第46話 護送隊潰走 1

 レフ達3人に、アンドレ、ルビオ、ラザキェルを加えた一行は結局徒歩で根拠地を出た。王国の民からも身を隠して行動する方が良いと考えたからだ。騎乗は目立ちすぎる。1頭だけ荷物運搬用の駄馬を連れていた。食料など途中での補給は期待できない。6人はいっぱいに詰め込んだ背嚢を背負い、馬には山ほど荷を積んだ。

 ロゼリア街道に着くとアンジエームの方に向かって歩き始めた。街道から外れて半里~1里くらいの距離を取り、街道を行く人間に見つからない所を選んで歩いていく。道はなく、地面は凹凸がひどく草や木が生い茂っていた。6人はそんな所を苦もなく歩き続けた。

 ロゼリア街道はアンジエームとレクドラムを結ぶ主街道の一つだった。帝国と戦端を開く前は交易に従事する商人達が商隊を組んで行き来していた。だから街道沿いに幾つもの宿場町がある。そういう町には立ち寄らずに夜営しながら、街道沿いの地形を丹念に調べた。待ち伏せするつもりだったから距離を稼ぐ必要はなかった。


 捕虜を護送する帝国軍の姿を認めたのは、根拠地を出てから4日目の午後遅く、ロゼリア街道の中間点より1~1日半行程レクドラムに寄った地点だった。

 手枷をはめられた捕虜達は5~6列になって道の中央寄りを歩かされ、その左右を武装した護送兵達が固めていた。騎兵は一定の間隔を置いて配置され、馬上から捕虜達を見下ろしていた。捕虜達はのろのろと足を動かし、鞭を持った小者達に罵られていた。時々ひゅっと言う鞭を振る音が聞こえた。列を外れそうになると護送兵の槍の柄で小突かれた。

 アンジエームを出て7日目、最低限の食事と水を与えられるだけで急き立てながら歩かされる王国軍の捕虜達には、既に100人近い落伍者が出ていた。歩けなくなった捕虜は、周りの捕虜の、肩を貸したり、負ぶったりというような助けがなければ列の外に放り出され、護衛の兵にとどめを刺されそのまま放置された。捕虜の死体は隊列が通り過ぎた後、近くに住む王国民によって埋葬された。同じ国の民だったし、放っておくと疫病の原因になりかねなかったからだ。

 捕虜になったときに負傷していた王国兵にとっては、歩き続けるだけでも力を振り絞らなければならなかった。最初のうちこそ落伍しそうな同僚を助けようとする捕虜もいたが、直ぐにそんなことをすれば自分まで落伍しかねないことに気づいた。捕虜達は鞭に追い立てられ、騎兵の槍につつかれながら懸命に足を前に出した。それでもそのスピードはのろのろと形容するしかないものだった。


 レフ達は四半里離れた雑木林に身を潜めて、その列を見ていた。だらしなく長く伸びた捕虜の列が目の前をのろのろと進む。ルビオが歯ぎしりをして今にも飛び出して行きそうだった。


