第51話 追跡2

――だがどこからそんな魔法士を持ってきたのだ?――


 腕利きの魔法士は王国でも帝国でも貴重だ。だから普通なら国軍か、親衛隊――帝国なら近衛――に属しているはずだ。何か特殊な事情がなければ領軍などにくすぶっているはずがない。

 アンジエームから抜け出した?いや考えにくい。王宮に籠もっている国軍が腕利きの魔法士を手放すはずがない。東に展開している王国第3軍からの応援?これも考えにくい。第3軍だってそんな魔法士なら抱えておきたいはずだ。ましてファルコス上級魔法士長に匹敵するような有能な魔法士だ、軍の中枢にいるに決まっている。魔法士の情報収拾、情勢分析に全軍の運命が掛かることもあるのだ。だから軍中枢から外されるはずがない。

 ディアステネス上将は頭を振った。いくら考えても合理的な説明が付かない。だが、これ以降はテルジエス平原に腕利きの魔法士を抱えた王国軍がいることを前提に作戦を立てなければならない。


――厄介だな――


 ただ、軍そのものは領軍レベルだっただろう。王国の国軍はアンジエームと東のルルギアにいて、こんな所に展開させるような余裕は与えてない。王国の東側に配置している“目”や“耳”も王国軍の大規模な移動など報せてきていない。大隊、連隊規模の大きな軍の動きが、潜り込ませている密偵の眼を誤魔化せるはずはなかった。

 だから捕虜を奪還されたのは痛かった。イクルシーブと言うあの海軍士官の、殿軍として王国軍主力の脱出を援護したあの指揮は見事だった。その部下も精強だった。その部隊が優秀な魔法士を抱える領軍に合流した。格段に強化されたとみて良い。だがそれでも戦力はたかだか半個師団だろう。真正面からぶつかれば量で圧倒できる、質でも匹敵しているから負けはしない。


――とにかく補給をきちんと済まして、王宮への攻勢を強めるべきだ。以前に考えていたように陛下にお出まし戴くのは、こんな王国兵がいるようなテルジエス平原の情勢を考えたら、保留だ――


 帝国軍2個師は無事にレクドラムにたどり着いた。ちらちらとファルコス上級魔法士長の探査を刺激していた魔法士の気配も、レクドラムに着く3日前からは感じなくなっていた。レクドラムには3泊した。出来るだけ早くアンジエームへ引き返したかったが、大量の補給物資を確認、整理し輸送手段を確保するのに時間がかかった。前回の補給部隊はきちんと規格の揃った補給用馬車を使っていたが、それが全部失われた所為でレクドラム中から徴発した荷馬車を使わざるを得なかったのだ。大きさも整備状況も不揃いの荷馬車は行軍の足を遅らせることが予想された。

 前回の補給部隊より遙かに強い護衛に守られて、先日補給隊が襲われた場所を恐る恐る通り過ぎ、その日の野営地と予定している所に後もう少しというときに、先頭の補給用馬車の車輪が街道にめり込んだ。街道の片側に落とし穴がほってあった。轍に沿って、かなりの重量が掛かれば落ちるように作られた落とし穴だった。片側の車輪だけが落ちた荷馬車はその重量もあり、前輪の車軸が折れてしまった。

 帝国軍に緊張が奔った。特にレクドラムにたどり着いていた、第三師団第一連隊に属していた兵達の緊張は強かった。以前の爆裂魔器による襲撃を想い出したのだ。


「騒ぐな、その場で待機しろ。周囲に気を配れ」


 魔法士を通じてディアステネス上将の命令が全軍に伝えられた。断固とした命令は兵を落ち着かせる。

 帝国軍が厳重に警戒体勢を取った中で、使えなくなった荷馬車から荷を積み替えた。魔法士全員が探査にかりだされ、騎兵が周囲を偵察したりしているうちに暗くなってしまった。結局その夜は天幕も張ることなく、その場で帝国軍全体が僅かな仮眠を交替で取っただけで朝を迎えた。


