第41話 ベニティアーノ館にて 4

 コスタ・ベニティアーノが捨てられたレフの剣を拾い上げて渡しながら、


「見事なものだな。だが得物を捨てるのは感心しないな、とどめを刺すのに手間取るだろう」

「剣で勝負を付けると、殺さずにおくのに自信が無かったので」


 レフの返事にコスタ・ベニティアーノの目が鋭くなった。


「ほう、言いおる。それならわしと一手、手合わせ願えるかな」


 そう言われて、レフはコスタ・ベニティアーノの顔を見上げた。冗談ではない視線がレフを見つめていた。改めて手に握った剣を見つめて、


「良いだろう、あんたなら手加減せずに済みそうだ」


 コスタ・ベニティアーノがにやりと笑った。


「そう来なくては、アンドレ、審判をやってくれ」


 アンドレ・カジェッロがやれやれと言った表情で肩をすくめて頷いた。


――親父から聞いたことがあったな、ベニティアーノ卿は腕自慢で、強い奴を見ると勝負したくて堪らなくなる性質たちだと。しかもそれでたいてい勝ってしまうから余計にそれが止まらないんだと――


 人垣で作った輪の中で今度はレフとコスタ・ベニティアーノが対峙していた。さっきより少し大きな輪だった。領兵達はコスタの剣の腕を知っていた。縦横に剣を振るわれたら見物として離れていても避けきれない可能性がある。彼らから見ると到底届くとは思えない距離までコスタの剣が迫ることがあるのだ。


 コスタ・ベニティアーノは左手に盾を持って右手で長剣を構えた。練習用の剣だがずっと使ってきた剣でしっくりと手に馴染む。コスタと2ファルの距離を置いてレフが構えていた。足を平行に置き、スブリクスと対峙したときよりもっと姿勢を低くし、短めの剣を身体の前に持ってきていた。


――なるほど、剣の構えとしては変わっているがさっきスブリクスが打ち込めなかったのもうなずけるな――


 打ち込む隙が無かった。それが分かるほどにはスブリクスもできるのだ。コスタ・ベニティアーノがゆっくりと構えを変えながら誘いの隙を作ってみた。

 いきなりレフが動いた。


――かかった!――


 しかし短めの剣とは思えないほどコスタの顔をめがけて伸びてくる。コスタ・ベニティアーノが横に払う。ギンッと金属がぶつかる音がしてレフの身体が横を向く。その動きを利用してレフの足が回し蹴りを放ってきた。左手の盾で受けたが、小柄なレフとは思えないほど重い蹴りだった。普通の兵士ならそれで吹っ飛ばされていただろう。レフは盾を蹴った反動で2ファル飛び離れ、すぐに元の構えに戻った。


――誘いの隙には乗ったが、予想より迅かった。だが今度は俺の番だ――


 コスタ・ベニティアーノが大きく踏み出した。打ち下ろす、薙ぐ、突く、そしてもう一度打ち下ろす。隙があろうがなかろうが力でねじ伏せるつもりの重い剣だった。その攻撃をレフは後退しながら全て剣で受けて流した。最後の打ち下ろしを、剣の腹を払って流したとき、コスタ・ベニティアーノの剣が折れた。


「それまで!」


 すかさず、アンドレが勝負を止めた。コスタが折れた自分の剣を見た。刃の長さが三分の一になっていた。唇の端がピクピク動いている。汗の浮いた顔を緩めながら、大きな息をついた。


「あ~あ、練習用だが気に入っていた剣なんだが」

「続行不能で引き分けとします。ベニティアーノ卿、レフ、それでよろしいか?」


 レフもコスタもその言葉に頷いた。


「さすがお館様だ」

「惜しかったな、剣さえ折れなければ」

「でもあいつもやるではないか。お館様といい勝負をしてたぞ」


 がやがやと喋りながら領兵達が解散していった。コスタ・ベニティアーノが真剣な目つきで剣の折れ口を見つめていた。




 その日の午後、アンドレとハロルドは館の中庭で、遠征に持っていく補給物資の点検をしていた。予備の武器・防具、兵糧、馬糧、着替え、その他雑貨、それらを運ぶ荷車、駄馬などが大量に集めてあった。その量と数を記録し、適正な数を予測して、ゼス河を渡る手配をするのは大変な作業だった。

