第33話 探査の魔法 2

「ふーっ」


 探知網が家から離れたとき、レフはため息をついていた。帝国の4人の魔法士のうち1人だけかなり強い魔力を持っていた。レフの作った隠蔽結界の間に合わせの魔導具はそこまでの魔力を想定してなかったのだ。探知網が魔導具の結界の境面を滑ったとき、レフは慌てて自分の魔力で隠蔽を強化した。壊れかけた法陣紋様をとりあえず自分の魔力で繋いだのだ。それでも直接、目で確かめにでも来られたらまずいと思ったときに、ベンディッシュ通りの方で王国兵が見つかって騒ぎになった。見つかった王国兵は気の毒だったがそのことで帝国の魔法士の関心がそちらに向いて、それ以降レフの巣から逸れたのは僥倖だった。





翌日、


「駄目だな、やっぱり。気が尖りすぎている。魔法士から見たら軍人であることが一目瞭然だ」


 私服に着替えたロクサーヌとルビオを前にしてのレフの言葉だった。武装を解いて普段着に着替えたた二人が街に出ても大丈夫かどうかの確認だった。その言葉を確認するように2人が王女を見た。


「そうね、レフの言う通りみたい。わたしから見てもロクサーヌとルビオが一般の

街人まちびととは思えないわね。どこで帝国軍の魔法士と会うかも分からない道を歩くのは危ないわ」

「2人とも外に出すわけにはいかない。庭に出るのも駄目だ」


 新たに魔器を作って家全体に隠蔽結界を掛けた。もう一度能動探査をやられたら、目で見えるのに探査に引っかからない建物があると怪しまれるだろうが、通常の受動探査であれば2人の気配を隠すことができる。そしてもう一度能動探査を帝国軍がするとは、少なくとも直ぐにするとはレフは考えなかった。一度平民街を底ざらえして50人近い王国兵を狩り出したのだ。魔力消費が大きくて面倒くさいことを、新たに王国兵が平民街に逃げ込むような事態も起こってないのに繰り返すのは無駄、と考える方が普通だからだ。

 自分とシエンヌ、アニエス、それにアリサベル王女については、気配を隠すことに心配はしていなかった。アリサベル王女は、意外だったが、探知魔法を使うことが出来、少し教えればあっけないほど簡単に気配を隠蔽することも出来るようになった。

 王女に言われたことで渋々納得したのだろう、ロクサーヌとルビオはそれ以上レフの言葉に抵抗しなかった。





「どうだったの、能動探査魔法の使いでは?」


 帝国軍司令部の幕舎の中でディアステネス上将とドミティア皇女が2人の魔法士長に訊いていた。能動探査を使ってアンジエームの平民街を探った魔法士長――マーフェルト通りの東と西で能動探査を行った魔法士は交代し、別の魔法士長がそれぞれの指揮を執った――だった。


「大したものです」


 西を探査した魔法士長が答えた。彼の方が先任だったからだ。


「探査網をかぶせたところでは人の位置、数が手に取るようで、しかもそこにいる人間がどれほどの戦闘力を持っているかまで判別できます」


 能動探査はイフリキアの作った魔器で制御される。実戦に投入されるまでに散々演習で使われていてその有用性は推測されていたが、実戦でこれほど威力を発揮するとは当の魔法士長でも考えていなかった。


「それで燻り出した王国兵が、たしか43人だったか」

「はい、この魔法無しでは半数は見逃しておりましたでしょう。地下や屋根裏に固まって息を殺しておりました故、却って目立っておりました」

「だが、その中に格別に手強い者は居なかったのだな?」

「はい、上将閣下に注意するように言われておりましたような強敵はおりませんでした」

「そうか、例の王国兵どもはやはり港に籠もっているのか」


 強化兵の小隊を斃した後港に逃げ込んだと考えるのが自然だった。


 ドミティア皇女は魔法士長の話を聞きながら、返却された能動探査用の魔器をいじっていた。この魔器は魔法院が――この戦場ではドミティア皇女が――管理し、必要なときに貸与する形で運用していた。能動探査の魔器は2個、ないし4個を組み合わせて使う。1個の親機と1個、または3個の子機だった。親機を魔法士長が持ち、子機を部下の魔法士がもつ。魔器を結んだ線、あるいは魔器で構成される四辺形が探査網だった。親機には前回の探査の結果が記録されている。


