第39話 アンドレ・カジェッロ 3
レフが言葉を継いだ。
「王国の勢力範囲まで王女さん達を護衛するという約束だった。あんた達に託すことが出来れば私達の役目も終わりで良いだろう」
「それであなたたちはどうするつもりなの?わたし達をカジェッロに押しつけて」
そう声をかけられて、レフが殿下を見た。アリサベル殿下の声が尖っている。
「この前、
とんでもないことをレフが言った。アリサベル殿下は吃驚していない。2人の兵士――王女の護衛だろう――も同様だ。赤毛と黒毛はレフの後ろに立って周囲に気を配っているだけだ。つまり本当だと言うことだ。
「帝国軍は多分、レクドラムからの補給物資の追加輸送を急ぐだろう。そいつを邪魔してやるつもりだ」
王女の顔が引き締まった。護衛の2人が今度は吃驚したような顔をしている。この話は初めてだったのだろう。
「輸送隊を襲うというのか?」
「そうだ」
とんでもないことを平然と言いやがる。
「護衛が付いていると思うが、少なくとも中隊単位で。3人でそれと闘うつもりなのか?」
王女殿下の疑問は当然だが、襲って混乱させるだけならこの3人で十分だろう。遠くから輸送隊指揮官と魔法士を片付ける。それで兵達が逃げれば補給物資を焼くなり略奪なりすれば良い。逃げなければ放っておく。それだけのことでも何度も繰り返されれば、帝国軍としても対処せざるを得ない。今はほとんど兵を置いていないテルジエス平原に兵を出して、レフ達と鬼ごっこをするわけだ。そうなっても帝国兵がレフ達を捕捉する未来が見えない。
「真正面から闘うつもりはない、補給物資を焼いて逃げるだけならそう難しいことではない。ルビオから聞いただろう?私の遣り方は」
俺が思ったとおりのことを言いやがる。まあレフ達の
「そうね。確かにあなたの闘い方は私たちの遣り方とは違うもののようね」
殿下がそう言って少しの間考えてから、とんでもないことを言い始めた。
「それなら、わたし達も一緒に行くのはどうかしら?」
「「殿下!」」
あまりの発言に2人の護衛兵が同時に諫める言葉を発した。それに対して、
「黙ってなさい、今は大事な話をしているの。このまま東へ行っても、第三軍のガストラニーブ上将の庇護の元に入るだけよ。安全ではあるでしょうけれどね。でも後方で何も知らされずにいて、ある日気がついたら亡国の王女になっていたと言うことになりかねないわ。それなら私なりにやってみたいわ」
思いがけず王女の強い言葉にロクサーヌとルビオは黙った。2人とも自ら決定するより命令に従うことに慣れた兵士だった。上級者の言葉に逆らうのは難しい。
「どう?レフ」
レフはむしろ面白そうな顔で、
「何かメリットが?特に私達にとって」
「わたし達のメリットから言うと、わたしが加わることによって、あなたたちの輸送隊襲撃が匪賊の仕業から王国の正規の戦争行為になることね。なんと言っても私は王族だもの。王族に率いられた王国軍と強弁できるわ。開戦以来やられっぱなしだった王国が一矢報いるわけ。東で戦っている王国兵には良い便りになると思うわ。それに補給は戦の根幹、あなた達の活動によって帝国の兵站がどの程度阻害されるのか、王国の中枢に、まあ中枢の端っこだけれど、居る者として知っておきたいと思うのは当然ではなくって?」
殿下の口上に護衛の2人はぽかんと間抜け面を曝している。正直言えば俺たちも同様だった。
「なるほど」
レフが納得したように僅かに口角を上げた。
「で、私達のメリットは?」
「王家にコネが出来る事かしら。あなた達に生きるための空間を提供できるわ。あなた達がどんな立ち位置か詳しくは知らないけれど、王国内に正規の立場がないことは予想できる。とくにシエンヌ、親衛隊候補生だった彼女がどんな経緯であなたに付いたのか知らないし、詮索する気もないわ。でも私なら、その経緯を“無かったこと”に出来る。死んだことにしなくても良くなるわ。どう?」
