第45話 王国軍の方針
朝食後の恒例の打ち合わせの席でレフが言い出したのは、コスタ・ベニティアーノに取って思いがけないことだった。
「ちょっと遠出をしてくる」
遠出だって?何のことだ。
「昨夜アンジエームから無視できない情報を得た」
「どんな情報だ?」
「帝国軍がアンジエーム戦で得た捕虜をレクドラムに後送するそうだ」
「何だって?」
まだ王宮は陥ちてない。中途半端な時期に捕虜を動かすというのか?コスタ・ベニティアーノの考えがまとまらないままレフが言葉を続けた。
「1個連隊と1個騎兵中隊を付けてレクドラムまで護送して、その連隊と騎兵はそのまま補給隊の護衛をしてアンジエームへ戻る予定だそうだ。ディアステネス上将の手飼いの中でも最精鋭の連隊だそうだ」
「はっ、なるほど」
レフの説明はコスタ・ベニティアーノの腑に落ちた。
「よほど兵站状況が悪化したらしいな。貴公が補給物資を焼き、今回は追加の補給を阻止したのが堪えているんだな」
「そうらしい。このままでは二ヶ月もすれば食料は底を突く、現地調達を始めなければならない羽目に陥るということだ。アンジエームからの連絡でもかなり慌ただしく出発したそうだ」
こいつはアンジエームにかなり優秀な目と耳を持っているようだ。多分アンドレが言っていたザラバティー一家の関連だろう。
「よくそれだけの情報が集まるものだ」
「なに、男というものは酒が入って女にしなだれかかられると、自分がいかに重要人物であるか、大事な仕事を任されているか自慢せずにはいられないらしい。特に誘導しなくてもベラベラ喋る、あとでどんなことを言っていたか聞き出して纏めるだけでかなりの情報が入ってくると言っていた」
アンジエーム市街が帝国軍の支配下に入って、エガリオはウルビを目立たないように再開していた。帝国軍の士官連中が上の様子を窺いながら通うようになっていた。料理、酒、女は一流なのだ。
王宮は包囲され、陥落させる見込みはまだ立ってないが、そこから王国軍が出てきて反撃される心配はない。帝国軍に目立たないが気の緩みが見え始めていた。
「それと貴公の遠出とが関係するのか?」
「ああ、捕虜を護送する帝国兵の様子を見て来ようかと思っている。場合によってはいろいろいたずらも出来るかもしれない」
2000人を超える帝国兵に対して何か仕掛けることを考えているらしい。
ベニティアーノの領軍は昨日交替が来て、領に引き上げた兵達が捕虜と余分な物資を持って行ったばかりだ。
人数は増えたがまた戦の経験の無い兵ばかりになっている。それで10倍の敵と当たるなど無謀を通り越している。だがレフ達の持っている攻撃魔法を考えるなら、いろいろちょっかいを出すことくらいは出来るだろう。
「何をするつもりだ?」
「相手を見てからだな。護送に付く連隊は強化兵を除けば最精鋭だそうだから、この前みたいに領軍で殲滅できる相手じゃない。とりあえず私達だけで行って様子を見ようと思っている」
そう言ってレフはそこに集まっている人間達を見回した。アリサベル王女、その護衛のロクサーヌ、ルビオ、それにコスタ・ベニティアーノ、アンドレ・カジェッロ、新たにベニティアーノ領から中隊を率いてきたラザキェル百人長だった。発言権があるのは王女、コスタ、アンドレ、それにレフだけだった。シエンヌとアニエスもこの場にはいなかった。尤もシエンヌはレフと通心で繋がっており、この場の様子はリアルタイムで知ることができた。当然アニエスもシエンヌからリアルタイムで情報を得ていた。
「俺も、俺も連れて行ってくれ」
「アンドレ!」
いきなりレフと同行したいと言い出したアンドレ・カジェッロをコスタ・ベニティアーノが叱責した。
