第47話 帝国軍本営にて

「なんてことだ……」


 ディアステネス上将はドスンと疲れたようにソファに座り込んだ。上将の前にファルコス上級魔法士長が畏まって立っていた。司令部の要員達が2人の会話に聞き耳を立てている。


「何故、報告が遅れた?今の話は昨日のことだろう」

「はっ、百人長、十人長のみならず、魔法士も重点的に狙われたようです。この報告を上げた魔法士は何とか逃げることができましたが、すぐにレクドラムに繋ぐには魔力が足りず、騎兵の後ろに乗せて貰ってやっと今日レクドラムに繋がる距離まで来たようです」


 魔法士の能力は資質で決まる。いくら魔器で補助してもそもそも魔力の少ない者は遠距離の通心は出来ない。皆が皆、魔器の補助付きであればアンジエームとレクドラムを繋いで通心出来るファルコス上級魔法士長並ではない。


「そうか。で、帝国軍みかたは今、てんでばらばらにレクドラム目指して逃げているわけだな。しかし隊列を組んで行軍していたらいきなり列の中で爆発が起こった?それも次々に。それで怖じ気づいて浮き足立ったのか」

「この報告によるとその通りです」

「敵の軍に襲われたわけではないのか」

「敵と直接交戦したという話はないそうです」

「捕虜は?」

「この魔法士は捕虜のことについては知っておりません。ただ味方は混乱の中で逃げ出したのでおそらくそのまま放置されたものと思われます」

「つまり、王国軍に合流したわけだ」

「はっ、何しろ命令を出す士官がほとんどいなかったようで、捕虜のことなど気遣う余裕もなかったと思われます」


 あたまがなくなったときの帝国軍のもろさについては覚えがあった。帝国軍のみならず、ガイウス大帝の流れを引く軍の全てに言えることだが、命令系統を攪乱されるととたんに動きが悪くなる。命令されれば実直に命令を守るが、命令無しで、自分で判断して動くことは苦手だ。ディアステネス上将自身も士官と魔法士を入れない部隊――200人――同士を演習場で戦わせてみたことがある。兵長と兵だけの集団はとても軍とは言えなかった。それでも多少は統率力のある兵長を中心に数十人は纏まるものの、それ以外はばらばらになり、演習場のあちらこちらで遭遇戦を繰り広げていた。とても普段指揮している同じ軍とは見えなかった。

 頭がなければ動けない軍なのだ。その頭を最初に狩られてしまった。あとは自分で判断して動くことが出来ない兵と下士官ばかりだ。敵にとってはおいしい獲物だろう。


「損害がどれくらいになるか、想像したくないな」

「それが……、余り人的損害は大きくないようです。追撃を受けなかったので」

「追撃されなかった?敵に背を向けたのに後ろから食われなかったというのか」

「はい、そのように申しております」

「まさか、一撃食わして捕虜を取り戻すことだけで満足したというのか?」


 ディアステネス上将は狐につままれたような顔になった。背を向けた敵を追撃せず、捕虜になった味方の解放を優先した。どんな場合にそうなるだろうか?


そうか!