――ん?――


 ドミティア皇女の感覚に引っかかってくるものがあった。


「これ、同じ箇所を2回、探査した事になっているわね。小さな範囲だけれど」

「あっ、それは」


 答えたのは東側を探査した魔法士長だった。


「探知網が“滑った”と申す者が居ましたので。念のためもう一度同じ箇所を探査いたしました。結局何も探知できませんでしたが」

「探知網が滑った?演習では聞いたことがないわね、そんなことは。それで同じ所を繰り返し探査したってわけ?」

「はい、グランデール魔法士は大きな魔力を持っており、魔法の精密さも優れておりますのでその感覚を無視できませんでした」

「グランデール?ひょっとしてジェシカ・グランデールのこと?」

「ご存じでしたか?」

「寄宿学校の1期下よ。確かにあの頃から魔力も大きかったし、その扱いも上手だったわ。あのときの寄宿学校で飛び抜けていたわね。だから彼女が寄宿学校を卒業して直ぐ魔法院に入れたんだけれど軍に転属したのね、知らなかったわ」


 ルファイエ家の権威を使って半ば強引に魔法院に入れたのだ。そんなことをするほど優れた素質を持っていると思われたのだ。当然それに対する反発もあった。少女に魔法使いとしての能力が劣っていることを絶えず意識させられる事を苦痛に感じる者もいた。彼ら、彼女らも人に優れた魔法使いだから魔法院に在籍している。中で序列が出来るのは仕方が無いが、ルファイエ家が押し込んできた言わばボッと出の少女に抜かれるのは我慢できないと感じる者もいた。だから1年で半ばいびり出されるような形で軍に転属した。イフリキアほど突出した能力を持ち、しかも皇家に属しているというような出自があればそうはならなかっただろうが、ジェシカ・グランデールはそうではなかった。そしてドミティア皇女は魔法院に入れた後のジェシカの置かれた立場を知らなかった。士官学校のカリキュラムに忙殺されて知ろうとする努力をしなかった。


「普通の探査魔法にも長けております。恐らくは軍の中でも五指に入るかと。それ故グランデール魔法士の言葉を無視できませんでした」


 幸いなことに、同僚の能力が自分の生死に関わって来る軍では、ジェシカ・グランデール魔法士の能力は正当に評価されていた。


 皇女が考え込んだ。もう一度探査の魔器の親機をしげしげと見た。


「ジェシカが“滑った”と言ったのね。それならもう一度そこを探査してみて」

「はっ?」

「もう一度探査してみて、って言ったの。わたしも気になるわ」


 皇女から直接命令されれば魔法士長としては従わなければならない。名目だけとはいえ遠征軍の司令官なのだから。

 ルファイエ家の者は魔法に優れているだけではなく、勘――感――が良いことでも知られていた。そして王国がイフリキアのレベルに匹敵する魔器を作れる可能性があることを考えると、どうしても放って置くわけには行かない。勘がそう告げている。こんなことは一つ一つ確かめていかなければならないというのが皇女の考えだった。


「ドミティア殿下」


 ディアステネス上将が言葉を挟んだ。


「王宮と港の包囲戦を継続しております。大した人数は割けませんが」


 魔法士だけを動かすわけにはいかない。万一有力な王国兵と遭遇した場合を考え、戦闘部隊を用意しなければならない。そのことを上将は言った。


「勘が当たれば1個中隊じゃ危ないわね、せめてその倍は欲しいわ。勘が外れればごく短時間で終わる事よ。だから少なくとも2個中隊はお願いするわ。ディアステネス上将


 上将が苦笑したように見えた。


「承知いたしました。皇女殿







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