第43話 ささやかな勝利の後で 1

 ベニティアーノ領軍が2日前から根城にしているのは、レクドラムの戦いの前に帝国軍の略奪にあって放棄され、無人になった集落だった。ロゼリア街道からかなり離れたこの集落が帝国軍に襲われたのは、帝国軍の気まぐれとしか言えなかった。主街道沿いではなかったが、かなり大きな集落で略奪する物がたくさんあったからだろう。さすがにこれだけの時間が経てば死体は白骨化し、耐えがたかったであろう臭気も霧散したあとだった。

 焼け落ちた家屋は最早使用に耐えず、王国軍は死体を埋葬し、集落跡を片付けて中央の広場に天幕を張っていた。


 戦利品である大量の物資をつんだ馬車は集落の外に置き、王国軍は初戦の勝利にささやかな祝宴を催していた。


「勝利に!!」


 コスタ・ベニティアーノの音頭で乾杯し、奪った食料から戦場にしては豪華な料理が並べられていた。何しろ、ベニティアーノ領軍にも40人近い死傷者が出ていたが、2個中隊の帝国軍を殲滅し、その半分を捕虜にしたのだ。ほとんどの兵が初陣の領兵としては、大勝利と言って良かった。帝国軍の物資の中にあったものだが酒も出されていた。


 兵達が陽気に大声で手柄話に花を咲かせているとき、司令部にしている天幕に、アリサベル王女、コスタ、アンドレ、それにレフが集まってい今後のことを協議していた。


「勝つには勝ったが、3割の損害が出ている」


 先ず発言したのはレフだった。浮き足だった二線級の敵を相手にしたにしては損害が大きすぎた。ベニティアーノ領軍も一線級の軍ではなかったということだ。まあ、領軍としては想定範囲のことではあった。


「このままでは次の戦いで戦力としては使い物にならなくなる」


 今回は領軍に任せるつもりで、レフ達3人の行動は士官、魔法士の始末と逃亡を防ぐ事に限定した。次回はレフ達が直接戦闘に出るにしても、領軍にそれなりの損害は覚悟しなければならない。もう一度3割の損害が出れば全滅判定されてもおかしくない。


「それについては」


 コスタ・ベニティアーノがレフの言葉に応えた。


「ベニティアーノ領軍については交代させることにした。1個中隊を新たに呼び寄せる。もう既に魔法士を通じて命じてある。まあカジェッロの領軍はこのまま頑張って貰わなければならないが」


 言われてアンドレが頷いた。


「それは仕方が無い。最初から覚悟していたことだ」


 カジェッロの領軍はこれが初陣ではない。それだけベニティアーノ領軍より腰の据わった戦いをしており、損害は3人にとどまっている。


「交代の兵はどれくらいで着くの?」


 アリサベル王女の問いに言葉を改めて、


「大規模な補給物資を運ぶ必要は無く、言わば身一つで来れば良いのですから恐らくは5日もあれば着くかと考えております」


 アリサベル王女は名目上司令官だ。本人は名目上だけでは我慢できないようで、こういう会議には出席してくる。しかし肝心の作戦決定に関してはレフや、コスタ・ベニティアーノに異議を唱えることはない。尤もその作戦を採る意味を訊いてくることは多かった。それだけでもレクドラムの戦いの時のレアード王子より数等ましだった。


「交代が来れば、今の兵達に捕虜を護送させて、余分な物資も領の方へ運ばせるつもりです」

「5日か、次の補給隊が出てくるころだろうな」


 魔法士は一番先に排除した。だからレクドラムにもアンジエームにも補給隊に関する詳しいことは分からないだろう。しかし、毎日の連絡が途切れれば何か起きたことは分かる。まして魔法士が2人いたのだ。2人揃って例えば体調不良を起こして通心も出来ないという事態がまずあり得ないとすると、一番に考えるのは襲撃されたということだ。次の補給隊の護衛は厳重になるだろう。だがいつ、どこで、どの補給隊を襲うか、それを決めるのはレフ達になる。戦いの時と場所を選ぶことが出来ればその分だけ有利だろう。