「襲っては来なかったか」

「はい」


 ディアステネス上将のつぶやきに眼の下に隈を作ったファルコス上級魔法士長が答えた。


「おそらく最初から嫌がらせのつもりだけだったと思われます」

「どうしてそう思う?」

「2里ほど西に、おそらく数十人がしばらく居たという痕跡を認めました」

「ほう」

「出来るだけ痕跡を隠そうとはしてありましたが、踏みつけられた草や、ほじくり返された小石が有りました」

「行ってみたのか?」

「はい。配下の魔法士がおかしいというので行って、見て参りました。確かにその者が言うとおりで、そこに数十人が恐らくは夜営したと思われる痕跡でした」

「数十人なのか?」

「はい、広さから見て50人は超えないものと」


 もうかなり高齢になったファルコス上級魔法士長が夜中にそんなことをしていたのなら、眼の下の隈も理解できる。


「その人数では襲ってくることもないな」

「最初から嫌がらせと割り切った遣り方だと思われます」

「だがおかげで我々は寝不足のまま、今日の行軍だ」

「これだけで終わるとは思えません。まだ何か仕掛けてくるでしょう」

「そうだな」


 しかしその日中はとくにレフ達からのちょっかいはなかった。帝国軍は歩度を早めて、予定していた野営地に陽のある内に着いて夜営を始めた。

その真夜中、帝国軍は突如起こった大音量の爆発にたたき起こされた。帝国軍の野営地を囲むように次々に爆発が続いた。


「慌てるな、武器を構えて周囲を警戒しろ。不用意に動くな!」


 帝国軍は身を起こして武器を構え、敵の来襲に備えたが、それ以上のことは起きず、朝を迎えた。

 レフが野営地を想定して、その周囲に時限式の爆発の魔器を仕掛けておいた物だった。音は大きいが爆発の威力はそれ程でもなく、起動してから一定時間後に勝手に爆発するようになっていた。それでも運悪く魔器の側で野営しようとしていた兵が何人か負傷した。爆発の威力より爆発音の大きさを優先したのは、帝国軍全体に襲撃されているということを知らしめるためだった。帝国軍が慌てて動くようなら混乱を助長し、荷馬車の数台でも奪えればと思っていた。


「嫌がらせか」


 自分も充分には眠れずにディアステネス上将が赤い眼をしてファルコス上級魔法士長に言った。ファルコス上級魔法士長は爆発の有った地点で回収してきた魔器の欠片を上将に見せた。


「昨日の仕掛けかと思います。僅かに魔導銀線が残っているのが分かります」

「魔道具ではなく、魔器だな」

「はい」

「全く神経に障る。主戦場では全く使わなかったくせに今頃、こんなところで使うとは」

「やはり、閣下のおっしゃるようにこの魔器を使う王国軍は主流ではないのでしょう。私に匹敵するかもしれない魔法士も主流ではなく、今まで冷遇されていたと考えればつじつまは合います」

「そうだな。だがこの2日ちょっかいをかけてきているが、我々の実質的な損害はないぞ、王国軍やつらは何を考えているんだ?」

「我々はこの2日ろくに寝ていません。兵達の注意力が散漫になっています」


 ファルコス上級魔法士長に何か考えがあるようだった。ディアステネス上将は口を挟まず、先を言うように促した。


「おそらく王国軍の狙いは閣下でしょう。先の連隊が襲撃されたときも先ず司令部が壊滅させられました。同じ事を狙っているのではと考えます」

「同じ事……」

「兵達が寝不足で草臥れて、集中力が続かなくなったとき、何らかの方法で閣下を狙う。うまくいけばこの2個師団を殲滅する以上の戦果になります」

「理には適っているな。しかし2個師団を相手にするには王国軍やつらの数は少なすぎると思うが」

「2個師団を相手にする必要はありません。先の連隊のときの王国軍の攻撃を想いだしてください。兵や、下級士官は放って置いて、司令部要員のみを先に攻撃しています」


 上将が頷いた。


「王国軍がどんな手段を持っているか分かりません。しかし、閣下が特定できるような行動を取るべきではないこと、それに司令部要員を1カ所に集めるのは避けるべきかと考えます」

「そうだな、分かった。ネクフィストロにも十分に言っておかなければならんな」


 一般兵の軍装をするように命令された高級士官達は不満たらたらだったのだ。





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