第42話 補給隊襲撃

 ロゼリア街道から100ファルほど離れた、雑木林になっている小高い丘の、その木の陰にアリサベル王女は身を隠していた。王女の少し前にルビオが身を伏せていて、別の木の陰にロクサーヌがしゃがみ込んでいた。

 コスタ・ベニティアーノから王女の世話にと付けられた侍女2人は、もっと後方で街道の反対側の丘の下りになったところに待機していた。


「あなた達は目立つの、隠れる訓練もしてないでしょう。見えないところにいてくれるのが最大の貢献よ。ここに人がいるなんて分かったら不意打ちにならないわ」


 侍女達は王女にそう言われて、渋々と丘の反対側に移った。

 王女達からはもっと街道に近いところに地面の起伏を利用して隠れているベニティアーノ家の領兵達が見えた。街道の両側に、街道から15ファルから30ファルほど離れて、5~6人ずつ固まって半里ほどの距離に展開していた。その中にはアンドレ達カジェッロ家の領兵も混ざっているはずだった。

 王女達と街道の中間点辺りにレフ達3人が伏せていた。


 レクドラムから徒歩で半日行程強ほど離れた地点だった。


 そして……


 その待ち伏せ地点にレクドラムからの帝国軍補給隊が近づいていた。


『2頭立ての大型荷馬車が50台余、護衛が2個中隊』


 まだ1里は離れているのに、レフとシエンヌからの情報がベニティアーノ家の魔法士と、アンドレに同行しているアルティーノ魔法士へ伝えられる。彼らではとてもそこまでの情報が取れない距離だった。

 荷馬車を御しているのも護衛兵だったから、荷馬車の周りに150人の護衛兵がいる計算になる。即時に戦闘に入れる人数は王国兵とほぼ互角だった。


 ガイウス大帝が定めた軍の標準編成では、複数の中隊の指揮は上級百人長がとる。中隊に1人、魔法士がついて情報を伝える。これは帝国軍も王国軍も同じだった。


『先頭が百人長、その横に魔法士が1人、上級百人長は中程より少し後ろにいて、やはりその横に魔法士がいる』


 小隊は十人長に指揮されて、各小隊ごとにまとまっている。士官は全員騎馬だ。一般兵と区別して襲うのに大変都合が良い。レフ達が百人長と魔法士を排除するのを合図に攻撃を開始することになっていた。

 レフからの情報が魔法士を通じてコスタ・ベニティアーノとアンドレに伝えられる。それが小声で待ち伏せしている領軍に広がっていく。

 やがて、隠れている王国軍の兵士達にも進んでくる帝国の輸送隊が見えるようになった。長く連なる荷馬車の列、その周りに展開する2個中隊の護衛兵達、領軍を主とする王国兵達は思わず武者震いをした。カジェッロの領軍を除いて大半の兵達が初陣なのだ。


 帝国軍の輸送隊は粛々と街道を進んできて、包囲網の中に頭を入れた。先頭で百人長と魔法士がのんびり話をしている。輸送隊のNo.2指揮官のはずなのに緊張感の欠片も見えない。魔法士も受動探査をおざなりに前方と側方に対して張っているだけで探査はまるでザルだった。僅か15ファルしか離れていない王国軍の伏兵に気づいていなかった。


――ここは既に帝国領って訳か。王国の民が反抗するなんて思ってもいない――


 コスタ・ベニティアーノが槍を持つ手に力を入れた。


 輸送隊の先頭が待ち伏せの網をもう少しで抜けるという位置に来たとき、アニエスが隠れていた丘の中腹で立ち上がった。それでも魔法士は気づかない。輸送隊の中にはたまたまアニエスの方を見ていて気づいた兵もいたが、何をするでもなく隣の兵に対してアニエスを指さしながら話しかけているだけだった。


