第49話 アリサベル旅団の編成

 3個大隊規模――3000人――に増えた王国軍が先ずやったことは、その3000人を有機的に動かす訓練だった。3000人は雑多な軍の集合だった。一番多いのはイクルシーブ上級千人長の元で戦っていた海兵が1500人、国軍――陸軍――が500人、領軍が、ベニティアーノ、カジェッロの200人余、そして王国の東側の領から動員されて港の防衛に回されていた兵達が800人だった。港にいた領軍兵は主に海に面した所に領を持つ貴族の出した兵で、陸戦よりも海戦を得意としていた。尤も海戦とは言っても主戦場は敵の艦船フネに乗り込んで、あるいは敵がこちらの艦船に乗り込んできての、揺れて足場の悪い、狭い甲板上での肉弾戦だった。槍は短槍になるし、剣は刺突に特化したものになるがやっていることは陸軍とそう変わらないと言えた。


 彼らが取り残されたのは、連絡の手際の悪さの所為だった。王宮から港の海軍基地に身を移したドライゼール王太子が、海軍基地内の王国軍間の風通しに気を配らなかったことによる。門を破られたとき、王太子が一番重視したのが自分の子飼いの兵の保全だった。彼らをさっさと撤退用の艦船に乗せ、その乗船が完了したときに、まだ空に近い艦船まで出港命令を出した。領軍がアンジエーム港まで乗ってきた艦船も、領軍を乗せ終わるまで待つことは許さなかった。基地内に攻め込んできた帝国軍と懸命に闘っていた部隊ほど、撤退命令を受け取ることができず、結局取り残されて捕虜になったのだった。


 問題はこの3000人が統一した指揮の元で動いたことがないことだった。3000人の指揮を誰が執るか、悩む必要はなかった。そもそもそんな経験を持っているのはイクルシーブ上級千人長だけだった。コスタ・ベニティアーノは国軍で上級百人長まで行ったが、千人長に上がる前にベニティアーノの領主になるため退役している。例え千人長になっていたとしても今は現役ではないし、海軍兵の扱いに慣れていなかった。だから、イクルシーブ上級千人長に任せることに異議を唱えなかった。

 イクルシーブ上級千人長は有能な指揮官だった。王国軍を2つの大隊に分けた。それぞれ海兵750人に陸軍250人の編成とした。残りの領軍を纏めて1個大隊としたが、ベニティアーノ、カジェッロ以外の領兵は戦力として大きくは期待していなかった。アンドレ・カジェッロとラザキェル百人長を上級百人長待遇として、先ず領軍を纏めることを指示した。


 根拠地にほど近い草原で演習を繰り返して、魔法士の通心により3個大隊を10

日もすると自在に動かすように――領軍の大隊はベニティアーノ、カジェッロ領軍を除き多少動きが悪かったが――なった。


 イクルシーブ上級千人長に分からなかったのは、レフ達をどう扱って良いかだった。どう見ても味方の中で最も有力な戦力だった。その攻撃方法が特異であることも迷いの材料だった。大隊の中に組み込むわけにも行かなかった。彼らだけを独立で動かすには余りにその力を知らなかった。


「貴公らの力を知らなくては私には作戦の立てようがないし、指揮できない」


 そう言うイクルシーブ上級千人長に、レフが頷いた。


 もう一度熱弾を全軍の前で披露することになった。今回用意されたのは帝国仕様の歩兵用鎧だった。10個の鎧を並べて、アニエスは50ファルの距離を置いて次々に1/8弾で撃ち抜いていった。鎧の胸を覆っている金属に熱弾が当たる度にカーンという乾いた音がして、次々に鎧がはね飛ばされた。見ていた兵達のざわめきがぴたりと止んだ。1発1発の間に多少の時間はあったが、全ての鎧の胸に開いた弾痕は、見ている兵達の息を飲ませるに十分だった。イクルシーブ上級千人長が、はね飛ばされて転がっている鎧のところまで歩いて行って手に取った。周囲が焦げた穴は直径2デファルほどだったが、どれも正確に心臓の部分に開いていた。鎧に開いた穴に通した人差し指を曲げながら、


