第33話 探査の魔法 3
レフは地下の工作室で魔導銀の加工をしていた。魔導銀は魔力を流し込んである一定の密度にすると加工がたやすくなる。これはよく知られたことだった。問題は魔導銀の重量にも依るが、その密度にするまでに流し込む魔力が冗談ではない量になることと、“ある一定の密度”というのが非常に狭いレンジにあってそのレンジを維持する為には、流し込む魔力量の精緻な調節が必要になることだった。しかも魔導銀の精製度合いの均質さを求めるとその作業がさらに面倒になる。レフが今しているのは親指の先ほどの大きさの魔導銀から魔導銀線を紡ぎ出す作業だった。魔導銀の塊に細かく調節しながら魔力を流し込み、さらに紡ぎ出している魔導銀線にも一定の、これも狭いレンジの魔力を流し込まなければならない。レフにとっても集中力を高め、根を詰める必要があった。魔器を作る最も基礎となる工程だった。紡ぎ出された髪の毛ほどの細さの魔導銀線はくるくると輪に巻かれている。
魔動具と魔器の違いは、魔導銀の土台に特殊インクで法陣を描いたものが魔動具で、水晶またはガラスの土台に魔導銀線で法陣を描いたものが魔器と呼ばれていた。魔器の方が魔導銀の使用量は少ないのに効率は遙かに良かった。ただ魔道具は法陣の描ける魔法使いなら誰でも作ることができたが、魔器は魔道銀線を作ることも土台を作ることも易しい技ではなかった。土台は遠隔系の魔法――通心や転移、念動――であれば真球、それ以外の魔法であれば表面の凹凸をできるだけなくした平面を用意する必要があった。土台の精度も魔器の性能に大きく影響した。そんな背景もあって、この時点でまともな魔器を作れるのは帝国だけと思われていた。尤も帝国もイフリキアが出てくるまではまともな魔器を作ることはできなかったのだが。
魔導銀線作りに集中していたレフがふっと顔を上げた。
「しまった」
思わず出た言葉だった。猶予はない、すぐに行動に移さなければならなかった。
『シエンヌ!』
レフの通心にすぐに返事があった。
『はい』
『気づいたか?』
『はい』
『すぐにみんなを居間に集めろ』
『承知しました』
立ち上がって周囲を見回した。
――放っておく訳にもいかないな――
必要なものを袋に詰めながら、その中から1枚の円盤を取り出して机の上に置いた。遠隔操作の機能を加えた発火の魔器だった。
もう一度周囲を見回して確認すると部屋を出て階段を駆け上った。居間には既にシエンヌ、アニエスと王女達一行3人が集まっていた。
「一体何のつもりだ?」
いきなり呼び集められて、あからさまに不機嫌を表に出したロクサーヌが文句を言うのを遮って、
「帝国軍だ!既に探知されている」
レフの言葉に王女達は驚愕の表情を浮かべた。
ジェシカ・グランデール帝国軍魔法士はアンジエーム市平民街の一番南の街路を、東に向かって歩いていた。昨日歩いたのと同じ道だった。護衛の兵が10人もいたのは同道していたのがドミティア皇女だったからだ。護衛が1個小隊規模でしかなかったのは、既に一度スウィープされたところで危険性が少ないと考えられたことと、皇女の護衛の中で最も腕が立つレザノフ百人長がいたこと、さらには皇女から気配を消すことに長けた者をという要求があったからだった。皇女の要求する水準で気配を消すことが出来る兵は、決して多くはなかった。
彼らは気配を消しながら、ベンディッシュ通りを進んでいる魔法士と歩調を合わせて、東へ向かっていた。ちなみにベンディッシュ通りを進んでいるのはこれも昨日グランデール魔法士と組んでいた魔法士長だった。魔法士長には護衛が3人付いていた。今回は魔法士2人だけで、探知網ではなく探知線を構成してスキャンする予定だった。探知網よりも範囲が狭く、効率も悪くなるが、今回探査するのは探知網が“滑った”場所を中心に前後2~30ファルほどの場所だけのつもりだったからだ。
「そろそろね」
