第38話 東へ
レフ達と王女一行は東へ向かっていた。途中で使わなかった転移の魔器を回収した。レフが浅く砂に埋められた魔器を取り上げたとき、ジェシカ・グランデール魔法士は思わず目を奪われた。レフが手に取ったその魔器は表面に精緻な法陣を描き、ジェシカ達帝国軍魔法士に渡された魔器に匹敵するものに見えた。
“こいつは今までの魔道具とは違う。遙かに高性能で、お前達の魔法を遺憾なく発揮させる。一度こいつを使うともう魔道具なんかには戻れない。他国ではこいつに匹敵する魔器を造ることは出来ない。つまり帝国軍の魔法士は他国の魔法士よりずっと強力ってわけだ。来たるべき戦役に於いて諸君らがこの魔器を使いこなして帝国に大きく貢献することを期待する”
魔法士長がそう言って各魔法士に配った通心の魔器は、ジェシカがかって魔法院のイフリキアの研究室で見た、イフリキア手ずから造った魔器に比べると真球の精度も魔導銀線の性能も数段落ちるものだったが、それでもそれまで使っていた魔道具の性能とは比べものにならなかった。
――あれは、イフリキア様の造られた魔器と同じくらいの精度を持っているように見える。それにこの拘束の魔器も、魔道銀線の性能がとんでもなくいい――
ジェシカがイフリキアの気に入られそうになったのは魔道銀線の作成に才能を見せたからだ。当然、その性能評価をすることもできた。
――さすがはイフリキア様の血を受けている、と言うのかしら――
回収した魔器を背嚢に入れてまた歩き始めたレフの後を付いていきながらジェシカはそんなことを考えていた。
その気配に気づいたのはシエンヌが最初だった。王女一行を護衛していく途上で、シエンヌが
『騎兵が近づいてきます。マチェレア街道を東に進んでいますからアンジエームから出てきたようです』
言われてレフも探ってみた。
『20~30騎くらいか、半個騎兵中隊だな。まっすぐ東に向いているから我々の北を通るな』
帝国軍が市外のパトロールを強化した所為だった。幾組もの偵察部隊を出している。
『通り過ぎるときに気配を抑えれば問題ないだろう』
中隊規模の隊だから当然魔法士がいて索敵を行っているだろうが、騎乗して走っているときには探査の精度が落ちる。半里は北を通るからルビオやロクサーヌが多少気配を漏らしても普通の魔法士に見つかるとは思えない。
――このまま奴らが東へ行くと――
改めて進行方向を探査してみて、レフは面白いことに気づいた。これも偵察だろうか、東から近づいてくる一隊がいた。50人ほどで荷車を引いている馬が3~4頭、歩兵にしてはかなりの速度で進んでいる。重装歩兵の速度ではなかった。偵察任務にしては多すぎ、帝国軍と戦うためにしては装備も軽く、人数も少なすぎた。国軍ではなく領軍に属する兵だろう。両方のスピードから計算するとあと半刻もするといまレフ達がいる地点の丁度真北1里半ほどの地点で衝突することになる。
シエンヌがレフの横に来た。そのまま探査を続けていると、王国軍と2里の距離を残して、帝国軍の足が一旦止まったのに気づいた。直ぐに展開し、戦闘体型に移行してまた前進を始めた。
レフが小声で、
「帝国軍は気がついたみたいだな」
「はい」
同じように小さな声で答えたシエンヌはいくらか悔しそうだった。帝国も王国も魔法士の素の能力に差があるわけではなかったが、探査の魔器を備えている分だけ帝国の方が有利だった。その差があからさまに出て、帝国軍は敵に気づき、王国軍はまだ気づいていない。その差が悔しいのだろう。
「さて、どうするかな」
レフの独り言に、
「何がです?」
アニエスが反応した。
「我々も馬が欲しいなと思うのだが……」
帝国軍騎兵の馬のことを言っているのだろうか?シエンヌは首をかしげた。
「介入するのですか?」