「ベニティアーノ卿、今のレフ殿からの情報だと、レクドラムからの補給隊は当面出てこないでしょう。この次ぎはその連隊が相手になる可能性が高いと思われます。どんな連中なのか、自分の目で確かめておきたい」
アンドレの言い分にコスタ・ベニティアーノがやれやれというように首を振った。
「お前がそんなに好戦的とは思わなかったがな」
「ベニティアーノ卿、戦う相手を出来るだけ知りたいと思うのは自然なことかと」
「分かった、分かった。で、お前の同行をレフ殿が承知してくれるのかな?」
コスタ・ベニティアーノから話を振られて、
「今回は正面切って帝国軍とやり合うつもりはない。
「ああ、足手まといになるつもりはないぞ。なにせ俺の傭兵隊じゃ俺が一番体力があったからな」
男達の会話を聞いていたアリサベル王女が後ろに立っているルビオの方を向いた。ルビオが頷いた。
「であれば、ルビオも同行させて貰いたい」
「殿下!」
ロクサーヌが思わず声を出したのに、王女は視線をロクサーヌに当てて、軽く首を振って黙らせた。改めてレフとコスタ・ベニティアーノの方を向いて、
「なに、ベニティアーノ卿。しばらくはここに動きはないのでしょう?そうであれば私の護衛はロクサーヌで十分、ルビオにも経験を積ませたいと思うのはわがままかしら、レフ?」
「ルビオは以前にも私達と一緒に動いたことがあるから、その力は分かっている。別に構わないが」
「では、良いな?ルビオ」
「殿下の御心のままに」
「交換条件というわけではないが、ジェシカ・グランデール帝国軍魔法士を私が留守の間預かっていてくれるかな。なにせ私達が出払ってしまうと姫様の所以外にはここには女が居ないからな。拘束の魔器を付けているから危険は無い」
今のジェシカの体力ではレフ達に付いてくるのは無理だ。帝国軍と遭遇するまでは馬に乗っていても良いが、帝国軍につきまとうようになるとおそらく徒歩で動き回ることが多くなる。街道を行く帝国軍よりも条件の悪い場所を、帝国軍より速く、長い距離を行くことになる。
レフの言葉にロクサーヌが睨み付けた。
「貴様、王女殿下をなんと心得る!帝国軍の魔法士を殿下の側に置こうなんて」
激高するロクサーヌに、
「良い、それくらいはかまわぬ。そんな一々目くじらを立てるな、ロクサーヌ、ここは戦場なのだぞ」
「殿下……」
「通常の礼儀などしばらく忘れておけ、やれることは引き受ける方が良い」
「殿下がそうおっしゃるなら」
ロクサーヌが一礼して口を噤んだ。
「それなら、わしの手の者も連れていって貰おうか。いいかな?レフ殿」
「1人か2人にして欲しいな。余り多くなると動きが悪くなる」
「わしが行きたいところだが、そうも行くまい。誰か適当な兵はいるか?ラザキェル百人長」
「それなら、私ではいけませんか?」
30歳半ばに見える中肉中背の一見目立たない男だった。十分に鍛えられた贅肉のない身体をしている。領軍とはいえ十人長以上は常備兵であり、普段から訓練の様子などコスタ・ベニティアーノはよく見ていた。確かにこの男ならレフ達の行動に関する情報収集にもそつがないだろう。
「お前が?」
「はい、昨日ここに来てからその、レフ殿達の話をいろいろ聞きましたので。連れてきた兵達の誰より私が付いていくのが良いかと愚考しますが」
「まったく、ますますわし自身で行きたくなるではないか」
コスタ・ベニティアーノは軽く舌打ちをして、
「この男を連れて行ってくれ、レフ殿。国軍からの転身組で役に立つ男だ」
「分かった。明日出発すれば、ロゼリア街道の中間点くらいで帝国軍を捕捉できるだろう。12~3日ほど活動できる用意を頼む」
「分かった。お前の仕事だぞ、ラザキェル」
「はっ」
そう命じられてラザキェル百人長は敬礼して部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます