第46話 護送隊潰走 2

 レフ達が来たのは捕虜が集められて監視されている場所だった。捕虜達は凸凹の草原にてんでに座り込んだり、横になっていたりしている。寝ていたところを、この騒ぎで目を覚ましていた。

 周囲を3個中隊の帝国兵が囲んでいた。ちらちらと大騒ぎになっている司令部幕舎の方に視線を送る兵はいたが、油断無く捕虜達を監視していた。王国兵が襲ってきたと考えるのが自然で、そうであれば捕虜の奪還というのも目的の一つだと推測される。それが分かっているから監視は常より一層厳重になった。


「300人か」


 レフが呟いた。


「そうですね」


 シエンヌの相づちに、レフは5人を見回した。


「さすがに無傷の3個中隊相手じゃ無理は出来ないか」

「何を言っている?」


 アンドレの疑問に、


「いや、護送の連中が浮き足立っていたら捕虜を解放できるんじゃないかと思っていたが、さすがにそこまではうまくいかないようだ」


 明々と焚かれた篝火に帝国兵の槍の穂先が光る。油断無く周囲を見回す帝国兵に比べて、座り込んでいる捕虜達は覇気無く草臥れきっている。手枷を外してやっても武装した帝国兵に向かっていく気力はあるまい。捕虜を監視している帝国兵は、司令部付近の混乱はあっても自分たちの役目はきちんと果たそうとしている。


「今日はここまでかな。私達も休んだ方が良いようだ」



 帝国軍から遠ざかったレフが足を止めたのは、そこから1里ほど闇の中を走ってからだった。灯りも付けない闇の中をシエンヌとアニエスは易々と、他の3人は何度か躓きながらレフに付いていった。


「よし、今晩はここで夜営だ。ルビオ、アンドレ、ラザキェル、順番に不寝番を頼む」


 この3人は見ていただけで働いていない。だからこれは正当な要求だろう。それだけ言うとレフ達3人は毛布を被って寝てしまった。本当は不寝番など必要なかった。レフが結界の魔器を設置したからだ。6人全部を覆う結界と、レフ達3人だけを覆う結界を二重に掛けていた。だからアンドレ達がレフ達に近づこうとしても阻止される。ただしそんなことをシエンヌ、アニエス以外に教える気は今のところなかった。


 一見無防備に寝ているレフ達と違って、アンドレ、ルビオ、ラザキェルの3人は不寝番の順を決めてもなかなか寝付けなかった。3人とも見せつけられた光景に興奮していた。結局ボソボソと小声で話し続けた。


「あれは、……いったい何なんだ」


 ラザキェルはレフの魔法に圧倒されていた。


「館の庭であの黒毛の女の熱弾とかいう魔法を見たときにも、いったい何だと思ったんだが、あいつら何者だ?」

「レフは多分、帝国の出だろうと、殿下はおっしゃっている」

「帝国の?」


 ルビオの言葉をアンドレが繰り返した。


「そうだ、帝国は魔法の研究で王国おれたちのかなり前を行っている。それはこの戦が始まってから散々思い知らされたことだ」


 レクドラムの戦いで帝国の魔法軍団、闇の烏と槍の穂先に翻弄されたことをアンドレは想い出した。


「レフは少なくともある部分では帝国の魔法に匹敵する、いやひょっとしたら、帝国の魔法を凌駕する魔法を使っている。王国の魔法じゃない、デルーシャやレドランドがあんな魔法を進化させるなんて考えられないとすれば、レフも帝国の出と考えるのは自然だろう」

「だが、帝国に対して戦っているぞ」

「殿下のおっしゃるには、帝国のかなりの上級貴族家の出で、何かの事情で追い出されたんだろうと」

「あり得る話だな」


 ラザキェルが頷いた。


「殿下は少なくともレフが帝国に敵対している間は一緒にやれるだろうとおっしゃっている」

「まあ、あれだけ帝国に対して敵意を剥き出しにしているんだ。少なくともしばらくは共闘できるだろう」


 3人のうちでは、場合によってはカジェッロの家を差配する立場に立つ可能性のあるアンドレが、レフの存在を一番重く感じていた。あとの2人は所詮は人に命令されて動く立場で、自分で判断する必要はあまりなかったからだ。