「見事なものだな。あの距離で1発も外さないのか?」

「まあ、そうだな」


 アニエスではなく、レフが答えた。


「どのくらいの距離まで当てられるのだ?」

「それは……、機密事項だな。教えられない」

「ふむ、今は50ファルだが、100ファルならどうなんだ。同じくらい正確に撃ち抜けるのか?」

「昼間ならな」

「そうか」


――100ファルであの威力を出せるのか。とんでもないな。この攻撃に対しては鎧は意味を持たないのか。しかしこの男は他人を本当には信用していない。多分ずっとこの調子で、彼が信用するのは身内、つまり赤い髪と黒い髪の女だけだろう。薄茶色の髪の女は元は帝国軍魔法士だそうだが、我々よりレフの信用を得ているように見える。それでも身内扱いにはなっていないだろう――


「もう一つ、私のやれることを見せておこう」


 今度は10個の鎧で径5ファルほどの輪を作って、その中心に爆裂の魔器を置いた。


「20ファルは離れろ。鉄製の盾を並べてその後ろに伏せろ」


 レフにそう言われても、特に士官達は地面に伏せることを躊躇った。意気の上がらない姿勢だったからだ。しかし、イクルシーブ上級千人長が率先してレフの指示に従うと、士官達もしぶしぶそれに習った。

 大きな音と、強烈な光とともに飛び散った魔器の破片は鎧をズタズタにした。作動させる前に見物している兵を20ファルも離れさせ、その上鉄製の盾を並べた後ろに避難させた理由がよく分かる威力だった。鎧に当たらずに抜けてきた破片が盾に当たってカンカンとやかましい音を立てた。上体を起こしたまま見ている兵がいたら負傷したであろう事が誰にも想像できた。


「こいつは、護送隊を襲ったときに使った武器だな。こんな風に働くのか」


――あのときは遠くてよく分からなかった。捕虜達の位置からは大きな音が聞こえ、一瞬眩しい光が見えただけだった。僅かな人数に襲撃されただけで逃げ出した帝国兵を、だらしないと蔑む気持ちがあった。だがこんな物が次々と隊列の中で爆発し、その上遠くから将校と魔法士を狙い撃ちされる。その場にいることに耐えられなくなった気持ちが分かる気がした。事実、手枷を外されて解放された我々が見たのは刃物傷とは違う、酷い裂傷と火傷を負った帝国軍兵士だった。とどめを刺したがそれはむしろ慈悲だったかもしれない――


「こんなことが私達には出来る。役に立つのではないかな」


――しれっとした顔でこんなことを言う。今はこいつらだけの魔法だが、こんなものが広まったら戦が変わる。特にアニエスのあの熱弾は誰でも使えるって訳にはいかないだろうが、レフがやって見せた爆裂魔器は魔器さえ作れれば誰でも出来るのではないだろうか――


 周りで見ていた兵達が気味悪そうな視線を3人に当てている。取りあえずは敵でなくて良かったという思いだろう。だが大きすぎる力を持つ人間というのは、本当に信頼している人間以外にはいずれ疎まれるものだ。こいつらは強い。強すぎると言っていい。だが余りに少ない。どれほどの力を持っていてもたった3人では力の行使できる範囲が狭すぎる。レフという男が何を、何処を目指しているのか知らないが、こいつらだけではいずれ息切れするのが見える。




 イクルシーブ上級千人長は3個大隊、3000の兵を指揮するようになり、それまで知られていなかった攻撃魔法を使うレフ達の力も利用できるようになった。それは王国と帝国の戦争に新しい要素を付け加えることになった。


 後に“アリサベル旅団”と呼ばれることになる、王国軍支隊の誕生である。


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