馬を手に入れるためだけに帝国軍と王国軍の衝突に干渉するのか?レフの表情を見ると冗談ではないらしい。
「何を言っているのだ!?」
いきなり内輪で話し始めたレフ達にいらだったようにロクサーヌが口を挟んだ。レフが王女達の方を向いて、
「ここの北の方で領軍と帝国軍がぶつかりそうになっている」
レフの言葉にルビオとロクサーヌは、はっとしたように顔を引き締めて北の方を向いた。アリサベル王女はややうつむき加減に目を瞑って懸命に周囲の様子を探った。それ程の間も置かず、
「本当だわ、騎馬の帝国軍と……」
顎をしゃくって東の方を指して、
「向こうの方に何十人かの気配があるわ」
「殿下、そんなことがお分かりになるのですか?」
王女の言葉に吃驚したように反応するロクサーヌに、
「昔シエンヌに遣り方を教えて貰ったものね、これでも懸命に訓練したのよ。でもシエンヌとレフは移動しながらでもあれが分かるのね。それで……」
王女がレフに向き直った。
「どうするつもりなの?」
レフがふっと笑った。
「帝国軍から馬を貰おうかなと」
「何をふざけたことを言っているのだ!」
ロクサーヌが吐き捨てるように言った。それを無視して、
「ですから殿下達はこのまま東へ向かえばいい。他の帝国軍の気配はないし、王領の境ももうすぐでここまで来たら一応安全だろうから」
「で、あなたたちは領軍と帝国軍がぶつかるところへ行く訳ね」
「ああ、
「なら、私たちも一緒に行って良いかしら?いい加減歩き疲れたし、あなたたち3人では扱いきれないほどの馬が手に入るのでしょう?私たちに3頭ほど分けて欲しいわ」
闘いの場に連れていけば王女達に手の内を曝してしまうことになるが、どうせ時間の問題だろう。
「分かった。馬代は護衛料に上乗せさせて貰うぞ。それにある程度のリスクは覚悟して貰う。私たちが必ず勝てるとは限らないのだから」
多分レフ達の戦闘力をもう一度確かめておきたいという積もりもあるのだろう。
こんなことを話し始めた一行を唖然とした表情でグランデール魔法士が見ていた。
「少し急ぐぞ、早めに予定戦場に着いていたい」
レフが先頭に立って北に向かった。王女達、それにジェシカ・グランデール魔法士はそのスピードについて行けなかった。
「シエンヌ、殿下達の面倒を見て後から付いてこい」
アニエスと2人で先に行くことに決めた。さすがに王女達を放って置くわけにも行かなかった。その事情が分かるからシエンヌは渋々頷いた。
「はい」
シエンヌの返事を聞いてレフとアニエスは走り出した。たちまち王女達の目にはレフとアニエスの姿が小さくなった。
「シエンヌ?」
王女が不安そうな声を出すのに、
「大丈夫です。レフ様とは通心で繋がっています。見失うことはありません」
王女一行やグランデール魔法士に速度を合わせながらシエンヌが答えた。
『レフ様』
シエンヌが通心で呼びかけたのはレフとアニエスが予定戦場までの距離の半分位を過ぎた辺りだった。
『領軍も気づいたようですが』
『ああ、戦闘隊形に展いたな。かなり手際が良いし、領軍にしては良く訓練されているようだ』
領軍には戦時のみ徴集される農民が多い。定期的な訓練を受けるとは言え、常備兵で構成される国軍と比べると精兵とは言い難かった。それを勘案すると行軍隊形から戦闘隊形に移行する手際はなかなかなものだった。またレフの予想とそう違わない距離で帝国軍に気づいてくれたため、予定戦場が思い通りの場所で確定したこともレフを上機嫌にした。互いに相手に気づけば前進は慎重になる。そうすればレフ達の方が先に着くだろう。そのつもりでさらに足を速めた。
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