「捕虜が3000人弱、アンジエームで降伏した王国兵のほぼ全員だな」


 レフがすぐ側に伏せているルビオ、アンドレ、ラザキェルに聞かせるように声に出した。


「離れて付いてきているのはいるか?シエンヌ」

「いいえ、最後尾に荷馬車が付いていますが、人の群れは目の前を過ぎていくこれだけです」

「もうすぐ夜営だな。1里ほど行ったところに草原があったからあそこで止まるだろう」


 この辺りの地理は十分に調べてある。


 レフの予想通り、帝国軍はその草原に夜営することを決め、その準備を始めた。司令部の高級士官用には幕舎を建てて簡易ベッドを置くが、一般兵、下級士官は毛布にくるまって寝る。士官は簡易幕舎を割り当てられるが、兵は露天だった。将校と一般兵は食事も違う。高級将校には調理した食事が出され、従兵が給仕をする。下級将校と兵は自分で取って食べるが、内容は士官と兵で当然のように違う。それでも帝国兵には充分な量が供されるが、捕虜達はやっと身体を維持できるだけの固くなったパンと水だけだった。別に帝国は捕虜達を餓死させようとしているわけではない。基本的に若くて健康な肉体を持った戦争捕虜というのは良い値段になるのだ。条件のいい捕虜が多い方が、得られる代金も多くなる。今頃レクドラムでは、本国から来た奴隷商達が手ぐすね引いて待っているだろう。食料を絞っているのは反抗する気力を失わせるためと、やはり、帝国軍の備蓄が心許ないからだった。寝るのも捕虜達は地面に直に身体を横たえた。まだ寒くなる季節でなかったのは幸いだったが、明け方など思わず身体を震わせるほど気温の下がることもある季節になっていた。


「さて、軍法通りだと、夕食後に司令部幕舎に高級士官達と魔法士が集まるはずだが……」


 ガイウス大帝の決めた軍法だった。こういう行軍の時には一日の終わりに将校と魔法士が集まって、その日の報告、連絡事項、翌日の予定などを打ち合わせる。各単位毎――小隊、中隊、大隊――の報告、連絡があって、最終的に高級士官と魔法士長が全体を統括したミーティングをもつ。

 司令部用の幕舎はすぐ分かる。大きくて背の高い幕舎など一つしか無い。ディアンディス上級千人長の待つ幕舎に千人長1人、騎兵千人長1人、上級百人長4人、魔法士長2人が集まったのはもうすっかり日が暮れてからだった。


「どうやら集まったようだ」


 レフがごそごそと背嚢を探った。アニエスが自分の身体で帝国軍の方角を遮るようにして、レフの手元を照らすための淡い光を出していた。その光の中でレフが取り出したものを見てルビオが息を飲んだ。


「それは……」

「ルビオには見覚えがあるだろう。発火の魔器だ」

「発火の魔器?いったいそれは何なのだ」


 レフの手にある円盤形の物を凝視しながら、アンドレとラザキェルが疑問を口にした。


「帝国軍の補給物資を焼いた手品の種だ。高温で一気に燃え上がる」

「それをまた使うのか?」


 ルビオの問いにレフが笑った。とても笑顔とは言えないような冷たい笑いだった。

あの光景――一気に燃え上がった幾つもの備蓄用幕舎――を想い出すと今でも背中に冷や汗を掻く。あれを司令部幕舎――人間――に対して使おうというのか?戦の遣り方が変わる、武技を鍛え、訓練された兵同士がぶつかり合って勝敗を決める、そんな遣り方が時代遅れになる。アニエスの撃ち出す熱弾もそうだが、こいつらはまるで今までの戦の遣り方を嘲笑っているようではないか。ルビオは深く考えるのは苦手だった。だからこんなことを筋道立って考えたわけではない。しかし、こんな遣り方が好きかと言われれば首を振る。


 レフの手から円盤形の魔器が飛んだ。それは200ファルの距離を正確に飛んで司令部用の幕舎の屋根に落ちたと思ったら、幕舎が一気に火に包まれた。外で見張りをしていた兵が悲鳴を上げた。火だるまになって幕舎から転がり出る人影があった。たちまち野営地全体が大騒ぎになった。たくさんの帝国兵が駆けつけてきた。


「さて、アニエス、視認できる奴だけで良い。士官と魔法士を出来るだけ片付けろ」

「はい」


 アニエスが口元に笑いを浮かべながら立ち上がった。無様に狼狽する帝国兵への嘲笑だろうか。


――こいつも悪魔みたいだ――


 唇を噛みながら見つめるルビオの前で、アニエスが次々に熱弾を作っては撃ち出した。アニエスの攻撃は僅かな時間で終わった。


「もう見える範囲には士官も魔法士もいません」

「良いだろう、離れるぞ」


 混乱して走り回る帝国兵は、最後まで外から攻撃されていることに気づかなかった。命令できる上級者を失った軍は右往左往するだけで統一した行動は取れなかった。燃え落ちた幕舎の周りには、騒ぎに駆けつけた百人長、十人長、魔法士の死体が幾つも転がっていた。




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