第44話 帝国軍作戦会議

――レフ達が補給隊襲撃を襲撃したその日、


 アンジエーム港を陥とした後、ディアステネス上将は司令部を貴族街に移していた。王宮の正門からそれ程遠くない国軍本部だった。

 もう日も暮れてから、その作戦会議室に上級千人長以上の幹部達が集まっていた。理由も告げられずに急に集合を掛けられて集まった幹部達は、席の近い者同士がやがやと低い声で雑談していた。こんな時間に集められたのだ、重要事項に決まっているが、それが何なのか知っている者はいなかった。


「お見えになりました」


 ドアの所に立っている護衛から声を掛けられて、雑談がぴたっと止み、全員が起立して姿勢を正した。ディアステネス上将、ドミティア皇女、ファルコス上級魔法士長の順に部屋に入ってきて、従兵が引いた椅子に腰掛けた。


「坐れ」


 ディアステネス上将の言葉に全員がぴんと背筋を伸ばしたまま着席した。ディアステネス上将に合図されてファルコス上級魔法士長が立ち上がった。全員の視線が集中した。


「レクドラムからの補給隊が襲撃された」


 ファルコス上級魔法士長が簡潔に事実を述べた。ざわっと座がざわめいた。


「補給隊からの夕刻の定時連絡が無かったので捜索隊を出したところ、レクドラムから11里離れたロゼリア街道上で122体の補給隊兵士の死体を発見したとのことだ。補給物資を積んだ荷馬車は1台も残っていなかったと報告されている」

「襲われている最中の連絡は無かったのか?」


 訊いたのは侵攻軍のNo.2、アガロス・デルビオス中将だった。


「レクドラムから11里と言えばその辺りにさしかかるのはまだ日も高い時間だ。連絡を受ければ騎兵を出せば間に合うのではないか?」

「無かったと報告を受けている」

「信じがたいな。輸送隊の護衛は2個中隊だから最低2人魔法士が付いていたはずだ。報告する暇も無いほど襲撃開始から短い時間で魔法士が2人とも殺されたというのか?」


 デルビオス中将の疑問にファルコス上級魔法士長が短く答えた。


「魔法士の死体も発見されている。列の先頭に1人、中程に1人。2人とも最初に殺されたものと思われる」

「2個中隊を殲滅したのか。しかも魔法士を、通心する時間もないほどの短時間に片付けるほどの数を揃えて」


 常識的には遙かに優勢な数で襲撃したとしか考えられない。魔法士に対して飽和攻撃を掛ける、損害を顧みず出来るだけ短時間で魔法士を排除する、それから本体を攻撃する。その前提として、初期の損害をものともしないほどの戦力を集める。それ以外にデルビオス中将には方法が思いつかなかった。

 憮然とした顔でデルビオス中将は口を閉じた。


「死体は122体と言ったな。残りはどうなった?襲撃から逃げのびて捜索隊に発見された兵はいないのか?」


 第3師団長のヨルボ・ネクフィストロ下将だった。


「いないとのことだ」

「荷馬車は?1台も発見できないのか?」

「今のところ、そのようだ。何しろ暗くなってからの捜索だから充分広範囲には探れなかったということだ、明日さらに人数を増やして調査すると言ってきてる」


 暗い中でたいまつの明かりだけでうろつき回っても余り調査は進まないだろう。それに闇の中でたいまつの明かりは目立つ。まだ近くに襲撃者達がいれば良い的になる。


 ディアステネス上将が立ち上がった。


「さて、この前の補給物資集積所の焼き討ちに続いて、今回は補給部隊への襲撃だ。王国海軍基地の倉庫を接収して多少の余裕が出来たと思った矢先にこの事態だ。王国の狙いがはっきりしてきた。兵站の方から帝国軍われわれを締め上げるつもりだろう」

「それならば王国内で調達すれば」


 そう言ったのはネクフィストロ下将だった。


「当然それも考慮のうちだ。だが王宮に敵が籠もっている間にテルジエス平原の民の敵意を高めるわけにはいかない。そっちに手を取られては王宮を攻める戦力が弱まる」


 それくらいのことは自ら分かるくらいに教育しているつもりだったが、戦で気が立っていると周囲を見る余裕もなくなるらしい。

 テルジエス平原の民としては、例え代価を貰ったとしても、自分が飢えるかもしれないほど帝国軍に持って行かれれば、当然そこには敵意が生まれる。それは今テルジエス平原で蠢動している王国軍のシェルターになり、太らせる栄養源になる可能性がある。何より今はほとんど正規軍を置かずに治まっているテルジエス平原に波風を立て、それを抑えるために貴重な戦力を割かなければならなくなる可能性がある。王宮を陥とし、ゼス河の西を完全に抑えてしまえば少々乱暴な事をしても良いが、今は駄目だ。


