領軍の兵士でも国軍兵士並みに鍛えられた兵が多かった。


 数は拮抗していても、半刻も経って周囲が明るくなる頃には戦いは一方的になっていた。






 

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