 そんな作業に大わらわだったアンドレとハロルドに近づいてくる者がいた。コスタ・ベニティアーノの執事だった。


「若様」


 すぐ側に来るまで気づかなかったハロルドが不機嫌そうな顔で振り返った。


「なんだ?ジェローム。見たとおり俺は忙しい」

「申し訳ありません、若様。お館様がお呼びです」

「親父殿が?」


 どれほど忙しくても領主の命を違えるわけにはいかない。


「はい、アンドレ様と一緒に来て欲しいとのことです」

「俺も?」

「はい、ご一緒にどうぞ」

「親父どのに呼ばれた。皆、作業をつづけてくれ」


 執事に聞こえないほど小さく舌打ちしてハロルドは部下達にそう命令した。


「行こう」

「ああ、だが俺とお前とに同時に用事があるって、何なんだ?」

「行けば分かるさ」


 要領を得ない顔のまま、アンドレとハロルドは執事の後について館へ入った。執事が案内したのはコスタの執務室だった。2人が入室するとコスタが書類から顔を上げて、


「まあ、そこに坐れ」


 コスタの執務机の前に椅子が2つ置いてあった。


「さっきまでレフと話していた」


 2人が椅子に座ると前置きもなしにコスタが話し出した。


「あいつの計画では、ロゼリア街道を行く帝国補給部隊を襲うつもりだ」


 レクドラムが帝国の補給基地になっていた。補給物資はシュワービス峠を越えて一旦レクドラムに集積され、そこからテルジエス平原に展開している帝国軍とアンジエームを攻撃している帝国軍に運ばれる。


「レフがアンジエームの帝国軍補給所を焼いた所為でアンジエームに対する補給を増やさざるを得ない。距離を考えると補給部隊はストラーザ街道よりロゼリア街道を通るだろう」


 レクドラムからアンジエームを結ぶ主街道は2つある。途中でエンセンテ領都を通るストラーザ街道と、ほぼまっすぐに両都市を結ぶロゼリア街道だ。西へ大回りをする分ストラーザ街道の方が距離が長い。しかし途中に王国内でも5指に入る大都市、ジェイミールがある所為で普段はストラーザ街道を通る商隊の方が多い。それにストラーザ街道の方が道幅も広く整備状態もいい。しかしこんな場合だ、距離の短いロゼリア街道を使うことは容易に想像できる。


 アンドレとハロルドは頷いた。当然のことと考えたのだ。ゼス河を渡って3日も西へ向かえばロゼリア街道にぶつかる。しかしその後にコスタが言った言葉は2人を吃驚させた


「レフはレクドラムに近い地点で、具体的にはレクドラムから半日ないし1日行程くらいの地点で襲撃するつもりだ」


 それなら単に西に行けばいいと言うわけにはいかない。ロゼリア街道をさらに北にたどらなければならない。全部で6~7日は掛かるだろう。日程が延びれば用意しなければならない物資も増える。さっき数えたものでは足りないかもしれない。もう一度計算をし直さなければならない。


「そんな!いったい何故?」


ハロルドの悲鳴に、


「帝国軍はレクドラムを占領してから1日行程の距離までの町や村を襲った。おかげで住民がいなくなった町や村も多いという」


 アンドレはレクドラムに行くまでに見た情景を想い出した。たしかにロゼリア街道沿いの町や村は、レクドラムに近いところではひどい有様のところが多かった。到底人が住めないまでに破壊され、焼き尽くされた村もあった。腐りかけた死体の臭いがたまらなかった。


「だから他人ひとに見られずに行動できる。それに帝国軍の主力はアンジエームにいる。アンジエームから遠いところで襲えば援軍が来るまでに時間が掛かるだろう。わしもレフの意見に賛成した」


 領主であるコスタ・ベニティアーノがそう決めてしまえば従うよりない。さらに増えてしまった仕事にハロルドがため息をついた。






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