「本当に余裕がなくなる前に、手を打つ必要がある」


 これは大前提だ。そこまで言ってディアステネス上将はそこに集まっている男達を見回した。


「まず3000の捕虜が邪魔だ。捕虜とは言え、喰わさなければならないからな。1個連隊を付けてレクドラムに後送する。その1個連隊でレクドラムからの輸送隊を護衛する。往復で20日程度を見込んでいる。今蠢動している王国軍はゼス河を渡ってきた連中だろうと思われる。2個中隊を短時間で殲滅したことを考えるとおそらく1個大隊はいるだろう。テルジエス平原の中にはそれだけの人数を動かせる領はない。これは各領に派遣している行政官からの情報で信じても良いだろう。兵站を確保することを優先する。正規軍の1個連隊なら、領軍の1個大隊くらい、いや1個連隊くらいいても歯牙にも掛けないだろう。この役目を第3師団、第1連隊に命ずる。さらに騎兵連隊から1個中隊を付ける。アグレニウス上級騎兵千人長、どの中隊を付けるか選んでおけ」


 指名された騎兵連隊の上級千人長が立ち上がって敬礼した。


「はっ、承りました」

「何か質問は?」


 ディアステネス上将が一同を見回したが特に質問はなかった。


「解散!」


 先ずディアステネス上将、ドミティア皇女、ファルコス上級魔法士長が部屋を出た。それに引き続いて帝国軍幹部達もぞろぞろと部屋から出てきた。その中に、レクドラムへの捕虜護送と、帰路の輸送隊護衛を命じられた、第3師団長ネクフィストロ下将と第3師団第1連隊長のイゼンタール・ディアンディス上級千人長がいた。


「上将閣下の直々のご指名だ。しっかりやってこい」

「なに、王国の領軍など、例え我々の倍いたとしても相手にはなりません。ひねり潰してやります。むしろ1個連隊など出したら怖じ気づいて出てこないのではないかと危惧いたしますが。それに心配なのは我々がいない間に王宮を陥としてしまわれないかですな。そんなことになったら手柄を立てることも出来なくなります」

「心配するな、上将閣下は戦場での手柄だけを手柄と考えられるような方ではない。閣下の命じられたことを確実に果たすことを何より重要視される方だ。失敗は出来ないぞ」

「お任せください」


 第3師団はディアステネス上将の手飼いの兵団の一つと数えられていた。それだけに上将の命令は彼らにとって絶対だった。




 ドミティア皇女は自室に引き上げる前にディアステネス上将の執務室に寄った。

客用ソファに対面に座って、


「結構ねちっこいわね、王国軍。レクドラムを陥として、テルジエス平原を平定して、アンジエームを手に入れるまではスラスラと来たのに、ここで小石に蹴躓かされたみたい」

「そうですな、これまでの王国軍と今蠢動している王国軍はまるで別物のように見えますな。多分、以前お話しした非主流の派閥に属するのではないかと考えていますが」

「だから、輸送隊の警護に1個連隊プラス1個騎兵中隊などと大げさにも思える兵力を繰り出す訳ね。あの攻撃魔法を警戒しているの?」


 1個連隊は2個大隊、2000人だ。通常の輸送隊の警護につく2個中隊の10倍の兵力だった。しかも二線級の兵が当てられることが多い輸送隊警護部隊と違って、第3師団はばりばりの精兵で構成されていた。その中でも第1連隊は精兵中の精兵と評価されていた。その上に騎兵中隊が付くのだ。精々が1個大隊程度と推測される王国軍に対しては過剰戦力とみられてもしかたなかった。


「敵の力が分からないときは、見積もられる最大限に考えて警戒する必要がありますから。それにこれ以上補給が滞ることがあれば本当にまずい事態に陥りかねませんな」

「そうね、私も飢えるのは嫌だわ。第3師団第1連隊、たしか指揮官はディアンディス上級千人長だったわね。彼に精々頑張って貰いましょう」


 まだこのときはドミティア皇女もディアステネス上将も“蠢動する王国軍”を甘く見ていたのだ。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る