第57話 王宮攻防 1
「実は……」
ロドニウス上級魔法士長が投石機によって中断された話を続けた。全員の注目が自分に集まったことに満足して、もったいぶった調子で、
「アンジエームの街中に残した目と耳の報告に依れば、帝国軍はもう一つ手段を隠しております」
「ほう、なんだ?」
国王の問いに、
「市外に布陣して北門を抑えている部隊でも攻城槌を用意しているようです。我々から見えないところで組み立てております」
「ほう、すると南門をを主攻と見せかけて北門攻略に力を入れる訳か」
「多分そのつもりかと」
「ということは、攻城櫓もどこかに隠している可能性があるな」
「さすがにあの大きさのものを隠すのは……」
「いや、奇襲というのは有効なことが多い、そのつもりで用意しておけ」
「……、かしこまりました」
王の言葉に逆らうのは難しい。
「屋根付きの攻城槌ですか、矢が効かないわけですな」
「橋に照準を定めた投石機があります。たっぷりご馳走してやりましょう、幸い
ロドニウス上級魔法士長の話を聞いての、フォルテス下将とプロポフ上将の会話だった。
「それにしても帝国軍は随分焦っているような気がしますな」
「そうですな、帝国軍にもその程度では城壁を抜くには足りないことぐらいはわかっているでしょうに」
フォルテス下将の方が階級は下だがなんと言っても王宮親衛隊の司令、つまり常に王族の側にいる高級将校だった。プロポフ上将も言葉に気をつけながら話していた。
「思うに、アリサベル旅団などというイレギュラーの出現が影響しているのかもしれませんな」
プロポフ上将の言葉になぜかフォルテス下将が慌てたような顔をした。その様子に、
「えっ、何か?」
言いかけたプロポフ上将に、
「あれは陛下の命令を無視してドライゼール王太子殿下に付いていったのだ。いくら今テルジエス平原で評判を取っていると言っても、命令無視は許されて良いものではないぞ!」
レアード王子が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。彼にとって、妹が自分より軍事的才能に於いて勝っているなど、受け入れられることではなかった。それなのに聞こえてくるのは“捕虜を奪還した”、“街から帝国の警備隊を駆逐した”、“街から帝国の軍政官を追い出した”、“多くの帝国兵を捕虜にした”などというようなことばかりだった。レアード王子にとってはそんな言葉は彼と妹を比べる言葉に他ならなかった。そしてその比較には当然のように既に優劣が付いていた。これもレアード王子に我慢できることではなかった。
そんなレアード王子の感情をいつも王族の側近くにいるフォルテス下将は知っており、王宮内の王国軍の指揮を執る事に専念しているプロポフ上将は知らなかったのだ。
王も最初の内こそ残れという命令を無視して王宮外へ逃れたアリサベル王女に対して腹を立てていたが、負け続けの王国軍の中で唯一華々しく活躍しているアリサベル旅団を評価するようになっていた。王国兵、王国民の士気を保つためにはアリサベル旅団の戦果を強調するよりなかったのだ。
そして外部――平の兵士や平民――に対しては、最初からアリサベルにその役目を与えて王宮外に出したように思わせていた。もちろん周囲にいる高級士官達はその辺りの事情は知っていた。しかしこの場には王族の護衛に付いている親衛隊の平隊士もいる。彼らから漏れない様にフォルティスに言っておかねばな、と王は思っていた。
「レアード、それはもう決着の付いたことだ。アリサベルが王宮にいても大して役にもたたん。怪我の功名とは言え、王宮外に出てそれなりに仕事をしている。余はとがめようとは思わぬぞ」
「陛下、それでは秩序が!」
なおも言い募ろうとするレアード王子に、
「もう言うな!そのうちそちにも名誉を挽回する機会を与える。その時に見事に働いて見せよ」
レクドラムの敗戦は、表向きはルドメ上将の責任とされていた。しかし、あの場にいた王国軍の士官は、高級士官ほど誰が本当の責任者であるか知っていた。そのことがひそひそと王宮内でささやかれているのをレアード王子も感じていた。だからなおのこと、自分の失態を嘲笑うように評判を上げているアリサベル王女が気にくわなかった。
レアード王子は顔を真っ赤にして、拳に握った両手をプルプル震わせて口を噤んだ。
ごろん、ごろんという感じで攻城櫓が王宮前広場を渡って堀へ近づいていく。西側に1基、東側に1基だ。さらにまだかなり手前に三角形の屋根に保護された破城槌が待機していた。破城槌の方がかなり速く動けるため、攻城櫓が堀端に着く頃を見計らって王宮の南門の前に到達するようにタイミングを見計らっていた。
王宮の中から石弾が飛んでくる。王宮に備えられた投石機がフル稼働している。さらには弩弓からも盛んに大矢が飛んでくる。投石機は照準が甘い。ゆっくりでも動いている目標に当てるのは難しい。石弾が初めて攻城櫓を擦ったのは西側の攻城櫓が移動距離の半分を超えてからだった。石弾は攻城櫓の天辺を覆っている分厚い木の屋根の一部をそぎ落としただけだった。それに比べると弩弓は命中率がよかった。だが分厚い盾に阻まれて、盾の陰で懸命に矢倉を押している兵士達への攻撃はそれ程の効果を上げなかった。
東西の攻城櫓が予定移動距離の半分を過ぎたときに破城槌が動き出した。動き出した破城槌にも石弾が飛んできた。これも照準が甘く、橋にとりつくまでに1個当たったきりだった。しかし当たった石弾は三角屋根に穴を開け、その下で破城槌を押していた兵士2人を負傷させた。堀端にたどり着いた攻城櫓に帝国軍の兵士達がとりついて盛んに弓を撃ち出した。王宮の城壁の上の王国軍兵士と弓矢合戦が始まった。堀を渡るための橋は屋根と盾を並べた壁で弓矢から保護されていた。先端近くにはひときわ頑丈な盾が並べられその陰に帝国兵が待機していた。橋が堀を渡りきって城壁に接したとき待機していた帝国兵が飛び出した。たちまち待ち構えていた王国の弓兵の集中射を浴びて堀へ落下していった。そんなことを5~6度繰り返して、中にはうまく城壁の上に立った帝国兵もいたが分厚い王国兵の群れに飲み込まれて橋頭堡を築くことはできなかった。攻城櫓がとりついたところに集まった王国兵をめがけて櫓の上や堀の手前からの弓矢による攻撃が集中した。王国兵も盛んに弓矢で応酬しどちらも大きく動くことはできなくなった。
三角屋根の攻城槌は橋にかかって、そのまま橋を進み始めた。城門近くに配置してある投石機が攻城槌をめがけて石弾を撃ち始めた。あらかじめ橋上に照準してある投石機の命中率が上がり、城門に着くまでに4発の石弾が三角屋根に穴を開けた。
三角屋根の下に先端に尖らせた鉄をかぶせた槌が吊ってある。城門の直ぐ手前まで進出した三角屋根の下で帝国兵がその槌を大きく引いて手を離すと城門にぶつかる。ドシンと重い音がして槌が城門にぶつかった。帝国兵が再度槌を引こうとしたときに城門の上から幾つもの石弾が降ってきた。王国軍は城門の上に幾つものスロープを作り石弾を転がして落としてきたのだ。投石機のような高度は取れない代わりに、直ぐ下にある三角屋根に落とすだけだから、落とした石弾の殆どが屋根に命中した。ドサドサという感じで落ちてきた石弾に屋根が潰され、攻城槌を吊っていた梁が落ちた。攻城槌はあっという間に無力化された。
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