俺の目の前でとんでもない話をしている。いつの間にか俺も共犯者だ。どうもこの赤毛、王女の口ぶりからすると脱走兵のようだ。軍からの脱走は死刑だ。それを王家の力でもみ消すと言っている。後できちんと周りにいる部下達に説明して、口外しないように言っておかなければならない。今でも訳が分からずポカンと口を開けているのだから。下手にこんなことを口に出したら、王家とレフ、両方から狙われる。そうなったら逃げ切れる自信など一欠片も無い。
「良いだろう、馬も手に入ったし、我々の速度に王女様が付いてこられないなどと言う心配がなくなったからな」
「ちょっ、ちょっと」
やっと口を挟む余地が出来た。殿下とレフが俺を見る。
「帝国軍の輸送隊襲撃に、出来れば我々も同道したいのですが」
主には殿下に向かってそう言った。殿下とレフが顔を見合わせた。しばらく互いの顔を見合った後で俺の方を振り向いて、
「どうして付いて来たがるのだ?」
予想していた質問だった。
「開戦以来、王国軍はやられっぱなしだ」
王女殿下一行が俺の言葉に嫌な顔をした。特に女兵は睨み付けるように俺を見た。
「だから、
「だから?」
レフが先を促してきた。
「あんたに付いていったら多分帝国軍を叩くことが出来るだろう」
あの魔法だ、帝国軍の魔法士と士官を吹き飛ばしたあの魔法があれば優位に立てる。さっきも逃げようとした3人の帝国騎兵を殺った。指揮系統を潰した後なら少々敵が多くても有利に戦える。
「そうすればこの連中も一人前の兵隊に成れる」
俺はまだ戦場の後片付けをしている部下の連中を指さしならそう答えた。部下に20人を越える死傷者が出ている。敵の死体は放っておくにしても、味方は負傷の手当てをして、死者については何か形見になる物を回収して埋めてやりたい。その作業をしているわけだ。それに敵の死体から何か値打ちものを回収する作業もある。
「アンドレ様」
横からアルティーノ魔法士が心配そうに俺を呼んだ。
「余り突出したことは……、お館様の命に背くことになるのでは」
「親父はベニティアーノ卿に協力しろと言ったんだ。ベニティアーノ卿が王国貴族である限り今の情勢では帝国と闘う義務がある。闘い方はいろいろだろう。ここで王女殿下の元で闘うのも親父の命令範囲だ」
屁理屈だ。アルティーノ魔法士は納得できない顔のまま口をつぐみ、ジェディエスとマリストスはうんうんと頷いている。レフが登場して以来の戦況の逆転を見ていれば、脳筋の2人にはレフの協力のもと帝国軍と闘うというのは魅力的な案に思えるはずだ。
「指揮系統はどうなる。誰が命令するんだ?」
「あんたが指揮するということでいい。まあ直接あんたが命令しても言うことを聞かない奴が出る可能性があるから、俺を通じての指揮になると思うが、きちんとあんたの命令を伝えることを約束するよ」
俺の言葉にレフがちょっと考えるふりをしたが、
「良いだろう、人手が増えれば焼き捨てるだけではなく、場合によっては物資を奪うことも出来るだろう」
殿下の方を振り向いて、
「殿下、この者の申し出を受けてもよろしゅうございますかな?」
わざとくそ丁寧な言い方でそんなことを言う。お前が決定すればそれで終わりだろうに。殿下もレフに合わせるように、
「いいわ。領軍とはいえ、王国の軍。人数が多い方がいろんな事が出来るでしょうから」
レフは笑っていやがった。一見ニコニコと形容していいような笑顔だったが、裏にあれほどの感情を隠した笑顔などそれまで見たことがなかったし、それ以降も見ることはなかった。
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