第41話 ベニティアーノ館にて 1
レフ達がベニティアーノ領に着いたのは翌々日の夕方――アンジエーム港が陥落したその日――だった。
コスタ・ベニティアーノの率いる領軍の側まで騎乗のままで近づいて、アンドレとその部下、レフ達、最後に王女一行が馬を下りた。後ろに付いていたカジェッロの領軍がやや距離を置いて整列して止まった。
「アリサベル・ジェミア・アンジェラルド王女殿下を我が領にお迎えできて光栄に存じます。」
王家の者に対する礼を取りながらコスタ・ベニティアーノがまず発言した。
「出迎えご苦労に存ずる、コスタ・アルマニウス・ベニティアーノ卿」
生まれながらの王女殿下だった。領主に対する態度も堂に入ったものだった。
「何も無い田舎ではございますが精一杯に歓待させて頂きます」
「気を遣わなくて良い。今は戦時だ。それに私は包囲されている王都を抜け出してきた身だ。余り歓待されては肩身が狭い」
「かしこまりました。戦時ということを考慮させて頂きます」
ベニティアーノが合図して後ろから侍女の格好をした女が3人出てきた。
「お疲れでございましょう、先に館の方へご案内いたします。どうぞごゆっくりお寛ぎください」
コスタ・ベニティアーノの言葉を受けて、侍女達が礼をした。その中で一番年かさに見える侍女が王女の前まで出てきて、
「アリサベル殿下、馬車のご用意が出来ております。どうぞこちらへ」
侍女達に先導されて、アリサベル王女、ロクサーヌ、ルビオがその場を離れた。ルビオが馬を2頭引いている。王女とロクサーヌが馬車に乗るのを見てそのうちの1頭に騎乗した。王女と同じ馬車に乗るのを遠慮したのだろう。
王女達の背中を見送って、
「さて、久しぶりだな、アンドレ」
「ご無沙汰しております。コスタ・ベニティアーノ卿」
アンドレ・カジェッロが改まった口調で挨拶を返した。コスタ・ベニティアーノが、アンドレが率いてきた男達を見て、
「40人か、まあ帝国騎兵と
レフ達に視線を移して、
「例の連中か」
さすがにこの声は小さかった。もっともレフの耳には充分な音量だった。
道々、アンドレの隊にいるアルティーノ魔法士を通じて情報を渡していた。だからコスタ・ベニティアーノは、アンドレが帝国騎兵と闘っている所をレフに助けられたことを知っていた。小声でさらにアンドレに訊いた。
「どう接すればいい?」
「……国軍の士官に接するようにするのが良いかと思います」
ほうっと言うようにアンドレとレフを交互に見て、
「高く買っているのだな、アンドレ」
アンドレは黙ったまま少し頭を下げた。ベニティアーノが少し離れたところに立っていたレフの前まで歩いてきた。
「コスタ・アルマニウス・ベニティアーノだ」
「レフ・ジン」
「アンドレ・カジェッロの隊が帝国軍と闘っていたときに助けてくれたと聞いた。礼を言う」
「たまたまそういう巡り合わせになっただけだ。アンドレは顔見知りだったから助けることが出来て良かったとは思っている」
「子供の頃から知っている男だからな。こんなご時世だが簡単にはくたばって欲しくない」
会話しながらコスタ・ベニティアーノはレフを値踏みするようにしげしげと見た。アンドレから聞いていたことから想像していたような男には見えなかった。
「私の顔に何か付いているか?男に見つめられても余り嬉しくないんだが」
「いや、アンドレから貴公の話を聞いていたんだが……」
アンドレ・カジェッロがアルティーノ魔法士を通していろいろ情報交換をしているのは知っていた。当然帝国騎兵との戦いの様子も詳しく知っているだろう。
「半個中隊の帝国騎兵を殲滅したと言うからもっと、うん、何というか……」
「逞しい男を想像していた?」
コスタ・ベニティアーノは右手を顎の所へ持ってきた。顎髭を親指と人差し指でしごきながら、
「いや、必ずしもそうではないが、もう少し年上を想像していたのは確かだな。なにせ、貴公の外見についてはアンドレは何も言わなかったからな」
「言っても信じなかったでしょう、ベニティアーノ卿。それに多少は驚かせたい気もありましたし」
「で、貴公らはこのあと、テルジエス平原に入って帝国の輸送隊を襲撃しようとしていると、そう聞いたんだが」
「ああ、そのつもりだ」
「それなら我が領に1~2日滞在できるかな?いろいろ便宜を図れるだろう」
「便宜?」
「たとえば、ゼス河を渡る手配も出来る、馬を連れてな。この辺りには橋がないから渡し舟が必要だ。領主の権限で集めることが出来る」
「それは……、有り難い申し出だが」
「まあ、アンドレの窮地を救ってくれた礼と思ってくれていい」
「じゃあ、その辺りは世話になろう」
コスタ・ベニティアーノが右手を出してきた。レフもその手を握り返した。固い剣だこでごつごつした手だった。アンドレのようにレフを試すような真似はせず、握手を解いてコスタ・ベニティアーノの案内でレフ達は彼の館に向かった。
ベニティアーノの館におけるレフ達の扱いは一応疎漏のないものだった。客用の夕食が提供されたし、4人――ジェシカも同じ部屋にするようにレフが要求した――が滞在できる広めの部屋も用意された。さらにジェシカの衣服も提供された。帝国の魔法士軍装のままでいることはレフが好まなかったからだ。館の侍女の中から体格の似た者の、ちょっとよそ行きくらいの服を買い取って与えた。ジェシカはおとなしく着替えたが、帝国軍魔法士の軍装は自分の荷物の中にしっかりと納めた。
ベニティアーノを始めとする領の支配階級に属する者達は、王女殿下の接待にかかり切りになっていて、レフ達のほうへ注意が向かなかったのも却って居心地良くさせていた。夕食もレフ達4人だけで、料理は最初に全て供されて女中も後片付けに1人残っただけだった。
レフ達に割り当てられた部屋は4ファル×3ファルほどのかなり広い長方形の部屋で、一応客用寝室だった。主ベッドと一組のソファ、丈の低い机、それに作り付けのクローゼットという家具構成の部屋に簡易ベッド――行軍の時に幹部用に持ち運ぶベッド――を3つ入れてあった。内扉で横に手洗い、洗面所が付いていた。
レフが一人がけのソファに、その向かいに机を挟んで複数の人間が座れるソファが置いてあり、シエンヌとアニエスが座っていた。ジェシカはソファに置いてあったクッションを絨毯敷きの床に置いて座っていた。それぞれの前には女中が持ってきた茶が置いてあった。
4人が部屋に案内されて先ずやったのは、レフが部屋を
「この糸が切れるとそれが私に分かる。誰かが侵入してきたことを報せてくれる」
ジェシカが頷きながらその糸を見ていた。仕掛けは糸の両側に付いている小さな魔導銀の塊にあるようだ。ごく単純な魔法ならこんなものに込めることも出来る。イフリキア様に見せてもらったことがある。魔力をぶつけると淡く光る、小指の先の1/4程の大きさの魔道銀の塊だった。ぶつける魔力の大きさに応じて光量が変わるのだ。ただそれだけの機能しか無かった。『ちょっとした手慰みよ』イフリキア様がそうおっしゃった。
「糸の端に付いているその魔導銀が報せるのですね?糸が切れたと」
「さすがだな、その通りだ」
さて、帝国魔法士の資質の程を見せて貰おう。
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