第50話 旅団の会合
夕方に会合を持つのが恒例だった。情報交換と方針の確認が主だったが、出てくるのはアリサベル王女、コスタ・ベニティアーノ、アンドレ・カジェッロ、レフ、それにネフィクス・イクルシーブが加わった。
レフがその情報を恒例の会合で披露したのはその力を見せつけた日の夕方だった。
「帝国軍は今度は2個師団を派遣して、レクドラムから補給物資を持ってくるつもりらしい」
勿論、ザラバティーからの情報だった。
「2個師団?」
コスタ・ベニティアーノが聞き返した。
「そうだ。もうすぐ冬だからな。何が何でも兵站の心配をなくしたいようだ」
「だが、2個師団とは……、アンジエーム王宮攻撃の手を緩めるつもりなのか」
「王宮は陥とせてないが、王国軍は言わば自分から王宮に逼塞している様なものだからな。門と橋を抑える人数が居れば王国軍の反撃は心配ない。それに4個師も残していれば、王国軍がのこのこ王宮から出てくれば十分にたたけるだろう?」
「陛下と、レアード殿下は出てこないと思うわ。4個師でも王宮に残っている戦力より大きいもの」
「どこかで思い切ったことをやらないとじり貧なんだがな。いくら王宮でもいつまでも物資、特に食料があるわけではあるまいに」
レフの批判めいた言葉にイクルシーブが苦い顔をした。彼の思いも同じだったからだ。王国海軍の高級将校として王宮にどの程度の備蓄があるか知っていた。冬を越すくらいは大丈夫だろうが、包囲が1年を超えると怪しくなるだろう。特に王宮に籠もっているのは王族や、高位貴族が多い。その家族も含めると口の奢っている人間ばかりだ。今でも節約などと言うことは考えていまい。
「東からの援軍と海軍に期待しておられるのだと思うわ」
アリサベル王女はいつの間にか、レフの遠慮のない言い方に慣れていた。
「援軍か、どれくらい期待できるものかな?まあ、それはさておき、レクドラムへ行く2個師の指揮を、
「ディアステネス上将が?」
今度はイクルシーブが訊いてきた。
「ああ、そうらしい。それで既に昨日アンジエームを出発したと言うことだ」
「また、襲うのか?」
アンドレの質問に、
「まさか」
レフが直入に答えた。
「いくら何でも2個師相手じゃ戦力に差がありすぎる」
「そうだろうな」
コスタ・ベニティアーノ、ネフィクス・イクルシーブが揃って頷いた。
「ただ、2個師の帝国軍というのを一度視ておきたい」
行軍の様子を見れば練度や士気が分かる。帝国軍テルジエス方面軍司令官で敵国の都を攻めることを託された男に率いられた軍だ、おそらく帝国軍の最精鋭と言っていいだろう。
「と言うことで、タイミングを合わせてまた偵察に行くつもりだ」
レフがぐるりと出席者を見回した。出席者がどんな反応をするか見ている。
「俺も行くぞ」
最初に手を挙げたのはアンドレだった。続いてイクルシーブが、
「私もだ、前回は助けられたが、今回は積極的に動きたい」
総司令官格の士官がこんなことに付いていくなど普通ならないことだ。しかしイクルシーブとしては実際にレフ達が動いている所を見ておきたかった。レフは一瞬、不審そうな顔をしたが直ぐに肯った。
「ベニティアーノからは前回同様、ラザキェルを出す。だが今回はラザキェルに2~3人付けてもいいか」
「偵察だけだぞ、それでも良ければ構わないが、きちんと動ける者を出してくれ」
レフに付いて動ける者を、と言う意味だ。
「ああ、承知した。そうさせて貰う」
「それなら俺も1人連れて行く」
「私も2~3人連れて行って構わないか?」
アンドレとイクルシーブも部下を連れて行くことを表明した。
「いいだろう、殿下の所はどうするつもりだ?」
「前回と同じね、ルビオを連れて行って頂戴」
「了解」
「帝国軍の出発が昨日だ。長々と監視するつもりはない。ロゼリア街道のレクドラム寄りで見付ければいいとして、我々の出発は明後日だな。それまでに人選をしておいてくれ」
その言葉でその日の会合は終了した。
