第57話 王宮攻防 2
北門で繰り広げられた光景も似たようなものだった。攻城櫓がないため投石機の狙いは攻城槌の三角屋根だけになり、橋を渡りきるまでに何発もの命中弾を浴びた。それでも何とか城門の側までたどり着いたが、スロープから落とされた石弾でたちまち無力化された。壊された三角屋根の下からわらわらと逃げ出した帝国兵をめがけて、城壁の上から王国兵が矢を射た。半数以上の帝国兵が戻りきれず橋上に倒れた。負傷して、それでも自陣の方へ這って逃げる兵士にわざととどめを刺さず、その兵士を助けに来た帝国兵を王国弓兵達が狙った。これが後に王宮が陥ちたあとの王国兵捕虜の虐待に繋がる。特に弓兵捕虜の扱いは酷いものだった。
北門を守っていた王国兵たちが陽気に勝ちどきを上げたとき、帝国側に妙なものが現れた。鉄の枠組みで補強した長い板を水平に対して上向きに20度ほどの角度を付けて固定し、4つの車輪を付けた簡易な攻城機だった。簡易攻城機は、帝国軍が密かに石をどけ凸凹を均して走りやすくした地面を猛スピードで――といっても人が駆け足をするくらいのスピードで――走り抜け、板を城壁の上に渡した。板は2人が並んで駆けることができるほどの幅があった。
勝ちどきを上げている城門から東に250ファル離れた地点だった。
「行けーっ!」
突撃を命じられた中隊が中隊長に率いられて鉄で補強された板を渡り始めた。
――しかし、
半分ほど板を渡ったところで城壁の上に現れた王国軍の弓兵の部隊を見て、彼らの顔に絶望が浮かんだ。速度を重視して盾を持っていなかった中隊は弓矢の良い的だった。あっという間に射すくめられ、次々に堀に落ちていった。堀を挟んで帝国の弓兵も盛んに射かけたが、城壁の鋸壁に身を隠した王国兵にはほとんど効果がなかった。
王国軍は帝国軍が地ならしをしているの気づいていたのだ。夜陰に紛れても、腕の良い魔法士が居ればこそこそ動いているのは探知される。何をしようとしているのか正確には分からなくても、何かしようとしているのは分かる。だから城門だけではなくそこにも兵を重点的に配置し、待ち構えていた。渡された板には油が掛けられ、火が付けられた。板が燃え落ちたあとには熱と重さでひん曲がった鉄の枠組みが残った。
「ふん、小細工など見破られたら惨めなものだな」
堀に浮く多数の帝国兵の死体を見ながら北門の王国守備隊の司令官が言った感想だった。
南門の帝国軍も手詰まりに見えた。
2基の攻城櫓のうち、西側の櫓から伸びた橋には石弾が当たり途中で折れた橋と一緒に何十人かの帝国兵が堀に落ちていった。
――だが、帝国軍が用意していた手段はまだあった。
戦場になっている王宮前広場からかなり離れて設置された観戦櫓の上で、
「そろそろ潮時ですかな?」
「そうね、
ディアステネス上将は側に控えていたファルコス上級魔法士長に合図をした。そしてファルコス上級魔法士長が下で待機していた魔法士に命令を下した。魔法士は帝国兵が忙しく動き回っている広場を突っ切って、できるだけ目立たぬように気をつけながら南の城門に繋がる橋の手前まで来た。広場は帝国軍が設置した盾や柵、屋根の付いた待機小屋などがあり、魔法士は上手くそれらを利用して動いた。橋の手前で盾に身を隠して、魔法士は懸命に城門付近の気配を探った。魔器で補強された彼の探査能力はディアステネス上将旗下の帝国軍でも指折りだった。
城門を入ったところにある広場には多数の王国兵が待機している。しかし彼にとっては幸いなことに、破城槌が壊れて王国兵の注意が余り橋には向かなくなっていた。魔法士は散乱する破城槌の破片や石弾に隠れて橋を渡り始めた。彼がひしゃげて壊れた三角屋根の下に潜り込んだことに王国兵は気づかなかった。
「やれ!」
迎門の設置に成功したことを知らされたディアステネス上将が短く命令した。帝国軍の陣内に設置された送門に、勢いを付けて直径半ファルほどの球形の石が送り込まれた。
ドンっという重厚な音が響いて、王宮の南門が吹き飛んだ。送り込まれた石も、鉄で裏打ちされた門も破片になって周囲に飛び散った。ドボンドボンと重い物が水に墜ちる音が続いた。もうもうと立ちこめる埃が落ち着くと、門を囲んでいた城壁も大きく崩れていた。門の中に待機していた多数の王国兵と、迎門を設置した帝国魔法士が犠牲になった。城門の外に曝されていた攻城槌の三角屋根が完全に形をなくすほどの爆発だったのだ。
「よし、門を破壊したぞ、突撃!」
ディアステネス上将の命令に破壊された門をめがけて帝国兵が突っ込んでいった。橋の上に散らばる破城槌の破片と崩れた城壁の残骸を乗り越え、待機していた帝国兵が王宮の中へなだれ込んだ。門の周辺を守っていた兵の多くが爆発で死傷した王国軍の抵抗は脆弱だった。あっという間に城門の内部に橋頭堡を築いた帝国軍はそこを起点に王宮内部に侵入し始めた。非常事態に慌てて集まってきた王国兵との間に死闘が始まった。もう後がない王国兵の抵抗は熾烈なものだった。多くの部隊が全滅するまで闘い、負傷して動けなくなって初めて手を上げた。そして戦争奴隷として役立たないほど傷が重いと見なされた兵達は降伏してもその場で殺された。
「どう?言ったとおりだったでしょう」
「そうですな、さすがにルファイエ家の姫、魔法のことをよく理解されている」
「転送先に何かあると、同一空間に同時に存在することができないので互いに排斥し合うのよ。結果ああいう風に弾きあうの」
しかし、本当のところ、この結果はドミティア皇女の予想を超える威力だったのだ。門が吹き飛ぶくらいは予想していた。しかし実際は門を設置していた城壁まで破壊されていた。迎門を設置した魔法士が爆発に巻き込まれたのは予想外だった。腕の良い魔法士で、できるだけ急いで待避しろと言ったのは、使い捨てにして良い魔法士ではなかったからだ。
「でもこれで、迎門の魔器を壊してしまったわね、あんな大きな石でなくてもよかったみたい。陛下に何か言われる前に迎門を新しく作っておかねばならないわね」
最早イフリキアの協力が得られないから、性能はかなり落ちると予想される。しかし、法陣図は残っている。仮にも魔法院の上級研究者達なのだからなんとか作ることはできるだろう。王宮内になだれ込んでいく帝国軍を見ながらドミティア皇女はそんなことを思っていた。
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