前回使用した探査の魔器を手に取りながら皇女がそう言った。
「それでは魔器をお渡しください」
手を出したグランデール魔法士に皇女が探査の魔器を渡した。今回はジェシカ・グランデール魔法士が親機を、ベンディッシュ通りを進んでいる魔法士長が子機を使うことになっていた。グランデール魔法士が軽く魔力を通して、親機のスウィッチをいれた。子機も同調してスウィッチが入った。とたんに、
「うっ!」
グランデール魔法士が思わず声を出した。探知線に強く引っかかってくるものがあった。魔導銀を加工しているレフの魔力だった。
「こっ、これは!」
「どうした?なにかあったのか」
皇女の問いに、
「いました!とんでもない魔力の持ち主が。こんな魔法使いがかくれていたなんて……、しかも前回の探知に引っかからずに」
探知した魔力は大きなものではない。しかし、その純度はグランデール魔法士がこれまで遭遇したことのないほど高いものだった。皇女が護衛兵に合図し、護衛兵の中の魔法士が待機している中隊に連絡を取った。直ぐに戦闘用の中隊が駆けつけてくるはずだった。
「どうだ?」
レフの問いに、
「ハウタームの交差点と東の市門から帝国兵が出てきました。どちらも1個中隊ほどの勢力です。ここを目指しています」
シエンヌが簡潔に探査結果を報告した。
「200人くらいか。用意のいいことだ」
レフが王女一行を見ながら呟いた。
「ちょっときついかな」
さすがに200人を相手に3人で闘うの分が悪い。王女は勿論、ルビオとロクサーヌでも――親衛隊の中では腕利きと言われていたが――自分たちの闘いに付いてこられるとはレフは思ってなかった。
「何を言っている?」
ロクサーヌが訊いてきた。
「ここは既に帝国軍に探知されている。2個中隊、200人ほどの帝国兵が西と東からここに向かってきている。挟み撃ちにするつもりだ」
レフがもう一つ理解ができてない――理解したくなかったのかも知れない――ロクサーヌに対して説明を繰り返した。
「どうするのだ?闘うのか、降伏するのか?」
今度は王女が訊いてきた。
「逃げる」
「逃げる?どうやって?東西から挟み撃ちにされているのだろう、北や南に逃げても既に探知されているのだから逃げ切れないのではないか?」
レフは少しだけ考えた。
――知られてもいいのか?――
いいだろうと結論した。
「転移する」
「「転移だと!!」」
そこまで黙っていたルビオ・ラクティーグラ親衛隊員もロクサーヌ・ジェスティ親衛隊兵長と一緒に声を上げた。驚愕が顔に張り付いている。
「どういうことかしら?」
王女が落ち着いた声で尋ねた。
「3人とも転移魔法は持っていないわよ」
「私が転移させる。あなたたちに転移の能力がなくても大丈夫だ」
「信じられるか、そんなこと!」
その言葉にレフはロクサーヌに視線を当てた。無表情に見つめられてロクサーヌは思わず一歩下がった。視線にほとんど物理的な圧力を感じた。
「信じられなければ別に構わない。自分でどうするか考えればいい。シエンヌ、アニエス、行くぞ」
シエンヌとアニエスがレフの側に立った。レフが二人の腰に手を回した。二人が大きな背嚢を背負っているのは最初から転移で逃げるつもりだったからだ。
「待ちなさい!」
止めたのはアリサベル王女だった。
「私も行くわ」
「殿下!!」
ロクサーヌの声は悲鳴に近かった。
「そんな得体の知れぬ魔法などに!」
「ロクサーヌ、ルビオ。私は帝国軍の捕虜になるのは嫌。だからレフに連れて行ってもらう。あなた達には強制はしないわ、自分で決めなさい」
「私はご一緒します」
先にそう言ったのはラクティーグラ親衛隊員だった。
「ルビオ!」
「ここに居ても殺されるか捕虜になるだけだ。俺はごめんだ」
「そっ、それなら、……私も行くわ」
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