第43話 ささやかな勝利の後で 2
次の日、朝食を済ました領兵達は集落の外れにある原に集まっていた。レフの連れの2人、アニエスとシエンヌの魔法以外の腕も見てみたいというコスタ・ベニティアーノの要請に、レフがうんと言ったからだ。レフが承知すればアニエスにもシエンヌにも否やはなかった。
「意外ですね」
「そうですよね」
という、シエンヌ、アニエスの言葉に、
「実力はある程度見せておいた方が良い、お前達を舐めて生意気な態度を取ったり、か弱いと思って戦闘中にかばうような行動を取られたりしたら面倒だ」
要は、レフ達3人は3人で闘えるから
兵達の作った輪の中でシエンヌが縦横に暴れていた。一見華奢なシエンヌの剣を受けきれる兵はいなかった。
「これで3人か」
コスタ・ベニティアーノが多少苦々しい表情で呟いた。
連れてきている領兵の中では腕の立つものを選んでいるのに、3人とも2合と打ち合えなかった。
1人目は身体の大きな男だった。領軍の中で十人長を務めている。完全に常備兵と言うわけではなかったが、ほぼベニティアーノ館に詰めて訓練に励んでいる男だった。槍もベニティアーノからの支給品ではなく、自分で見繕った長めの槍を持っていた。訓練用の槍も自分で用意したものだった。
審判はコスタ・ベニティアーノが直々に務めた。
シエンヌと十人長が2ファルの距離を取って対峙した。十分に槍の攻撃距離内だった。十人長がニヤニヤしているように見えた。
「始め!」
おもむろに槍を構えようと動いたとたんに頸に剣を擬された。彼にはシエンヌの動きを追うことが出来なかった。吃驚したような顔で固まって、そのまま槍を落として降参した。体格の良さや力の強さを発揮することも出来なかった。
2人目は最初の打ち合いで剣を弾き飛ばされた。十人長が手もなく降参したのを見て慎重に距離を取って構えたが、躊躇いもなく距離を詰めてきたシエンヌに対してやや引き気味に出した剣を打ち落とされた。しびれた右手で慌てて落とした剣を拾おうとして、コスタ・ベニティアーノに負け判定をされた。
そして今の3人目は振り下ろした剣を外され、崩れた体勢を立て直そうとしたところを鎧の上から刃引きした剣で撃たれてひっくり返された。起き上がろうとした時には目の前にシエンヌの剣があった。
「女の力じゃないな」
「そうですね、ベニティアーノ卿。私もじっくり見たのは初めてですが帝国兵と闘っているのは何度も見ました。並の兵では相手にならないでしょう」
答えるアンドレもあきれた様子だった。見込み以上の力だ。華奢な魔法使いだと思っていたが、多分素の力でもかなりなものだろう。刃引きしてあっても剣の重さは変わらない。それを両手ではあるが軽々と振り回している。身体の動きも大の男がついて行けないほど素早い。
「あれも魔法を使っているのか?」
「多分。力を強化する魔法があると聞いたことがあります」
3人を相手にして息も切らせていない。息切れを起こさせるほどの時間、領兵が粘れなかったとも言えるが。
「そういう魔法もあるのだな」
「はい」
レフが近づいてきた。
「シエンヌはもう良いだろう。アニエスの方も見るのか?」
「ああ、出来れば見せて欲しい」
コスタ・ベニティアーノとしてはもう1人の女がどんな闘い方をするのか知っておきたかった。今は味方でも、この3人の力を知っておくことは必要だと思われた。特にアニエスと呼ばれた女はレフの切り札と思われる熱弾の遣い手だ。あれは恐ろしい、敵対するなら最初に排除しなければならない対象だ。熱弾が間に合わないほど接近したときに、どんな手で抵抗するのかは是非見ておきたい。
レフに合図されてアニエスが輪の中に出てきた。汗もかいてないシエンヌと胸の高さで拳を合わせて交代した。すぐ近くまで戻ってきたシエンヌが小声でレフに訊いた。
「気づいた人はいますか?」
「いや、短距離の瞬間転移なんて知られていない魔法だからな。誰も気づいていない」