「アンドレ・カジェッロ殿、ちょっといいだろうか?」
会合に使われた天幕を出て、イクルシーブ上級千人長はアンドレ・カジェッロを呼び止めた。
「なにか?」
立ち止まって振り返ったアンドレに、
「いや、少し話を聞きたいのだが、私の天幕までご足労願えないか」
どんな話なのかという疑問が一瞬浮かんだが、アンドレはすぐに了承した。
自分に割り当てられた天幕に帰って、イクルシーブはまず灯りを入れ、副官に茶の用意を命じた。
「まあ、坐ってくれ」
先にアンドレに椅子を勧めて、机を挟んでアンドレと対面に坐った。茶を持ってきた副官が天幕を出るのを待って、
「貴公に少し聞きたいことがあるのだが、」
そこで一旦口を閉ざして、机の上で組んだ指を動かした。考えているときの癖だった。
「レフ・ジンのことだ。貴公がこの中で彼と一番長いつきあいだと聞いたので」
やはりレフのことかとアンドレはちょっと口をほころばせた。
「まあ、この中では一番長いでしょうな。王国軍がレクドラムに出撃するときに、傭兵として補給隊に所属していたときからの付き合いですから。ただ、個人的にそれほど親しいわけではありませんよ」
「そうか、貴君の考えでいいのだが、彼はいったい何を望んでいるのだ?」
「なにを、とは?」
「彼は帝国軍を相手にかなり容赦のない戦をしている。だが彼は王国人ではない。王国人であれば国を救おう、あるいは手柄を立てて出世しようなどと戦う理由がある。しかし、彼に帝国と戦うどんな理由があるのか、私にはよく分からない。王女殿下に取り入ろうとしている様子もない。あれだけの力を持った人間の行動が分からないというのはどうにも落ち着かない」
「ルビオと話したことがあります。王女殿下もあなたと同じ疑問を持たれているそうです」
「そうだろうな」
「あの魔法、これまで知られていない、攻撃魔法です。王国の魔法士が使ったことがあるなどと聞いたことがありません。そもそも魔法自体を攻撃に使うという発想がなかったと言っていい。だから、王女殿下はレフの使う魔法も帝国の魔法ではないかとお考えのようですよ。今回の戦で帝国は王国の知らない魔法を使ってますからね」
「確かに帝国はこれまでにない魔法を使っている。だが、レフの使ったような魔法で攻撃はされてない。帝国の魔法なら、これまでの戦で帝国が使ってもおかしくないのではないか。そうなればもっと簡単にアンジエームは陥ちただろうがな」
「そうですね、ルビオの話だと、レフは帝国のかなり上位の貴族の出ではないかと王女殿下はお考えのようです。主流ではなく、ガイウス7世から疎まれている立場ではないかと。だから、帝国から逃げ出して、帝国の使わない魔法を使って帝国に抵抗しているのではないかと」
「結局そういう話になるのだな、私も考えてみたが、似たような結論になった」
「多分、我々と全面的に利害が一致するなどと言うことはないでしょう。しかし帝国に敵対している、そして、その立場から簡単には転じられないと思われます。少なくとも当面は一緒にやれるのではないですかね」
イクルシーブ上級千人長は思いがけない運命の転変から3000人近い兵の指揮を執ることになった。彼のキャリアから見て、それは上手くやるだろう。だが、彼にとって、いや誰にとってもだが、とアンドレは思い返した。帰趨のはっきりしない大きな力が側にある。今のところは敵ではないがどこまで信用できるものか判断できない。だから、アンドレの話を聞きたがったのだ。参考にするためではなく、自分を納得させるために。
だが、とアンドレは思う。
――あいつは一旦味方した人間には滅多なことでは敵対しない。いやこちらから裏切るようなことをしなければ義理堅く味方してくれる、と思う。確証のある話ではないが――
話に頷くイクルシーブ上級千人長を見ながら、アンドレは冷めてしまった茶を飲んだ。
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