第56話 皇女と将軍 PartⅢ 2

「ドライゼール王太子は第3軍を引き連れてくるようですな」

「第3軍全部を?」

「それに自分がアンジエームから連れ出した1万を足して王太子軍は計4万といったところですか」

「領軍は勘定に入れなくて良いの?」

「アンジエームに近いところに領を持つ貴族は出してくるかもしれませんな。しかし先の攻防戦にも結構な数を出していましたし、残りは余り多くはないでしょう。かき集めても一領一領からの人数は多くはないでしょうし、それが集まっても烏合の衆を多少とも越えていれば上出来でしょう」

「でも多少は期待できるわけだわ。それに王宮に籠もっている人数を加えると帝国軍われわれを越えると計算しているのね」

「まあ、統一した指揮の下で動くことができれば、ですな。そうでなければ各個撃破の対象でしかありませんな」

「お手並み拝見ってところね。でもルルギアの方はいいのかしら?あっちから帝国軍われわれが侵入しても王国は終わりだわね」

「デルーシャ、レドランドからの援軍を加えれば、第3軍3万を全部西に持ってきても人数は変わりませんからな。何とか持ちこたえられると考えているのでしょうな」


 ドミティア皇女は首をかしげて見せた。


「量は同じでも、質は?」

「今までは第3軍のガストラニーブ上将が指揮を執ってましたな。ディセンティアもアルマニウスも軍制の上では上席になる上将に従っていましたが、彼がいなくなるとどうなりますことやら。ディセンティア、アルマニウス、デルーシャ、レドランド、一体何処が主導権を取ることか、当然ひと揉めありますな。格から言えば王国の臣でしかないディセンティア、アルマニウスよりデルーシャ、レドランドの方が上ですが、新参で、しかも規模としては自分たちと変わらぬその2国に王国の大貴族が従いますかな。その上、ディセンティアとアルマニウス、レドランドとデルーシャの間でも主導権争いが起こるでしょうからな。ガストラニーブ上将がまとめていたときよりも脆いとおもいますな。一応こちらでドライゼール王太子軍を迎え撃つのとタイミングを合わせてルルギア攻撃を強めるように進言するつもりですが」


 ルルギア攻防に残されるのは、人数は多くても寄せ集めでしかない軍になる。指揮系統さえ一本化されないかもしれない。合同で演習する余裕さえないだろう。王国が生き延びるには王宮を見捨てて残存兵力をまとめて強力な指導力の下で戦うしかないと上将は思っていた。まあ、王国軍てきが自分から兵力を分散してくれるなら大歓迎だ。


「うまくいけばそれで締めくくりの戦になるかもしれないというわけ?」

「そうですな、根幹の王国軍が雨散霧消すればアリサベル旅団など問題ではなくなるかもしれませんからな。そうすれば殿下のご所望になられた新しい魔法とやらも手に入るかもしれませんな」


 軍そのものがなくなれば支隊など勝手に立ち枯れるだろう。


「期待しているわ」


 だからそれまでは軽い神輿でいてあげると言う言葉は飲み込んだ。





 王宮前広場には帝国軍の野戦陣地が構築されていた。広い堀の手前には大人の身長の倍はある防壁が作られていた。もちろん、向かいの王宮の城壁に比べると低いし、いかにも急いで作りましたという見かけは粗末だったが、防壁に隠れて動くことができ、城壁からの矢を防ぐこともできた。広場で組み立てた3台の投石機が一定の間隔を置いて、昼も夜も人の頭より大きな石を王宮に撃ち込んでいた。投石機の照準は正確ではなく、王宮の敷地内のどこかに落ちれば良いという感覚で大きさも不揃いの石が撃ち込まれた。

 照準のいい加減さは却って王宮内に逼塞している人々の神経を逆なでし、幾層もの屋根の下に生活の場を移すことを強要した。撃ち込まれた石は王宮を徐々に破壊していき、いくつかの塔は折れ、建物の壁や屋根に開いた穴が嫌でも目に付くようになってきていた。城壁に命中した石は壮麗だった城壁のあちらこちらに穴を開け、鋸壁の一部を破壊していた。