「やはり」
「アンドレとベニティアーノ卿は気づくかもしれないな。何度も見せれば」
「いいのですか?」
「構わない」
「分かりました」
レフが構わないと言っているのだ、今回はレフに言われて使ってみたが、これからも必要なら使って良いということだ。
アニエスが両手に持ったのは大ぶりなナイフだった。
「訓練用の物が無いから真剣を使うが大丈夫、怪我なんかさせないから」
ひどく不遜に聞こえるレフの言い分だった。コスタ・ベニティアーノに指名されて1人目の兵が出てきて、槍を構えた。アニエスが両手にナイフを構えて姿勢を低くした。手にする武器は違ってもコスタ・ベニティアーノと対したときのレフにそっくりだった。槍に対してナイフは不利であるはずだったが、アニエスは低い姿勢のまま動かなかった。しびれを切らした相手が、気合いとともに突き出してきた槍を払うと次の瞬間には懐に飛び込んでナイフの柄でみぞおちを突いていた。男は舌を突きだしてくずおれた。
2人目の兵は剣だった。カンカンカンと何合か打ち合ったあとでアニエスのナイフが相手の剣を挟むように動いて半分の長さに切り飛ばした。慌てて短くなった剣を捨てて、腰の短剣に手をやろうとしたがその時にはもうアニエスのナイフを胸に突きつけられていた。周囲で見物していた領兵達が一斉にため息をついた。
「まあ、こんなもんだな。もういいだろう?」
レフにそう言われて、コスタ・ベニティアーノは無言のまま頷いた。レフに自分の訓練用の剣を折られた。アニエスは実戦用のナイフを使ったとは言え、それで訓練用の剣を折った。2人とも同じようなことをしているが、多分レフが教えているのだろう。魔法無しでもこの娘を排除するのは結構大変そうだ。それに乱戦になればおそらく、レフもシエンヌもアニエスをかばうように動くだろう。
見物していた兵達がぞろぞろと日常の仕事に戻っていった。
「強えな」
「あの動き、見えたか?」
と言うような会話が聞こえた。
領兵達が散って閑散とした原にアリサベル王女一行が佇んでいた。王女が動かなかったから必然的にロクサーヌとルビオもそこに残ったのだ。周囲に人がいなくなったことを確認して、
「どう見たの?ルビオ」
「2人とも油断なりませんね、親衛隊でも対抗できる者は少ないでしょう。特にあの迅さは驚異です。レフに相当仕込まれたのでしょう」
親衛隊では魔法士にあんな剣捌きを要求しない。魔法士には個人的な武勇とは別の才能が要求されるのだ。ただ、それを口実に槍や剣の訓練をしたがらない魔法士が多かった。魔法士に体力がない、と言う事情は親衛隊でも国軍でも、領軍でも同じだった。
「あんな匪賊が使うような武技、品がありません」
ロクサーヌが悔しそうに吐き捨てた。確かにアニエスの闘い方は親衛隊員や国軍の正規兵の遣り方ではなかった。武器もまるで暗器だ。乱戦になったときに身を守るためならともかく、攻撃するのにどれくらい役立つのか、でもそれを分かっていてアニエスはあの武器を選んだのだろう。自分の技倆ではシエンヌにもアニエスにも及ばないことはロクサーヌにも分かっていた。
「レフとあの2人、滅多のことでは後れを取らないわね。何とかするには腕利きを集めて数で押すしかないと思うわ。包囲して同時に攻撃すれば対応しきれないかもしれないから」
「その通りかと」
それでも集めた腕利き達が、自分を捨てるつもりで掛からなければ無理だろう。少しでも隙を作って、そこを他の人間が突くのだ。多分隙を作る役目をする人間は犠牲になるだろう。自分ならそんなことが出来るだろうか?姫様を守るためなら、とロクサーヌは思った。
「そんな事態にならないことを祈るわ」
王女が肩をすくめ、3人は自分たちの天幕に戻っていった
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