 大体のことを決めてレフは自分たちに割り当てられている天幕に戻った。シエンヌとアニエスも宴会を早々に切り上げて戻っていた。男ばかりの無骨な席にいても面白くもなかった。

 そうしろと命じられたこともあったが、ジェシカのための食事を持ってきていた。レフが天幕に戻ったときにはすでに3人とも食事を済ませており、食器も片付けた後だった。シエンヌとアニエスは折りたたみの簡易な椅子に座っており、ジェシカは天幕内に敷かれたシートにうずくまっていた。レフが入ってきたのを見て、シエンヌとアニエスが立ち上がった。アニエスが、レフが脱いだ上着を受け取ってたたんだ。


「明日から5日ほど待機だ。ベニティアーノの所の領兵を交代させるそうだ」

「出来るだけ多くの兵に実戦経験をつませようということですね」


 自分がレフに会ったのも親衛隊候補生に実戦経験を持たせるための課程での事だったと想い返しながらシエンヌが言った。


「ああ、コスタ・ベニティアーノはそのつもりだろう。今日の戦いぶりをみているととても今のままじゃいけないと思ったんだろう」


 シエンヌとアニエスが頷いた。初めての実戦ではあんなものだろうが多くの兵が思い切りが足りず腰が引けていた。帝国兵の死体を見ても小さな傷がたくさんついた死体が多かった。致命傷を負わせられる前に中途半端な攻撃を数多く受けたと言うことだ。それでも王国側が勝ったのは、士官や魔法士を先ず斃された帝国軍が逃げ腰で、その戦意が極端に落ちていたからだ。


「でも、今日の要領でやれるのもあと1~2回だろうな」

「そうですね、直ぐに帝国軍は輸送隊の護衛を厳重にするでしょうから。多分アンジエームから応援を送るでしょう」

「ああ、1個大隊でも付けられたら生中なまなかな人数ではやれないな」

「騎兵を付けてくるかもしれませんし」

「だがその分、アンジエームの兵数が減るわけだ。王宮の攻撃が多少は手ぬるくなるかな」


 レフはアンジエームを出てから、定期的にザラバティー一家のロットナンと情報交換をしていた。だから港の海軍本部が帝国軍の手に落ちたことを早々と知っていた。今日、帝国軍の補給隊を襲ったことも報せるつもりだった。それでレフの方からエガリオにどうこうしろと言うつもりはないが、レフからの情報を何らかの形で利用するだろうとは思っていた。


「さて……」


 レフがジェシカに視線を移した。ジェシカがびくっと震えたように見えた。立ち上がって、懸命にレフを見返して、


「私を、どうするつもりですか?捕虜の中にいれるのですか?」


 捕虜は、捕虜交換に使うか、身代金を受け取って釈放するか、あるいは戦争奴隷として売るか、だった。王国兵がたくさんの捕虜を連行してきたのを見て、気になっていたことだった。自分をどうするつもりだろう?王国軍の魔法士との交換ならあり得る。身代金を払えるほど裕福な家の出ではない。一番可能性が高いのが王国の勢力圏まで連れて行かれて奴隷に売られることだろうと思っていた。ただその場合でも帝国がこの戦争に勝てば解放される。その時生きていれば。


「いや、お前にはしばらく一緒にいて貰う。イフリキアのことを知っているのだから」


 安堵して、思わず膝の力が抜けて倒れ込みそうになった。イフリキア様は魔法院にいたときにも親切にして貰ったし、こんな場合にも私のためになってくれた。そう思うと涙が出てきた。奴隷に売られてその後どうなるかを考えると、身が震えた。少なくともレフの下では理不尽な扱いを受けていなかった。それが通常の戦争奴隷の扱いよりずっとましなものであることはジェシカにも分かっていた。


「レフ様がそうおっしゃるのなら、もうしばらくはあたし達といっしょね。ちゃんと仕事はして貰うからね」


 アニエスの言葉に思わず頷いていた。




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