第41話 ベニティアーノ館にて 3

 コスタ・ベニティアーノの視線がアンドレ・カジェッロに向いた。


「だからこそアンドレに訊きたい」

「レフの能力ちからについてですな」

「どう思う?上手くやれるのか、あいつ」


 見た目頼りない、髪を伸ばせば少女に見えかねない男だ。しかし、帝国軍と闘っていたアンドレに助力して敵を排除した実績がある。実際に帝国軍騎兵から奪った馬を見せられると、その力をある程度は信じざるを得ない。


「レクドラムの闘いの時、捕虜になっていたのを逃げ出したことはお話ししましたよね」


 コスタが頷いた。混乱した戦場での話だからそんなこともあるのかと思っていた。


「実はあいつに助けられたんです。見たことのない魔法を使って指揮官と魔法士を吹き飛ばし、残った2個小隊の帝国騎兵を瞬く間に馬からたたき落としたのをこの目で見ました。あいつだけでなく一緒にいる赤毛と黒毛の女も騎兵に襲いかかって倒していました。数はあいつが一番多かったのですが、3人とも油断のならない人間です。魔法無しでも恐ろしく強い」


 コスタ・ベニティアーノが目を剥いた。帝国に限らず騎兵は容易な相手ではない。それを3人で2個小隊、殲滅したとアンドレは言うのだ。


「信じがたいがな」

「見かけにだまされてはいけません。今回も我々に向かって突撃してきた騎兵を馬ごと先頭から3頭吹き飛ばしています。前回魔法で倒したのは指揮官と魔法士でしたが今回は全力で突撃してきた馬です。それで帝国騎兵が大混乱に陥り、馬の行き足が止まって歩兵で対処できるようになりました。あのままでは我々は全滅だったでしょう」


 アンドレ達が戦利品として曳いてきた20頭の帝国騎兵の馬は衝撃だった。聞くとレフ達が倒したのは最初の3頭と逃げ出した指揮官、魔法士とそれに付いていった3騎だけで他はカジェッロの領兵が始末したという。カジェッロの領兵の働きも大したものだが、それもレフ達が8騎の騎兵を倒したからだ。


「魔法を攻撃に使うのか。戦のやり方が変わるな」


 少なくとも今まで以上に魔法士を先に始末しようとするようになるだろう。だが魔法を攻撃に使う、それが戦のパラダイムを変えることは分かるが、いったいどういう風に変えるのかコスタには見当も付かなかった。


「奴の輸送隊襲撃はうまくいくでしょう。少なくとも最初の内は。殿下達も一緒に行くと明言されています。カジェッロ、ベニティアーノ両家としてもある程度の兵を同行させないわけにはいかないでしょう。既に父には連絡して了解を取ってあります」


 コスタ・ベニティアーノは2杯目の酒をまた一気に飲み干すと、頭を軽く振った。レフ達の攻撃魔法を2度も目撃したアンドレは、既にレフの企む帝国軍補給隊襲撃の成功を既定の事実として受け入れているようだ。


「分かった。我家からも領兵を出そう。あいつの手並みを見てみたい気もするからな」

「父上、私が」

「そうだな、ハロルド。お前が領軍の指揮を執れ」

「ベニティアーノ卿、総指揮はレフが執ると明言しています。そうでなければ付いてくるなと」


 コスタが舌打ちした。


「分かった、ハロルド、奴に逆らうな、少なくとも襲撃が成功しているいるうちはな」

「分かりました」


 レフ達の能力ちからを知らなければならない。攻撃魔法がどんなものか知らなければならない。できれば自分が直接行きたいところだ。次善の策として後嗣であるハロルドを行かせることに、いつの間にかコスタ・ベニティアーノは積極的になっていた。




 次の日の朝、レフとシエンヌ、アニエスは連れだって館の前庭にいた。ジェシカも一緒だった。コスタ・ベニティアーノから朝食の後、帝国軍補給部隊の襲撃にベニティアーノ領の兵も同道すると告げられた。その顔合わせだった。

 同道するのは王女一行3人、ハロルド・ベニティアーノ率いる3個小隊30人、アンドレ・カジェッロ率いる3個小隊30人だった。整列したベニティアーノ領兵達はレフ達を見てあからさまに眉をひそめた。短い私語が交わされる。