「敵は少数だったのだ。だから追撃せずに捕虜を取り戻して戦力を拡充することを優先したのだ」

「敵が、……少数でありますか?」


 司令部の要員の一人が思わず横から口を挟んだ。


「敵が背中を見せているのだぞ、貴官ならどうする?」

「もちろん、追撃して戦果の最大化を図ります」

「それが当然だ。だが追撃できない場合があるだろう」

「激戦の後でもはや力が残っていない場合、あるいは何らかの事情で徹底的に相手を殲滅してはまずい場合、などですか」

「そうだ、だがこの場合、どちらも当てはまらない。しかし、例えば襲撃者が少数だったらどうだ?変に踏みとどまられて抵抗されてはまずいだろう」

「だから逃げるに任せる?」

「そうだ、『踏みとどまれ』と命令する者がいなくなっているわけだ、ひたすら逃げたんだろう」

「しかし、追撃も出来ないような、そんな少数の兵に敗北しますか、第3師団第1連隊ですぞ」

「レクドラムで我々がやったことを想い出せ。『槍の穂先』は敵を食い破ったが、あの人数で追撃戦をやれたと思うか?」

「それは、その通りであります。追撃戦は全部隊でやりました」

「そうだ。『槍の穂先』だけだったら、敵に一撃与えて敗走させることは出来たろうが、追撃は無理だ」

「王国軍が『槍の穂先』に匹敵する強力な部隊を持っていると言うことになりますが」

「それならば何故、ここまでの戦場で、我々に対してその部隊を投入してこなかったのですか?」


 他の要員が疑問を口にした。そいつらが王国の主流派ではないのだろうというのはまだディアステネス上将の推論に過ぎない。


「そんなことが分かるものか。だがこれからは敵の強力な部隊が、おそらく少数だろうが、いることを前提に作戦を立てなければなるまい」


 完全には納得のいかない顔のまま司令部要員達が頷いた。


「さて、それでは手始めに、私自らが2個師団を率いてレクドラムに行くぞ。補給は受けなければならないからな」

「上将閣下!」


 要員達が吃驚した顔をした。


「港は落とした。王宮はしつこく粘っているが、そこから出てきて攻撃してくる気配はない。4個師団は攻囲に残すが、それだけいれば例え王宮から出撃してきても対抗できるだろう。取りあえず補給だな。もう冬も近い、補給無しで越冬する気はない」


 もうディアステネス上将の中では決めたことだった。そうであれば後、司令部要員に出来ることは上将を司令官とした遠征軍の編成と準備、留守部隊の整備であった。


「気をつけ!」


 入り口の警備兵が号令を掛け、司令部にいる全員が姿勢を正した。

 司令部に入ってきたのはドミティア皇女だった。護衛にレザノフ百人長が3人の兵を率いている。


「これは殿下、これからご説明に上がろうかと考えておりました」

「えらく騒がしい気配が引っかかってくるので来てみました。何かあったのですか?」


 上将が奥の個室の方を向いた。


「ここではちょっと……、私の執務室へおいで願えますか」

「いいわ」

「ファルコス上級魔法士長、貴公も来て貰おう」




「と言うわけで捕虜の護送は失敗したわけですな」

「また帝国われわれの知らない攻撃魔法が使われたと、上将はそう思うわけね」

「そうですな、隊列の中でいきなり爆発が起こるなどというのは、補給物資集積所や護送部隊の幹部達を始末したいきなり燃え上がる魔法とは異なるもののように思えますからな。燃え上がる魔法は報告にあるような大きな音や強い光を出すなどと言うことはなかったようですし」

「どれだけの魔法を隠し持っているのかしら。ぜひ帝国にも欲しいものだわ」

「殿下、欲張ってはいけませんぞ。そういう輩は先ず始末することを優先すべきです。ものごとが全てよほどうまくいったときだけ、それ以上のことを考えるべきでしょう」

「わかっているわ、そんなこと。でも私はルファイエ家に属しているの。そういう魔法を自家薬籠中のものにできればルファイエ家の基盤は盤石になるわ」


 イフリキア様が思いも掛けず亡くなってから、ガイウス7世のルファイエ家に対する機嫌は悪い。お父様が胃に穴が開きそうな顔をしていらした。少しでも助けになればとどうしても思ってしまう。


「でも危険を冒してまでレクドラムへ上将自ら行く必要があるのかしら?」

「補給は戦の要ですからな」

「でも食料なら王国内でも調達できるでしょう?」

「もちろんできます。しかしそれをやったらテルジエス平原のあちこちで騒乱が起こる可能性が高くなります。いまあそこがおとなしいのは我々が食料を徴発してないからですな。王国が帝国われわれとの戦に備えてぎりぎりまで徴発しています。これ以上取り上げたら民が飢えます。飢えた民というのは怖いものです。言わば死兵ですからな。そういう連中がもし騒がしくなると軽武装の警備隊ではなく、軍を派遣しなければならなくなります。王宮を陥とすまではあまり騒がしくさせたくないところですな」


 今でも帝国軍が初期に荒らした、レクドラムに近いところのテルジエス平原はかなり騒がしい。住民が戻っている集落では帝国人が武装もせずには入れないという。レクドラムからの補給隊が襲われたのもそういう地帯だった。


「そういう訳で私はちょっと出かけてきますので、殿下には留守番をお願い申し上げます」


 仕方のないことだろう、帝国軍のトップ2人が同時に主戦場を離れるわけにはいかない。



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