「ダレきっているな。先ず中央の魔法士を排除しろ。あいつの方が優秀そうだ」


 輸送隊に付いている魔法士は2人だけだ。それを排除すればレクドラムへの連絡は取れない。襲われたことを報告することも、救助を求めることも出来なくなる。


「了解しました」


 アニエスの両手の間に生成された熱弾が先ず指揮官付の魔法士を狙った。1/8弾だった。小さく圧縮された熱弾が200ファルの距離を一瞬で飛んだ。狙われた魔法士は馬の上でのけぞって、落馬した。手に持っていた短状が宙を飛んで落ちた。間を置かず先頭の魔法士、その横のNo.2指揮官、中程の指揮官とアニエスは次々に撃ち落とした。悲鳴が連続して聞こえた。倒された百人長と魔法士の周囲にいた兵達が、恐怖に駆られて右往左往を始めた。何故、どうやって百人長と魔法士がやられたのか見当も付かなかったのだ。前に進もうとする兵と百人長と魔法士が倒れた現場から出来るだけ遠くへ逃げようとする兵が交錯して混乱が輪のように広がった。

 次いで狙われたのは先頭の荷馬車の御者、それから数台ずつ置いて3台の荷馬車の御者だった。荷馬車の列が停止した。前が動かなければ後ろは動けない、荷馬車というのは手軽にU-ターンも出来ない。結果、全ての馬車がその場で停止し、道からはみ出ても方向を変えようという馬車と、御者が逃げ出してどうにも動きが取れない馬車がさらに混乱を助長し、帝国兵の動きを邪魔していた。


 周りから一斉に王国軍が立ち上がり攻めかかった。王国軍に近かった兵が斃される間に残りの帝国兵は武器を構えた。たちまち乱戦になった。


「あれと、あれだな」


 レフが残った士官の中から上級十人長を指さし、それをアニエスが撃ち落としていった。指揮官を失った帝国兵の動きは鈍かった。逃げ腰のまま武器を振るっても王国軍の攻勢を止めることは出来なかった。命令者を失った軍勢は脆い。倒された百人長、十人長の周囲から広がっていった逃げ腰の混乱は帝国軍の戦意を萎えさせた。素質的に精兵とは言えない輸卒なのだ。囲まれて死傷者が出始めるとあちらこちらで手を挙げる兵が目立ちだした。周りが手を挙げるとそれ以上は抵抗できない兵が多かった。


 輸送隊の後方にいた20人ほどの帝国兵達は荷馬車を放り出してレクドラムに向かって逃げ始めた。裏崩れだった。それを見て、逃げる機会を失した帝国兵は武器を捨てた。逃げていく味方の姿は士気を落とすには十分だった。


 退却の先頭に立っていた十人長がいきなり馬から転げ落ちた。兜の下の額に投げナイフが突き立っていた。思わず立ち止まった帝国兵の前に立ちはだかる人影があった。


「逃がすわけにはいかない」


 いつの間にかレフ達3人が輸送隊とレクドラムの間に入り込んでいた。彼らについて10人ほどの王国兵もいた。ジェディエス十人長に率いられたカジェッロの領兵達だった。アンドレから付いていくように命じられたのだ。


――レフの戦い方をよく見ておけ――


 そう言われていた。


「くそーっ」

「やっちまえ、こっちの方が多いんだ。レクドラムへ帰るぞ」


 残った兵長――下士官――に叱咤されて帝国兵達が槍を構えて突っかかってきた。シエンヌとアニエスがたちまち5人を切り伏せた。カジェッロの領兵達も前に出て戦闘に加わった。レフは後方で腕を組んで見ているだけで武器も手にしてなかった。馬車列の方から王国兵が追いついてきた。


「武器を捨てろ。命は助かるぞ」


 レフの声に帝国軍の兵士の一人が破れかぶれでシエンヌに突きかかった。シエンヌはその槍をきれいに弾いてがら空きになった胴に剣を突き入れた。帝国兵はくたっと膝を突いて倒れた。自分たちより強い敵兵に囲まれている――もはや戦意を保つことは出来なかった。残りの帝国兵は武器を捨てた。王国兵達が帝国兵に槍を突きつけてコスタ・ベニティアーノのいる方へ引き立てていった。


「終わったようだ」


 レフが顎で示す方を見れば。王女一行がコスタ・ベニティアーノの所まで来ていて、その周りにベニティアーノ領兵とカジェッロ領兵が集まりかけていた。少し離れたところに武装解除された捕虜達が座り込んでいた。


「勝ったぞー」


 コスタ・ベニティアーノが叫んで、全員がうおーっと声を上げ武器を持った右手を挙げて、それに応えた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る