 ディアステネス上将は知らせを受けて驚愕していた。


「護送隊が襲われた!?」


 ファルコス上級魔法士長に必要も無いのに繰り返して確認したほどだ。


「はい」

「詳しく話せ、向こうとは繋がっているのだな?」

「はい、ただ魔法士長ではなくただの魔法士ではありますが」

「魔法士長はどうした?2人いるはずだろう」

「ミーティング最中に司令部幕舎が襲われたとのことです。それで魔法士長は死んだと」

「何だと?1個連隊の司令部幕舎を襲った?そんな王国の大部隊がテルジエス平原にいたのか」


 少なくとも帝国兵と同等の兵力が無ければ司令部幕舎を襲撃することなど出来ないと考えるのが普通だ。


「いえ、それが敵兵の姿など誰も見ていないのにいきなり幕舎が燃え上がったと言っております」

「なに!!」


 既視感があった。そうだ、補給物資集積所が襲われたときとそっくりではないか。


「それで、幕舎の中にいた者はどうなった。ミーティング中と言っていたな」

「全員が、死亡したようです」

「全員!?」

「はい、ディアンディス上級千人長をはじめ、騎兵千人長、千人長、上級百人長、魔法士長は全員死亡したとのことです」


 ギリっと歯ぎしりをしてディアステネス上将は椅子に座り込んだ。


「頭が、……全員刈り取られたのか」

「はい、さらに」

「さらに?まだ続きがあるのか」

「司令部幕舎の騒ぎに駆けつけてきた百人長、十人長、それに魔法士が11人やられたそうです」

「交戦したのか?」

「いえ、これも敵の姿は見えず、いきなり倒れたと報告されています。しかも士官だけで、周りの兵には損害がなかったと」

「……馬鹿な、そんな、そんな魔法があるのか……」

「私も聞いたことがありません」


 ディアステネス上将が顔を上げた。


「捕虜は?捕虜はどうした?逃げられたのか」


 ファルコス上級魔法士長が通心で繋がっている魔法士に上将の質問を訊いた。


「いえ、捕虜はそのままだそうです」

「捕虜を奪還に来たのではないのか?」

「捕虜を監視していた部隊は襲われなかったと言っております」

「人的被害は大した数ではないのか、ただ被害に遭ったのが部隊のあたまだったことを除けば」


 ディアステネス上将が立ち上がった。ファルコス上級魔法士長を見て、


「百人長、十人長、それに魔法士はまだ残っているのだな」

「はい」

「夜が明け次第レクドラムへ急げと言え。それに士官も魔法士も兵の軍装に着替えるのだ。見かけで分からないようにしろと言え」

「はい」


 ファルコス上級魔法士長は姿勢を正して敬礼した。


「畏まりました」


 アンジエームから援軍を出しても追いつかない。援軍を騎兵だけにすれば追いつくかもしれないが、王宮がまだ陥ちていない段階で騎兵全部を応援に出せるわけがない。レクドラムから充分な数の応援を出させるとレクドラムそのものが手薄になる。ひょっとしたら王国軍はそれを狙っているのかもしれない。


 結局連隊をレクドラムに急がせるしか方法はなかった。


 おそらく遠くから攻撃魔法を使える魔法士は少数なのだ。だからその魔法士を使ってまず部隊の頭を狩った。ガイウス大帝の残した軍制を持つ軍では、その行動を決めるのは情報を集中させる司令部と決まっている。司令部で作戦を立て、それを魔法士を通じて徹底させ、軍を動かす。頭なしでは動きはばらばらになり、極端な話、烏合の衆化する。多分明日から帝国軍を削っていくつもりだろう。それが分かっていながら手が打てないのはもどかしい。しかし、今晩一気に攻めてこなかったのは王国軍もそれ程の人数はいないからだ、と上将は考えた。だとすれば一度に被る被害は多くはない。レクドラムに急がせて王国軍の攻撃を受ける時間を出来るだけ減らすのだ。





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