 帝国軍は王宮の南、アンジエームの街に面した方を主攻に選んでいた。北の壁は直接街の外に面している所為で南側に比べると無骨で高い。帝国軍は北門の抑えに1個師団を配置し、残りの5個師団を南門に通じる王宮前広場に集めていた。


 投石機や弩弓による攻撃はハラスメントだったが、補給に成功し、王宮を陥落させることを決めたディアステネス上将は王宮前広場の端で攻城塔を作らせていた。王宮の城壁よりも高く櫓を組み櫓の上から堀を越えて橋を渡す構造だった。堀は15ファルの幅を持っているため橋は20ファルの長さを持ち、バランスを取るため反対側に同じくらに長さの木が突き出ていた。王宮から邪魔されないように離れた場所で組み立てられた攻城櫓は4つの無骨な車輪で前後に動くようになっていた。西に1基、東に1基、徐々に形を成していく攻城櫓を王宮内の人々は不安の目で見ていた。だからと言って門を開けて橋を渡って、攻城櫓を潰そうという攻撃に出なかったのは、そんなことをしても成功の目は薄いと考えていたからだ。結局やきもきしながら徐々に組み立てられていく攻城櫓を見ているしかなかった。

 ディアステネス上将はさらにもう1つ、攻城用の兵器を作らせていた。巨大な三角形の屋根だけの建物のように見えるそれは、屋根に覆われた空間に破城槌をぶら下げ、門のすぐ側まで運んで門をぶち破るための兵器だった。南門に続く橋を渡らせるために橋の幅より小さく、四隅に無骨な車輪が着いており、攻城塔より速くなめらかに動けるように作られていた。



「ふむ。攻城櫓が2基に破城槌が1基か、どうやら本気で王宮を陥としにかかるようだな」

「御意」

「兵糧攻めにして、最後はガイウス7世にでも花を持たせるつもりかと思っていたが……」

「そのほうがディアステネス上将としても気が休まるでしょうが……」


 ゾルディウス2世がいるのは壊され残った塔の一つだった。レアード王子、第2軍司令官のプロポフ上将、親衛隊司令官のフォルティス下将それにロドニウス上級魔法士長が一緒だった。そしてゾルディウス2世の相手をしているのは主にフォルティス下将だった。


「あの程度の攻城櫓や破城槌で王宮を陥とせる訳がない」


 レアード王子の言葉は必ずしも強がりではなかった。城門は分厚い鉄で補強されていて、破城槌を持ってきても破壊できるかどうか疑わしかった。攻城櫓にしても、堀の上に橋を渡して王宮内に短時間で多数の兵を送り込むには橋は余りに狭い。橋を盾や屋根で覆って矢を防ぐ工夫はしてあるが、渡ってくるのが少人数なら片端から殲滅してしまえば済むことだ。


「もう少しして海が荒れなくなればドライゼール殿下が第3軍をまとめて西進してこられます。そうすれば帝国軍てきは王宮に立て籠もった我々と第3軍で挟み撃ちになりますから、そうなる前に決着を付けようとしていると思われます」


 そう言ったのはロドニウス上級魔法士長だった。


 ダンッと音がして、帝国軍陣地に設置してある投石機の1基が石弾を投射した。王国軍の要人達を警護している部隊は一瞬体を硬くして石の軌跡を追ったが、直ぐにこちらへと飛んでこないことを見越して力を抜いた。

 石は国王達がいる塔を遙かに飛び越して、元は王妃達とその世話をする侍女達が住んでいた建物をかすめて地面に落ちた。その建物の屋根にはいくつか穴が開いており、王妃達はとっくにもっと下の、地下に近いところへ移っていた。住み心地が悪くなり、その不満が召使いや警備の兵にぶつけられていたが、そこまで石弾が飛んでくることはなかった。


「ふん、飽きもせずに撃ってくるわ」


 レアード王子が如何にも馬鹿にしたように言った。


 何処に落ちるか分からない石は、気には触るがそれによる人的被害はもう殆どない。王宮に閉じ込められていらいらしている高位貴族をさらにいらつかせるくらいが関の山だった。





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