 彼らの指揮を執ると告げられたレフは見かけ如何にも頼りない。個人的な武威と指揮能力は別とはいっても、余りに頼りなさそうな外見は侮られる。カジェッロの領兵達はレフ達の戦闘を見ていたが、ベニティアーノの領兵達はそうではない。見かけからは、いくらカジェッロの領兵から聞いていたとは言ってもその戦闘力は想像できなかった。


 レフは無言のままコスタ・ベニティアーノに近づいた。


「私の指揮が信頼できないようだ。個人的な強さを示さないと駄目なのか」

「いや。そんなことはないはずだ」


 コスタ・ベニティアーノは一応そう答えたがレフの言うことが正鵠を射ていることを知っていた。領軍は二線級の兵である分、指揮能力と個人的武勇を分けて考えることが出来ない兵が多かった。強いリーダーに率いられた軍が強い。そして“強い”とは個人的戦闘能力のことだった。小隊、中隊規模の兵であれば勇猛な指揮官に率いられて敵陣に切り込めば勝てることが多かったから、そう思うのも無理はないと言えた。


「私が強そうに見えないのがご不満らしい。あからさまなアピールは好きではないが、一応私の力を見せておく方が以後スムーズに行くようだ」

「何を言っている?」

「この中で一番強いのを出してくれ。そいつを叩きのめして見せよう」

「何だと!?」

「だから、私の力を見せてやる。あんたの部下が納得するようにな」


 むっとしたようにコスタの表情が硬くなった。整列している兵達に視線を向けているレフを上から睨み付けると、


「スブリクス!こっちへ来い」


 大声で名を呼んだ。

 整列しているベニティアーノ勢の中から体格のよい男が一人駆け足で近づいてきた。コスタ・ベニティアーノの前に直立して、


「はっ、何かご用でしょうか!」

「レフ殿が手合わせを希望だ。ご自分の戦闘力を示しておきたいとの事だ。お相手してさし上げろ」


 男は一瞬戸惑ったような顔をしたが、直ぐに引き締めて、


「はっ」



 男達が径10ファルほどの円を作った。その中でレフとスブリクスと呼ばれた領兵が対峙していた。レフはスブリクスの胸の辺りまでの身長しかなく、体重も半分ほどだった。二人とも訓練用の刃引きした剣を持っている。レフの剣の方が少し短くて軽い。しかし鉄製の剣は刃引きしてあっても当たり所が悪ければ十分に人を殺せる。

王女達一行も見物の円の中に加わっていた。シエンヌとアニエスもその近くにいた。横に並んだジェシカは2人に全く心配している様子がないことに気づいた。


「始め!」


 審判役のルビオが告げた。スブリクスは剣を身体の前で構えた。領の剣術指南に教えられた剣だったが、技よりも力任せに振るうことが多い剣だった。それでも剣を振るうスピードが群を抜いていて、領兵の中で対抗できる者は居なかった。

 2ファルほど離れて、レフは右手に持った剣をだらりと下げたまま、少し腰を落として対峙した。剣を下げたままのレフに不審そうな顔を向けたままスブリクスはしばらく動かなかった。隙だらけに見えて、それなのにレフが妙に大きく見える、そんな気がしたのだ。


 アンドレとコスタ・ベニティアーノの表情が引き締まった。隙だらけに見えるレフに、その実、打ち込む隙が全くないのが分かったからだ。


 そのままの姿勢で時が過ぎる。スブリクスの額に汗が浮いた。レフからの圧迫感が普通ではない。決して大きくはない身体から闘気が吹き出してくる。その闘気がスブリクスにぶつかってくるように感じて、思わず一歩下がってしまった。周囲からブーイングが起こった。ブーイングに突き動かされるように下がりながらスブリクスが剣を振りかぶった。その瞬間剣を捨てたレフがスブリクスの懐へ飛び込んだ。スブリクスの身体がふわっと浮くと背中から地面に叩きつけられた。叩きつけられたスブリクスは完全に気を失っていた。見ている人間のほとんどがレフの動きを追えなかった。あっけにとられた見物人達は声も出なかった。


「それまで!」


 静寂を破るようにコスタ・ベニティアーノの声が響いた。ルビオに審判役を任せていたのに思わず声を出していた。





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